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外道転生  作者: カジキ
2/8

人間道(前編)

輪廻転生とは


天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と呼ばれる六道の世界に死後、生前の善行・悪行によって振り分けられ、その世界に生まれ変わるというものである。




ーーーーー


  某所にある公園のベンチに一人の少女が座っていた。






  その少女は学校の制服を着ており、黒い髪を背中辺りまで伸ばし、黒縁の眼鏡をかけた良く言えば真面目そうな、悪く言えば神経質そうな面差しの少女だった。


  平日の真昼間とは言え、それだけなら『ただのさぼりか』くらいの印象で不審なことでは無いが、その少女は俯き、表情が明確にはわからなかったが、暗い怨嗟の念を周囲に撒き散らし、公園内の人を遠ざけていた。


  その原因は彼女が持つ新聞にあった。




  もっと正確に言うならば、その一面記事の内容にあった。




  彼女の父親は代議士をしていた。


  父親は多忙で滅多に家に帰ることはなかったが、その分稼ぎはそれなりで、彼女の家では家政婦を雇える程であった。

  だからなのか、エリート志向が強く、3つ上の兄と共に小さな時から家庭教師がつけられ、勉強漬けの毎日であった。


  彼女の母親は弁護士であった。


  家に寄り付く暇もなく働く仕事人間であったため、家事は家政婦任せであった。

  そのくせ、世間体を気にしてか、彼女が家事を一通り出来るよう厳しく教えられた。


  彼女にとっての両親は、考え方を無理矢理矯正し、生き方を強制してくる煩わしい人達であり、決して良いものではなかったが、それでもやはり家族の情というものはあった。




  だからそれが起こった時、彼女は茫然自失としてしまった。






  その日、兄と彼女は学校に行っており、家政婦の田村さんは休みの日で、家には珍しく休みだった父と母の二人きりだった。


  そんな滅多に無い日に限りそれは起こった。






  何者かが家に押し入り、両親を滅多刺しにし、惨殺したのだ。








  彼女が学校から帰宅し、リビングを覗くとそこは血の海だった。


  彼女はその光景を見て叫ぶでもなく、泣くでもなく、ただ呆然とその光景を眺めていた。


  その時の彼女の心情は『あぁ…死んだのか…』と言った何とも言えない感想を持っていただけだった。

  正確に今の状況を理解出来ていないだけなのか、それとも、悲しんだり憤ったりする情を両親に持ち合わせていなかったのか、その時はわからなかったが、今となっては理解出来ていなかった、否、理解したくなかっただけだとわかる。


  その後、彼女の兄が帰宅し、その光景を見て一瞬固まったが、迅速に対処した。

  まず彼女をその場から離し、警察に連絡、祖父母に連絡、職場、学校、その他の関係者連絡して、彼女を連れ、逃げ回るようにビジネスホテルを転々とした。


  警察の発表が『金庫の金や貴金属が無くなっていたことから犯人は強盗である。ただし、殺された時の傷が異様に多く怨恨の可能性がある。』


 というものであった為に、彼女達兄妹は容疑者としてマスコミに追いかけ回される羽目に陥ったのである。




  その事が彼女の怨嗟の念の理由であったが、それ以上に彼女は彼女の周囲への憤りの念の方が強かった。




  彼女の友人は言った。

『大変だね。辛いよね。何かあったら言ってね。』と。

  クラスの皆が話していた。

『可哀想。』と。

  学校の教師は言った。

『辛いだろうが、頑張ろうな。』と。

  隣の住人がテレビで言っていた。

『夜中に物音がして怖かった。』と。

  テレビのアナウンサーが言っていた。

『残忍な犯行をした犯人を赦せませんね。』と。




  彼女は思った。

『大変辛いって何がわかるの?何か言ってって何が出来るの?お父さんとお母さんを生き返らせる事でも出来るの?犯人が捕まえられるの?テキトウなこと言わないでよ!!』

『可哀想?結局人ごとじゃない!!思ってもないくせに。』

『頑張る?何を頑張るの?どうせ勉強して成績落とすなってことでしょ?自分の評価に関わるからって。』

『物音がして怖かった?じゃあ何ですぐに通報しなかったのよ!!』

『犯人が赦せない?あんた達にとって数ある事件の中の一つでしかないんでしょ?時間が経てばすぐにでも忘れるくせに!!』


  彼女にとって周りの反応の一つ一つが許せなかった。


  だから、何度も何度も一つの想いにたどり着く。




(嗚呼…)








