岬鷺宮「読者と主人公と二人のこれから」(電撃文庫)感想
26 読者と主人公と二人のこれから
(岬鷺宮/2017年4月/電撃文庫)
・孤立は、必ずしも周囲の一方的な悪意のみが
原因ではなく、本人の努力次第では未然に防げる
場合もあるし、克服の機会もある
ともすれば、誤解や批判を招きかねない
危険なテーマです。
無論、この作品とて、真正面からこれに
挑んでいるわけではありません。
(そもそもラノベですから。)
ただ、終始、主役である少年の自己批判と、
周囲から少年への叱咤激励が途絶えることは
なく、この細く長い重苦しさが「文学してて」
いいなと思いました。
(ネアカ人間の私としては、こういうウジウジ
したねちっこさは正直ちょっと苦手だったりも
するのですが、まあそれは個人の好みですからね。)
もっとも、全体的には「さえない少年が
美少女と出会って二人で過ごす」というラノベの
お約束は踏まえており、気持ち良く読めます。
作者御自身、あとがきにて「マーケットや
編集者を意識せず、完全に自分好みで書いた」
といった趣旨のことを述べています。
私も「ああ、そうだろうな」と納得。
作者が肩の力を抜いて書いている御様子が、
行間からにじみ出てきたんですよね。
良くも悪くも、計算されていないというか。
私が岬鷺宮先生を知るきっかけとなった作品は
「僕らが明日に踏み出す方法」ですが(過去記事
参照)、あちらに施された仕掛けの分量と今作とを
比べると、感覚的には実に十分の一くらいの大きな
開きがあります。
それほどまでに、今作は娯楽作品としては
薄い内容でした。
読み終えるまでに三か月もかかったのは、
多忙だったというより(それもあるけど)、
先が気になる、と強くは感じなかったから
でしょうね。
ちょっとずつ、じっくり楽しめたわけですが。
意外な展開で驚かせ、ギャグで笑わせ、
泣かせどころではしっかり泣かせる、等の
工夫は余り見られず、どちらかといえば、
登場人物同士の関係性や、人物のキャラ自体を
緩く楽しむ小説です。
舞台は高校一年の始まり、入学式直後の教室。
主役の少年は、軽く前述した通り、内気で
周囲とも打ち解けられぬ性格で、高校生活にも
特に期待を抱いていません。名字は細野。
ところが、クラスの自己紹介が始まって、
やがて柊時子という女の子の
自己紹介を見た細野は、驚愕します。
密かに何回も読み返していた小説「十四歳」の
主人公「トキコ」とそっくりだったからです。
表紙イラストとそっくり。
それから、服装も声も名前も似ており。
また、細野の「十四歳」へのハマり方は病的で、
トキコに惚れ込み、この本を読む度トキコに
会える、それだけで他には何も要らない、とすら
考えていました。
ゆえに、トキコのイメージはリアルな像として
既に細野の中に出来上がっていました。
その像とぴったり一致する美少女が、何と
目の前に現れたのです。
「トキコだ。トキコがいる。」
細野は強い衝撃を受けます。
とても信じがたい不思議な出来事ですが、
この現象への種明かしについては、物語の
早い段階でなされます。
ネット等における本書の紹介文とか感想でも、
これに触れることについては特にタブー視は
されていないようで、皆様、結構気楽に触れて
いらっしゃいます。
でも、一応、本記事では伏せることにします。
さて、翌日から。
他人とは必要最低限しか関わるまいと決めて
いた細野といえども、まあ当然といいましょうか、
柊時子に対してはそうもいくわけがなく。
元々、小説「十四歳」のトキコは内気で、
自分の世界を大切に守る性格。
細野が観察した限り、やはり柊時子も全く
同じ性格であるようです。
新しいクラスメイトから気さくに話しかけ
られても、おずおずとした態度で、うまく
返答できず、溶け込めません。
小説「十四歳」はトキコの一人称「わたし」で
書かれ、内面の戸惑いや葛藤も詳細に描写されて
います。
それを読み込んでいる細野には、柊の態度を
見るだけで、今何を考えているのかが手に取る
ように分かってしまいます。
そこで、勇気を出して会話の輪へ入り、柊に
助け船を出します。
果たして、細野の推測通りのことで柊は
困っていたようで、細野へ好感の反応。
これはうれしいですよね。
憧れのヒロインの、さながらナイトに
なれたわけですので。
その後も、細野は柊の気持ちを先回りし、
くみ取り、新たな友達と打ち解ける手助け
などをしてあげます。
小説「十四歳」が大好きな俺。
主人公トキコのことを誰よりも知ってる俺。
当然、柊の気持ちを誰よりも分かって
あげられるのは俺だ。
使命感というか自尊心というか、細野は
この思いに従い、柊と行動を共にするのですが。
しかし、やがて様々なズレが生じ、徐々に
それらは大きくなっていきます。
トキコが柊時子として「実体化」し、愛読者の
前に出現するという、物語最大の仕掛け。
このアイデアが素晴らしい。種明かしにも、
なるほどと納得させられましたし。
ただ、せっかくの大仕掛け、もっと効果的に
使えたのではないかという気もします。
例えば、
・小出しにする
・色んなパターンを匂わせておき、
どれが正解かは終盤まで明かさない
・細野が窮地に陥った時、「実はね、」と
柊が真相を明かす
・細野と柊が熱いドラマをくぐり抜けて強い
きずなで結ばれ、読者が「もはや柊の正体とか、
どうでもいいや」と忘れかけた頃にドカンと
種明かしをし、読者へ二段カタルシスを味わわせる
ちなみに、最後のやつは、先ほど紹介した
「僕らが明日に踏み出す方法」で物の見事に
食らわされましたけどね(笑)。
いずれにせよ、先述した通り、この作品は
キャラ重視。
ヒロインである柊時子を好きになれるか
なれないかで、もろに好みが分かれてしまう
でしょうね。
私は、ううん、あんまり好みではないかなあ。
何だか、男の一方的願望があからさまに
詰め込まれている感じがして。
アニメキャラ的というか、オタク的というか。
私は、「僕らが明日に踏み出す方法」の山田の
方がタイプです(笑)。