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枕木みる太「夜空は見上げる君に優しく」(メディアワークス文庫)感想

22 夜空は見上げる君に優しく

(枕木みる太/2018年1月/メディアワークス文庫)


 ある架空の舞台設定を現実社会の中にまず作り出し、

それをめぐる人間模様を描く、という手法の物語です。


 その舞台設定とは、次の通り。


 渋谷駅前に建つ、一つの雑居ビル屋上から、毎夜、

アドバルーンが揚がります。

 ただのアドバルーンではなく、「夜光アドバルーン」。


 バルーンは一個。電源を入れると光ります。

 そこから垂れ下がる細い布には電光掲示板のような

仕掛けがあり、縦書きで20字以内の文字が表示できます。


 光る文字は、周辺の街から見上げて読むことが

出来ます。あの有名な渋谷スクランブル交差点からも。

 すなわち、相当の数の通行人から読まれることになり、

広告効果が見込めます。


 アドバルーンを提供しているのは、オーパスという

会社です。自社のアピールが目的。


 「オーパス」とはSNSの名前で、ユーザーごとに

短文投稿が出来るアプリ。

 要は、現実世界の「ツイッター」のような物。

 「既読」機能もあることから、設定の元ネタと

して「LINE」も入っているかも。


 オーパスユーザーは、決められたタグさえ

付ければ、このバルーンの布へ短文を送れるのです。


 短文はどんどん切り替わり、数秒ずつしか表示され

ませんが、それでも、渋谷の夜空へ自分の文章が浮かび

上がるわけで、ロマンチックですよね。


 例えば、恋人たちがアドバルーンを見上げながら

送信し、表示されたら歓声を上げる。


 あるいは、スクランブル交差点付近にいる友人へ

電話し、「今、渋谷だよね。バルーン見える場所にいる?