「(憎い)」






 -----




  少女、野田英子は驚いて後ろを振り返った。

 自らの考えていたことと同じ言葉が後ろから聞こえて来たからだ。


  振り返った先には男が居た。


  黒髪に黒いシャツ、黒いコーディガン、黒いパンツに黒い靴の少し顔色が悪い男がベンチの背もたれに肘をかけ、英子を見て言った。


「…って顔してるよ。」


  数瞬、英子は瞬いて言った。


「キャアアああああああああ!!」




  いや、叫んでいた。




「…あぁ〜……まあまあ、お嬢さん落ち着いて。俺、変質者になっちゃうから。」


  男は焦る様子もなく英子を宥めにかかった。

  その姿に警戒心は残っているものの、少し落ち着いた英子は深呼吸をして男に話しかけた。


「あの、何か御用ですか?」


  男は少し考えた素振り見せたあと英子に言った。


「ちょっとお嬢さんに聞きたいことがあるんだけど…」


  それを聞いた英子は瞬間で頭に血が上った。


『また取材か』と。


 今まで何度も関係のない他人のフリをして近づいて来た記者達が同じ質問をしてきたため、いい加減ウンザリしていたのだ。

  そうして今まで溜め込んできた怒りが爆発してしまった。


  英子は勢いよく立ち上がって叫んだ。


「いい加減にしてください!!毎日毎日尾け回して!!何度聞かれても答えられる事なんて無いし、迷惑なんです!!……何でっ…私がこんなっ…私ばっかりっ!!!」


  最後は涙声になってしまい英子は逃げるようにその場を去って行った。


 -----




  残された男は唖然としていた。


  まず、何故キレられたのかが分からず、

 また、走り去る勢いが凄かったからだ。


  呆然としていた男に一部始終を見ていたらしい公園で遊んでいた子供達が指を指して言った。


「「泣かしたー!」」


「…俺?」


  子供達の言葉に何と返していいか分からず、視線をウロウロさせていると、ベンチの下に落ちている新聞に気づいた。


「誰だ?こんなところに新聞捨てたの?地獄に落ちんぞ。」


 物騒な言葉を吐きながら男は何気なく新聞を拾った。


「あー!それねーさっきのおねいちゃんが持ってたよー!」

「なんかそれ見て怖い顔してたー!」


 男は子供達が口々に話すのを聞きながら新聞に目を通す。


「さっきのおねいちゃんそれ見て泣いてたよ。」

「きっと何かあったんだよ。だから、はやく追いかけてあの涙を拭いてやりな。」

「………やたら男前だな…坊主。」


  坊主頭の子供の言葉に脱力しながら、一面の強盗事件の記事とでかでかと載っている写真を見て男の目が鋭くなった。


「まあ…」




  目的のモノの手掛かりを見つけた男は口角を上げた。




「その価値、アリだな。」




 -----




  英子は焦っていた。




  英子は公園から逃げ出したあと、近くのトイレに駆け込んだ。

 あの後涙が止まらず、落ち着くまで誰にも見られたく無かったからだ。


  そのせいで帰るのが遅くなってしまい、兄に心配をかけてしまうと急いでホテルに戻った結果、ホテル前に張り込んでいたマスコミに追いかけ回されるという羽目に陥っていたのだ。




「…っもう!しつこいっ!!…ハァッハァッ!!」


 ホテルからだいぶ離れた所まで来てもまだ追いかけ回され、体力のない英子はもう捕まって適当に取材を受けてしまおうか、と諦めかけたとき死角からいきなり腕を掴まれ引き摺られた。


「コッチ。」

「!!…あなた……!!」


 驚き、警戒しながらもこのまま逃げても捕まるだけだと覚悟を決め、英子は引っ張られる腕に付いて行った。




 -----




  英子はしばらく走っていたためにあがった息を整えて、腕を掴んだ人物を改めて見据えた。


「…っ何のつもりですか⁈助けたつもりですか?!そんなにスクープが欲しいんですか?!!」


  英子の目の前には昼間公園で会った男が居た。


  「いやぁ〜…俺記者じゃ無いんだけど…。」


  男は困った様子で頭を掻く仕草をした。


「はっ?じゃあ何でこんな事?」


  英子は胡散臭そうに男を見据えながら言った。


  男は何を考えているか分からない笑顔で淡々と言葉を紡いだ。


「野田英子、17歳。父、母、兄+α家政婦の家族構成で、父は代議士、母は弁護士、兄は医大生。先日、父母が強盗にあい死亡。いまはその重要参考人、まぁほぼ容疑者だね。それで今は兄と共に逃亡中…で、合ってる?さっき調べたから抜けてるかもしれないけど。」

「…な……にを…?」


  英子は一瞬にして男に恐怖を感じた。




  この男は『記者じゃない』と言った。




  なのにこの男は『さっき調べた』と言った。





 男の言葉を信じるのであれば、つまりさっき会うまで自分の事を知らなかったという事だ。


  ならば何故事件の話しを淡々と告げるのか。



  何故自分の事を調べたのか。



 何故自分に接触してきたのか。









 何に興味を持ったのか(・・・・・・・・・・)






  この男が何を自分に求めて話しかけているのかが分からず、英子は恐怖した。




「お嬢さん。俺と取引しない?」






  だから男が吐いたその言葉に安堵してしまった。



 『この人はマスコミ(あいつら)と一緒だ。』と。











  その男の歪んだ笑顔に気もつかず。

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