岬鷺宮「陰キャになりたい陽乃森さん Step1」(電撃文庫)感想
16 陰キャになりたい陽乃森さん Step1
(岬鷺宮/2017年10月/電撃文庫)
ラノベを読んで声を立てて笑ったのは初めてです。
読みながら何度も笑いました。
ラノベは、文学作品としては表現や描写が軽いため
「字マンガ」と揶揄された時代もありましたが、これは
活字以外では表現しにくい笑いです。漫画とは別物。
それに、私はギャグ漫画でもこんなに笑った作品は少ない。
過去記事を参照していただければお分かりの通り、
岬鷺宮作品は既に二回取り上げています。
「僕らが明日に踏み出す方法」と「踊り場姫コンチェルト」。
どちらも繊細で緻密な小説でした。
比べると、同一作者とはとても思えませんが(笑)、
考えてみれば、あの二作品にもギャグ要素はありました。
今作は、岬先生のそっち面を強く押し出した内容。
続編「Step2」も、今週、1月10日(水)に発売。
おめでとうございます。
さて、私は既に成人していますが、「もし中高生時代の
自分が現代を生きていたら、学校の教室ではどんな位置付け
だったかなあ」と空想することがあります。
(皆さんにもあるのでは。)
私(男)は、「やや長身、ルックスは(多分)そこそこ、
声でかい、口数多い、人前で話したり歌ったりは大好き、
勉強はクラスで真ん中の上、運動は走る以外全滅、彼女
全くなし」でした。
当時は「うるさくて目立つけど人気者ではない」辺りの位置。
そんな私が、今の時代に中高生だったとしたら。
まあ、似たような所に収まりそうですかね。
当然、「おしゃれで、スポーツできて、彼女いて」
という上位グループには入れないわけで。
ちなみに、教室におけるこのような一軍、上位ランクの
人たちは「リア充・派手系・陽キャ」などと
呼ばれます。
そして、この小説はまさにそれをテーマにしています。
タイトルは「いんきゃになりたいひのもりさん」と
読みます。
そう、前述の陽キャの反対が陰キャ。
陽乃森がヒロインです。
主人公は鹿家野。
自他共に認める陰キャ少年です。高二。
アニメや漫画、ラノベ、オンライン小説に詳しく、
それらを分析するブログの管理人。ブログはなかなかの人気。
鹿家野は、昼休みにはオタク男子同士でアニメ等の話をし、
放課後には「陰キャ部」(正式名は地域文化研究部)の
部室(北校舎の薄暗い、かび臭い教室)にこもる毎日。
しかし、コミュニケーション能力に難ありとはいえ、
鹿家野はさほどひねくれてはおらず、自分を客観視したり
周囲を冷静に見渡したりできる性格です。
陽キャに対しても、
「苦手だし関わりたくないけど、彼らにも言い分や事情は
あるのだろうし、我ら陰キャを軽んじる態度にも、こっちが
感じてるほどの悪意はないのだろう。
ただ、陽キャと陰キャは明確にすみ分けるべきだ。
分かり合えないし、陰キャが一方的に陽キャから被害を
受ける場合が多いから」
というのが鹿家野のスタンスです。
実際、陰キャ部では各人が好きなことに没頭しています。
部員は三人。
鹿家野(部長)はノートパソコンでブログを打ち。
あとの二人も、それぞれイラストを描き、刺繍を縫い。
なお、鹿家野以外は女子部員。
で、「一見暗くて地味だが、実は二人とも美少女」というね。
恐らく、多数の読者はこの時点で、「両手に花じゃん。
どこが陰キャだよ。どう見たってリア充だろ」とツッコん
だと思うけれど、ラノベのお約束設定ですよね(笑)。
まあ、私は鹿家野に嫉妬し、若干カチンときましたけど(苦笑)。
そこへ陽乃森がやって来て、一連の騒動が始まります。
陽乃森はとてつもなく美人。プロのモデル。
勉強も学年トップ。性格は陽気で善人。
後で判明するのですが、親は有名企業の社長、家は
高級タワーマンション最上階。もはやセレブです。