ちょっと待ってて。今からあなたにメッセージ送るから」

と予告してから送信する。


 などなど、「確実な連絡手段としては心もとないけど、

言いたいことを遊び半分で伝える」みたいな使い方も可。

 これも面白そうです。


 もちろん、バルーンにこだわらず、パソコンやスマホ

画面だけを読んでもいい。

 「俺のこのくだらないコメントが、今頃、渋谷の

夜空で光ってるんだな(笑)」と想像するだけでも

愉快です。


 かように、このサービスは好評を博し、オーパスの

ダウンロード数も増え続け、宣伝効果は上々です。


 主人公の男性は、アルバイトでこのアドバルーンの

監視員をしています。名字は横森。27歳独身。

 どちらかといえば内気で、人付き合いが得意では

ない性格です(まあ、この辺はラノベのお約束)。


 横森は、夜光アドバルーンにヘリウムガスを

入れて膨らませ、空へ揚げるのが業務。

 また、オーパス投稿と布の表示状況もチェック。


 それから、時々「管理人」として自身も短文を

投稿します。皆からは「バルーン先生」と呼ばれ

慕われています(顔や名前は非公開)。


 よく作り込まれた設定ですよね。

 今の時代、あるかもしれないと思わされます。


 さて、ある夜のこと。


 例によって「バルーン先生」を中心に皆が

盛り上がっている所へ、少々場違いな暗い

書き込みがあります。


 二回目は、明確な悪意が感じられる内容。

 カチンときた横森は、その者のアカウントを突き止め、

個人的にメッセージを送って注意をします。


 ところが、想像していたほどには悪い奴でも

ないようで、むしろ何か痛みや悩みを抱えていそう

だと察した横森は、何回かのやり取りをした末、

その者と直接会うことにします。


 すると、その者はかわいい女子高生だったのです。

 名前は咲良さくら


 相手は男だとばかり思い込んでいた横森は驚く

ものの、こうして二人の交流が始まります。


 ただ、この後いきなり二人の食事とかデートとかが

物語のメインとなるわけではありません。

 幾つか重層的な設定があるため、様々な場面が

入れ替わりで描かれていきます。


 まず、横森の職業。

 昼間は、私立中学の国語教員をしています。非正規。

 正規の教員採用試験も受け続けていますが、なかなか

通りません。どうやら面接がネックのようです。


 時間講師という立場の横森は、決められた授業さえ

終えたら帰ります。担任としてクラスを持つこともなく、

学校行事等にも関わらない。


 しかし、人柄が良いため女生徒たちには人気です。

そして、女生徒たちのいじめ問題にもつい介入し、

中にはそれを煙たがる正規教員もいます。


 次に、咲良の人間関係。

 実は、咲良には既に彼氏のような存在がいます。

 同じ高校の一年上の先輩です。


 ただ、ある理由から、二人はすれ違い始めています。


 それから、アドバルーン監視員のバイトは日によって

交代制で、もう一人、同僚の若い男性が登場します。

 この男性にも目標があり、ある夢を追っています。


 この時点で、既にかなりの登場人物ですよね。


・主人公とヒロイン

・ヒロインのボーイフレンド

・いじめ問題に関連した女生徒たち

・教員の同僚

・バイトの同僚


 ネタばらしになるので省きますが、実はまだ他にも

人物は出てきます。

 さながら群像劇風の様相です。


 ラノベというより文学的繊細さが伝わってきて、

これはこれでありかなあ、と私は思いました。

 横森は国語教師でもあり、文学史の教養ネタが

ところどころに現れ、こちらも心地よい雰囲気。


 冒頭に書いたバルーンやオーパスの大仕掛けと、

これら入り組んだ物語をうまく絡めたら、きっと

壮大なお話が書けたに違いありません。


 でも、私は何となく、「(良くも悪くも)そうは

ならないんじゃないかなあ」と予感しながら読み

進めました。


 というのは、作者の「少女との恋を書きたい」と

いう熱い願望みたいなものが、行間から何度も

ジワッ、ジワッとにじみ出てきたからです。


 横森先生に対し、妙になれなれしい女子中学生たち。

 人柄が好かれているだけならまだ分かりますが、

初っ端から結婚ネタ、恋愛ネタで女生徒たちから

からかわれるシーンがあり、読んでてちょっと

気持ちが悪かった。


 そして、語りで「恋愛対象としては見ていない」と

しつこく断っている割には、終始、咲良を性的な目で

見ている感じの横森。


 頑張って群像劇してるけどさ、本当はこっちを

書きたいんでしょ作者さん。

 私は、内心そうツッコミを入れながら読んでいきました。


 私の疑いを裏付けるかのように、「群像」は一人、

また一人と退場していき。

 終盤は、「ああ、結局はこうなっちゃうわけね、

やっぱり」という感じでしたね。


・成人男性と少女の恋愛と見せかけて群像劇を書く

・群像劇の末に、無理のない形で成人男性と少女を

くっつけてゆく(恋人にせよ友達にせよ)

・開き直ってファンタジックな恋愛だけを書く


 以上のどれかなら良かったのですが、どれにもならず。

 何とも中途半端で、作者の未練のようなものばかりが

粘っこく漂う物語でした。


 群像劇のにぎやかさや人間模様へ重きを置きたいの

なら、たとえ作者のやせ我慢であろうとも、少女への

性的な眼差しはギリギリまでそぎ落としてほしかった。


 逆に、それがどうしても抑えられないのなら、

文学的要素は潔くバッサリ切り離して、娯楽に

徹してほしかった気がしますね。


 ただ、全体を貫くこの独特な生ぬるさ(湿度の高い

春の夜みたいな)は結構くせになりそうでした。

 ラノベ好きの男性ならば、まあ、それなりに楽しく

読める仕上がりなんでしょうね。


 やすやすとは崩れない、頑丈な舞台設定がまずあって。

 その上に、載っけられるだけのドロドロした物を

載っけてみた。


 下へ垂れ落ちてくる前に、一気に駆け足で読み切る。

 それが、効果的な楽しみ方かもしれないです。

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