石つみ
石ころだらけの河原で、えんえんと石を積んで行く。
「明日もまた色々ある……」
積み上げられた石は背丈を超えるほどになる。
いつ崩れるか分からない不安定な石の塔を、いっそ壊したいと思ったが。
ひとつ、ふたつ、まだ世界は無限の光に満ちて。
みっつ、よっつ、オレンジ色のぬくもり、ひなたの匂い。
いつつ、むっつ、理不尽の意味を知りながらも無償の愛にくるまれていた。
ここは、どこだろう。
ひざの破れたジーンズと赤と黒のネルシャツを着て、わたしは尻をついている。
さらさらと川は流れていて、あたりは石ころだらけだ。
空を見上げると、薄寒い曇天である。くしゃくしゃと溶けそうな灰色の雲の隙間から覗く日差しが斜めに落ちていて。すべてのものは細長い影を作っていた。
やけに、くっきりとしている。
石のひとつひとつ、草の一本一本にいたるまで、鮮明に見える。
誰もいない。
わたしは無造作に石を拾い上げると、それを積み続ける。
ななつ、やっつ、ここのつ、とお……。
(賽の河原みたいじゃないか)
と、思う。
親より先に死んだ子供が、河原で石をつむ。
そこに、鬼がやってきてつんだ石を崩す。
崩された子は、また最初から石をつむ。
えんえんと、えんえんと……。
(わたしは生きているぞ)
いらいらと思う。
いっそ、死んで石をつんでいる状況なら、ずいぶん楽なんだよ。
明日も色々なことをしなくてはならない。あごで使われる。同僚に対し、パシリという使い方を平気でできる人がいることを、この年になって思い知ることになろうとは。
「俺のほうが上だからなにをしてもいいんだよ、お前はなんでも言うとおりにしていればいいんだよ」
……。
(あしたもあいつと仕事か)
こつん、こつん――灰色の石、まだらの石。
平たい石を選んで積んで行く。
ずいぶん積んだものだ。もう、座って作業できない位になった。
ひざを立てて、慎重に慎重に。
積み上げるほどにゆっくり、落ち着いて、しんどくなりながら、それでも大事に、またひとつ……。
さあっと、ぬるい風がふき、日差しが赤味をおびた。
夕暮れが近いのだろう。
中腰になり、苦しい姿勢になりながらも、ひとつひとつと積んで行く。
この造形物はなんだ。
奇怪なタワーとなり、ゆがみ、旋回し、いまにも崩れそうに不安定でいながら、なおも立ち続け、積み上げられてゆく。
ごつごつした石の地面を、長い影がいびつに伸びる。
急に、嫌になった。
「あああああ」
叫んだ。声はどんどん大きく、歯止めがきかなくなり、次第に絶叫となった。
口を大きく開き、全身をこわばらせて、目を見開いて、わたしは叫んだ。
嫌だ。もう嫌だ。
……。
いまや石の塔は身長を超えていた。
背伸びをしてひとつずつ積んでいるのだが、もう限界だった。
わたしは絶望し、いっそのこと、これを崩したいと心から願った。
全部なくなればいい。
いっそ、いなくなればいい……。
両腕を、赤く染まり始めた曇天に振り上げ、今にも崩れそうな石の塔にぶつけようとした。
ところが、「はっし」と、勢いよく、背後からみえない刃が振り下ろされて、わたしの両手は見事に切り落とされてしまったのだった。
すぱんと消滅した両手。
わたしは手を失ったが、おかげさまで、積み上げたものを崩さずに済んだというわけだ。
「……愚か者が」
と、深く怨念に満ちた声が聞かれ、やがてわたしの両腕の切り口からは、新たな腕が生えてくる。
とかげの尻尾のようだ。
なにごともなかったかのように、きれいに戻った腕をつかい、わたしは上へ上へと石を積む。
大きな石を運んできて足場を作り、自分の身長より遙かに高くなった石の塔を、さらに高く、高く積み上げる。
(明日も、いろいろなことがある。あさっても、そのまたあさっても)
気が遠くなる。
手が滑って石の置き場を間違え、すべてを台無しにしてしまいそうになりつつも、必死に自分を保ちつつ、作業を続けてゆくのだ。
小川は綺麗にすんでいて、さらさら流れていた。
そこに映ったあらゆるものは、さらさら優しく揺れていた。