当然、学校では陽キャのトップに君臨(ただし陽乃森
本人には全く自覚なし。この辺も善人)。
一応、鹿家野のクラスメイトですが、接点はありません。
そんな陽乃森が一人で部室へ入ってきただけで、
陰キャ部三名は余りの眩しさ、迫力、華やかさに圧倒され、
縮こまり、しばらくはまともな会話すらできないありさま。
要は、それほどまでに遠い存在であるわけですが、
驚いたことに陽乃森は、「陰キャについて自分は何も
知らないので教えてほしい。そして私も陰キャになりたい」
と、鹿家野たちに助けを求めてくるのです。
最初は強い困惑や拒絶を示していた陰キャ部も、陽乃森の
事情を知るうちに、一応は納得していきます。
からかいでも興味本位でもなく、陽乃森は真剣に
悩んでいたのです。
実は、同居する家族の中に陰キャの者がいて、窮地に
陥っている。しかし、助けたいのに気持ちが伝わらない。
どうしても分かり合いたいので、ならば自分も陰キャに
なろう、そう決めたのだと。
発想が飛躍し過ぎてはいるものの、お嬢様的まっすぐさ、
家族を想う一途さの表れなのでしょうし、筋も通っています。
戸惑いつつも、鹿家野は依頼を受けることにします。
こうして、各種の試みが始まるわけですが。
陰キャっぽい仕草を真似させても、陰キャっぽい服を
着せても、陰キャっぽい遊びや活動に参加させても。
何をさせても、陽乃森がやると妙にかわいく・カッコ良く
決まってしまい、ちっとも陰キャにならないのでした。
(この辺のドタバタぶりは読んでいて本当に楽しいです。)
試せば試すほど、陽乃森の資質やオーラの特別さ、及び
自分たちとの差を思い知らされる陰キャ部。
既にこの時点で、鹿家野としてはちょっとみじめです。
でも、まあ、ここまでなら何とか我慢できます。
違いを面白がることもできますしね。
ところが、鹿家野がちょっと許せないこともありました。
それは、陰キャについて陽乃森が熱心に知ろうとする余り、
陰キャ部員たちが密かに楽しんでいる性癖や趣味の領域に
まで無遠慮に踏み込み、根掘り葉掘り聞き出し、白日の
もとにさらすことです。
幾ら悪気がないからといっても、これはきついですよね。
やがて鹿家野の不満や怒りが積もっていきます。
さあ、そして。
本書は全体的にギャグ色が強めですけど、シリアスな
テーマにも取り組んでおり、考えさせられる箇所もありました。
が、ふざけた文体を見て再び我に返り、「いや、そんな
真面目に構えず、この小説は肩の力を抜いて読めばいいん
だよな」と改めて気付かされる、そういう読後感でした。
「日陰者が明るく生まれ変わりたい」という物語なら
たくさんありますが、本小説のような逆のテーマは珍しい
ですよね。
それだけに、取扱いに気を付けないと、日陰者を
茶化しているとも受け取られかねません。
実際、この作品でも、少々微妙なラインを綱渡りして
いるような部分が見受けられ、私は読みながら「大丈夫かな
これ」などと心配になったりもしました。
ただ、考えてみれば、それを言い出したら、じゃあ
難病をネタにしたラノベもあるけどあれはどうなのだ、
ということにもなるし、きりがないのかもしれない。
理屈抜きに楽しみ、ところどころ笑い飛ばし、締める
べきは締め、後に何かが残る。
ラノベとしては、この辺がちょうどいいのかも。
だとすれば、今回は大健闘したと思います。
冒頭で触れた通り続編も出ますが、本書だけでもちゃんと
すっきりまとまっています。
イラスト(Bison倉鼠)もたっぷりで、表紙と巻頭三つ
折りのカラー、さらには本文中にも白黒のものが何点も。
各章の初めにある登場人物紹介イラスト(一人ずつ)は、
鹿家野たちの面白コメント付きで、こちらも笑いました。
楽しませようという仕掛けがたっぷりの一冊。