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カブト虫

作者: 網野雅也

夏の日差しが俺の肌を褐色に焼いていく。


この猛烈な夏の太陽は、暑さだけではなく


俺にあの時の出来事を思い起こさせる。


あれは6年前、小学校6年生の夏。


「正平!」


「山へ行かないか?」


「カブト虫獲りに行こうぜ?」


そう俺に声を掛けてきたのは、同級生の広


活発で明るい性格の広は、何かと言うと、俺を山へ誘う。


広にとって、山は絶好の遊び場であり


虫好きな彼にとって山は宝島のようなものであった。


どんな虫が、どういう木にいて、その木のある場所まで知り尽くしていた。


広にとっては山は庭みたいなものだ。


「この木、カブト虫いるぞ」


「ほら、あそこ」


広が指差す方を目を凝らして見つめると


確かにそこには、カブト虫がいる。


「じゃ木を蹴るぞ」


「落ちてきたら拾ってくれ」


「うん」


広は勢い良く木を蹴ると、その衝撃は木を揺さぶる。


その刹那、上から黒い物がポトポトっと降ってきた。


「えーと、これはコガネ虫だろ」


「カミキリ虫」


「お!カブト虫いたぞ」


木の真下の草むらから、カブト虫を見つけだすと


手でカブト虫の胴体の真ん中を、柔らかく親指と人差し指でつまむ。


それを広に嬉しそうに見せ付けた。


「やったーカブト虫ゲット!」


広はその姿をみると、満面の笑みを浮かべている。


俺は、家から持ってきた虫篭に、カブト虫を頭から


慎重に入れていく。


完全にカブト虫がその中に入るのを確認すると


すぐ蓋をしめた。


 

 日が西に傾き始める頃、まだ俺達は山で虫とりをしていた。


「なぁ、もう帰ろうぜ広」


「そうだな、大分とったし」


虫かごの中は、大小さまざまなカブト虫、黄金虫、クワガタ虫の小さいもの


その他、色々な種類の虫が所狭しとひしめき合っている。


「じゃ帰ろう」


「うん」


俺達は、日が暮れ、夜の闇が辺りを包み込む前に


山から引き上げようとした。


広は足が速い。どんどん俺から遠ざかっていく。


辺りは既に薄暗く視界が悪い。


足の遅い俺は、広をとうとう見失ってしまった。


置き去りにした広に、腹を立てながら


闇雲に走るが、道が分からない。


そう、広ほどこの山に詳しくない俺は、山中で一人迷子になっていた。


「糞〜広の奴」


置き去りにした広に悪態をつく。


半べそを掻きながらも道を探るが、一向に出口への道は見つからないでいた。


草むらに足踏み入れ、しばらく歩いていると、足元に地面の感触が無い事に気がついた。


体に伝わるすごい衝撃とともに視界が真っ暗になった。


 

 俺は頬に冷たさを感じた。


冷たい水の雫が頬に断続的に当たり


意識を現実世界に戻したのだ。


「ここは、どこだ?」


周りを見渡すが、何も見えない。


ふと、上を向くと、何か明るい光を放つものが見える。


その形をぼんやり眺めていると、


だんだん、どこかで見た覚えがあることに気づき始める。


「月・・?」


円状の枠の真ん中に満月が輝いている。


「ここってまさか・・」


「井戸?」


頭の中で置かれてる現状を理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「俺、井戸から落ちたんだ・」


その事実に気づくや否や、急いで立ち上がろうとすると


足に突然激痛が走る。


足は何か湿った液体が出ている。


血だ。


その過酷な状況で、自分が哀れに感じ始めると


涙がこぼれ、俺は泣き始めた。


どれくらい泣いただろうか、散々泣いた後


疲れを感じ始めると、泣く事を中断する。


いくら時間が経っても、助けは来ない。


この絶望の淵で、頭上の夜空に浮かぶ月は怪しく輝いていた。


 

 まぶたに明るさを感じると、そのまぶしさに薄目で


慣らしながら、ゆっくり目を開いていく。


いつのまにか寝ていたのだ。


周りを見渡すと、井戸の側面の石が視界に飛び込む。


その石は隙間なく積みあがり


上方に向かって円柱を形成している。


突然、手に何かが這ってる感覚が襲う。


その感覚がするほうへ視線を運ぶと


手に這っているカブト虫の姿が目に飛び込んできた。


その瞬間、上方から誰かの声が聞こえる。


その声に反応して見上げると


井戸の出口の丸い円に広の顔が現われる。


「大丈夫か〜正平」


 

 俺は救出された。


後々、広にどうやって発見したのかを尋ねるが


広は微笑みながら、いつも同じ答えを返した。


「カブト虫が教えてくれたんだよ」


その真相は広が病気で亡くなってしまって、闇の中だ。



















































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