表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怖い短編

石つみ

作者: 井川林檎

石ころだらけの河原で、えんえんと石を積んで行く。

「明日もまた色々ある……」


積み上げられた石は背丈を超えるほどになる。

いつ崩れるか分からない不安定な石の塔を、いっそ壊したいと思ったが。

 ひとつ、ふたつ、まだ世界は無限の光に満ちて。

 みっつ、よっつ、オレンジ色のぬくもり、ひなたの匂い。

 いつつ、むっつ、理不尽の意味を知りながらも無償の愛にくるまれていた。


 ここは、どこだろう。

 ひざの破れたジーンズと赤と黒のネルシャツを着て、わたしは尻をついている。

 さらさらと川は流れていて、あたりは石ころだらけだ。

 空を見上げると、薄寒い曇天である。くしゃくしゃと溶けそうな灰色の雲の隙間から覗く日差しが斜めに落ちていて。すべてのものは細長い影を作っていた。

 

 やけに、くっきりとしている。

 石のひとつひとつ、草の一本一本にいたるまで、鮮明に見える。

 

 誰もいない。

 わたしは無造作に石を拾い上げると、それを積み続ける。


 ななつ、やっつ、ここのつ、とお……。


 (賽の河原みたいじゃないか)

 と、思う。


 親より先に死んだ子供が、河原で石をつむ。

 そこに、鬼がやってきてつんだ石を崩す。

 崩された子は、また最初から石をつむ。

 えんえんと、えんえんと……。


 (わたしは生きているぞ)

 いらいらと思う。

 いっそ、死んで石をつんでいる状況なら、ずいぶん楽なんだよ。

 明日も色々なことをしなくてはならない。あごで使われる。同僚に対し、パシリという使い方を平気でできる人がいることを、この年になって思い知ることになろうとは。

 「俺のほうが上だからなにをしてもいいんだよ、お前はなんでも言うとおりにしていればいいんだよ」

 ……。


 (あしたもあいつと仕事か)


 こつん、こつん――灰色の石、まだらの石。

 平たい石を選んで積んで行く。

 ずいぶん積んだものだ。もう、座って作業できない位になった。

 ひざを立てて、慎重に慎重に。

 積み上げるほどにゆっくり、落ち着いて、しんどくなりながら、それでも大事に、またひとつ……。


 さあっと、ぬるい風がふき、日差しが赤味をおびた。

 夕暮れが近いのだろう。

 中腰になり、苦しい姿勢になりながらも、ひとつひとつと積んで行く。

 この造形物はなんだ。

 奇怪なタワーとなり、ゆがみ、旋回し、いまにも崩れそうに不安定でいながら、なおも立ち続け、積み上げられてゆく。

 ごつごつした石の地面を、長い影がいびつに伸びる。

 

 急に、嫌になった。


 「あああああ」

 叫んだ。声はどんどん大きく、歯止めがきかなくなり、次第に絶叫となった。

 口を大きく開き、全身をこわばらせて、目を見開いて、わたしは叫んだ。


 嫌だ。もう嫌だ。

 ……。


 いまや石の塔は身長を超えていた。

 背伸びをしてひとつずつ積んでいるのだが、もう限界だった。

 わたしは絶望し、いっそのこと、これを崩したいと心から願った。


 全部なくなればいい。

 いっそ、いなくなればいい……。


 両腕を、赤く染まり始めた曇天に振り上げ、今にも崩れそうな石の塔にぶつけようとした。

 ところが、「はっし」と、勢いよく、背後からみえない刃が振り下ろされて、わたしの両手は見事に切り落とされてしまったのだった。


 すぱんと消滅した両手。

 わたしは手を失ったが、おかげさまで、積み上げたものを崩さずに済んだというわけだ。


 「……愚か者が」

 と、深く怨念に満ちた声が聞かれ、やがてわたしの両腕の切り口からは、新たな腕が生えてくる。

 とかげの尻尾のようだ。


 なにごともなかったかのように、きれいに戻った腕をつかい、わたしは上へ上へと石を積む。

 大きな石を運んできて足場を作り、自分の身長より遙かに高くなった石の塔を、さらに高く、高く積み上げる。

 (明日も、いろいろなことがある。あさっても、そのまたあさっても)

 気が遠くなる。

 手が滑って石の置き場を間違え、すべてを台無しにしてしまいそうになりつつも、必死に自分を保ちつつ、作業を続けてゆくのだ。


 小川は綺麗にすんでいて、さらさら流れていた。

 そこに映ったあらゆるものは、さらさら優しく揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に生きているのか知れない。 でも繰り返す。また腹が空くからと食べずに過せないのと同じ。 時間は平等て、無情であると感じます。
[一言] 一気に崩してしまおうとして、ハッと我にかえる。現実としてもあることだと思います。色々な状況の中で、皆が歯を食いしばって耐えているような、そんな気さえします。 壊さないで済んだこと、足元を流…
[一言] いろんなことが頭に浮かびました。 いびつでも崩れそうでも気に入らなくても面倒でもこれは私。 私を生きていくことしかないのだなって。 とどまることも止めることも、壊してしまうことも許されないの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