人間道(エピローグ)
英子が目を覚ましたのは病院のベットだった。
今自分がどこに居るのかわからず、しばらくぼんやりと天井を見つめていると、部屋の扉が開き、田村が入ってきた。
「英子さん…目が覚めたんですね。良かった。どこか痛むところはありませんか?」
「……田村さん…私………?」
英子はだんだんと意識がハッキリとしていき、がばりと起き上がった。
「田村さん!!!兄さんは!?」
「英子さん!いきなり起き上がってはいけませんよ!」
田村に怒られるべくもなく、英子は立ちくらみのような感覚が起き、フラリと倒れ、ベットに戻る事になった。
「あの…田村さん。兄さんは……いえ、私が気絶した後どうなったんですか?」
英子が兄のことを聞こうとした瞬間、田村が悲しむような顔をしたので、兄の状態を察し、先ずは自分の今の状況を聞くことにした。
「…英子さんはどこまで覚えていますか?」
田村に質問を返され、英子は口に出しながら少しずつ思い出していった。
「えっと…兄さんに捕まって、事件の真相を聞いて…。」
英子は兄の発言とその時の顔を思い出し、泣き出しそうになった。
「英子さん。今はそのことは思い出さなくていいんです。今は忘れてしまいなさい。」
そんな英子の様子に田村は英子の背をさすりながら、ゆっくりと意識に染み渡るように言った。
英子は落ち着きを取り戻し、続きを思い出した。
「その後、男の人が来て…その人が……兄さんを…。」
「大丈夫ですよ。ゆっくり、ゆっくりで。」
また、沈み込みそうな英子を田村は励ましながら続きを促した。
「えっと…それで、その男が私に言ったんです。兄さんの死を望んでたんだろうって……。」
「…そう、ですか……。」
田村は英子の発言に何も言及せず、さらに続きを待った。
「その後は…ぼんやりしてて、あんまり覚えてなくて…ごめんなさい……。」
「いいんです。辛いことを思い出させてしまって、こちらこそ申し訳ありません。」
田村はこのあたりで打ち止めだと思い、英子に現状の話をすることにした。
「私がホテルについた時には康介さんは血塗れで玄関に倒れていて、英子さんは部屋の中で縛られた状態で倒れていました。英子さんの言う犯人らしき男は逃走し、今も捜索中です。私は犯人逃走後、警察と救急に連絡し、英子さんをこの病院に搬送してもらいました。」
「そう…ですか……。あの、やはり兄さんは……。」
英子は兄の現状を聞こうと思い、口にしたが、恐怖で震えて舌が回らなかった。
田村はそんな英子の様子を見て、痛ましそうに顔をしかめた。
「英子さん。今は眠って下さい。ゆっくり休んで元気になってからまた、お話ししましょう?」
そう言って田村は英子をベットに寝かしつけ、英子の瞼を手で覆った。
英子はその言葉に従い、ゆっくりと微睡み始めた。
田村はそんな英子の様子を見て安心し、ふっと思い出した様に独り言を零した。
「英子さんはどんな言葉に救われたのでしょう…?」
英子は無意識の中で田村の言葉を拾い、男の最後の言葉を思い出した。
『お嬢さんは死んで欲しいなんて思ってないよ。だって、取引に応じなかっただろう?』
そう言って嗤った男の声を耳元に残しながら、英子は眠りに堕ちていった。
ーーーーー
『……ジジ…ホテルで刺殺された……は…で……ジジジ…犯人は未だ逃走中で……ジ…』
そこは今は使われていないオンボロな山小屋だった。
その山小屋には小さなベットとサイドテーブル、テーブルランプが一つづつあるだけであった。
そこに持ち込んだ古いラジオから流れた刺殺事件の捜査状況を男は鼻歌を歌いながら聴いていた。
男は手の中で鍵を弄びながら独り言を呟いた。
「う〜ん…もうすぐ見つかりそうだねぇ。まあ、もう遅いけど。」
そう言った男は鍵を持ち上げ、顔を上に向き、大きく口を開け、舌を出した。
男はその出した舌に鍵を押し付けると、鍵は舌に吸収されていき、男の舌にある刺青の絵柄が増えた。
男は山小屋の窓ガラスでそれを確認した後、満足気に男はベットに寝転んだ。
「これで10個目。…あと8個……遠いなぁ…。」
男は一度上体を起こし、サイドテーブルに置いていたサバイバルナイフを手に取り、また寝転んだ。
「さぁ、次だ。」
そう言って男は自らの胸にナイフを突き立てた。