彼氏とその親友との間で……
「ほんと、ありえない」
鶴賀真衣子は、駅前のカフェでメロンソーダフロートを一口飲んで言った。
彼女は、テーブルの下で制服の短いスカートから伸びた長くすらりとした脚を組んで、細い指をテーブルにコンコン叩きながら、その小顔をふくれっ面にしている。
真衣子は高校1年生だが、身長は172センチと高く、他の女子よりも成長が早かった。
それだけではない。手足は長く、モデル体型といえた。その割に胸もあり、ほどよく肉付きもあって、ガリガリに痩せているという感じはしない。
顔立ちも整っていた。大きな瞳に桜色の潤った唇、高い鼻。綺麗、美人とよく評されている。
栗色の髪は長く、豊かで、右に黒い質素なヘアピンで止めてあった。
「駿也くんのこと?」
正面に座っていた、真衣子の友達の鈴木愛美が言った。
小柄な愛美と一緒に座っていると、真衣子の背の高さが一段とはっきりとする。
「そうよ、駿也はホモなの? いつも貴之君と一緒にいちゃって」
愛美はいたずらっぽい笑みを浮かべて、真衣子を見る。
「愛美。その表情、やめたほうがいいよ」
そう? 愛美はそう言って表情を変えなかった。
真衣子は、三条駿也という同級生と付き合っている。
身長は高く、目は鋭く、クールな印象を与えるが、意外と人付き合いはよい。
そんな駿也と付き合いだしてからまだ1ヶ月も経っていないが、真衣子は悩みの種があった。
それは駿也の同級生、赤野貴之の存在だった。
赤野貴之は何を考えているかわからない、ぼーっとした印象を受ける少年だった。
彼は駿也と同じ中学で、ゲームとアニメの趣味が合った。
それ以来親友としてよく一緒にいる。それは駿也が真衣子と付き合ってからも同じだ。
「それが気に入らないのよ」
真衣子は腕をぐっと握った。
「あの二人、いつもいつも一緒にいて、駿也私のこと構ってくれなくて――」
「構ってくれないって、どのくらい構ってくれないの?」
愛美が抹茶フロートを飲んで言う。
「特にここ最近。一緒に帰ろうっていっても、貴之と用事があるって」
それは問題かも。ちょっと涙目になっている真衣子に、愛美は言った。
「それはっきり言っちゃえばいいんじゃない?」
「――でも、それで別れ話とか切り出されると怖いし」
真衣子はちょっと震え声で言った。愛美はため息をつく。
「あのさ、真衣子は意外と純情ちゃんだし心配性だからそう思うかもしれないけど、彼氏と彼女の間柄だよ? 言わなくてどうすんの?」
真衣子は首を横に振った。それでも言えない、と言い付け足して。
愛美はさらにうんざりした表情をしてため息をついた。
真衣子と愛美はカフェを出た。
「あ」
真衣子はおもわず声を上げた。愛美がその視線の先を見る。
道路を面して反対側、駅前のショッピングモールの前にに駿也と貴之がいた。
「許さない……」
許さない、許さない、許さない、と真衣子は呪文のように言い続け、親指の爪をかんで、ショッピングモールのほうを睨みつけている。
愛美は頭を掻いて困った表情をしていた。
ふと、真衣子の、許さないの連鎖が止まった。愛美は顔を上げた。真衣子は呆然とした顔をしている。
愛美は再び真衣子の視線の先を見た。
駿也が笑っていた。屈託のない笑顔をしていた。
「駿也、あんな顔するんだ」
真衣子の綺麗な顔が、急に歪んだ。
愛美はあっ、と、水が入ったコップが落ちたかのような顔をした。
「ごめん、愛美」
真衣子は顔を伏る。でも肩は震えていた。
真衣子は自分の家に帰ると、真っ先に自分の部屋に入った。
そしてそのままベッドにうつ伏せになる。
母親から、どうしたの? ご飯は? とドア越しに聞かれたが、調子悪い、ご飯はいい、と返した。
真衣子はまどろみの中、駿也とどうやって知り合ったか、思い出していた。
あれは4月、高校に入ったばかりだった。
夕方、真衣子は、高校の校門にしゃがみ、見つからない、見つからない、とつぶやいていた。
「何が見つからないの?」
真衣子は後ろを振り向き、顔を上げた。
そこには鋭い目つきをした、背の高い美少年がいた。
「私のヘアピン、桜のバッジがついてるやつ。おばあちゃんからもらったものなの。知らない?」
少年は首を横に振った。真衣子は肩を落とす。
「でも、一緒に探すよ」
「えっ、でもいいよ。正直ここに落としたかもわからないし」
少年は真衣子の横にしゃがむと、一緒に地面を見た。
「でも探すよ、一緒に探せば見つかる可能性だって高くなるだろ」
真衣子は少年の顔を見て、顔を桜色に染めた。
「……あなた、名前は?」
少年はそんな真衣子に目もくれず、呟いた。
「三条駿也」
結局、ヘアピンは見つからなかった。だが、真衣子はそこで、駿也の存在を意識し始めた。
「駿也の、馬鹿……」
真衣子が目を覚ました。
スマホがバイブしている。真衣子はスマホを手にする。メールだ。
『明日夕方、ちょっといいかな?』
駿也からだった。
夕方。
オレンジ色の光が指す、校舎。
その教室の中で、真衣子は椅子に座り、机に突っ伏して待っていた。
教室には真衣子以外誰もいない。
いったいなんのようだろう、真衣子は不安になる。
もしかして――
真衣子は自分が思い浮かべたマイナスイメージを、頭を振って払拭する。
「何してんの?」
駿也の声が聞こえた。真衣子ははっ、と立ち上がる。
「い、いや、なんにもないよ」
そうして苦い笑みを浮かべる真衣子。
「真衣子、ちょっといいかな?」
駿也の一言に、真衣子は目をぎゅっと瞑った。そして――
「真衣子、目をあけて」
真衣子はそっと目を開けた。駿也の手には、リボンのついた箱があった。
「あけてみて」
真衣子は駿也の手から箱を、そっと手に取った。
そしてリボンをとり、箱を開ける。
そこには、チューリップのバッジがついた、ヘアピンがあった。
「なあに、これ……」真衣子が間の抜けた声を出す。
「ヘアピンだよ」
「いや、それはそうだけど」
「真衣子、ヘアピンなくしたまんまだったから。俺、女兄弟いないから、姉ちゃんと妹がいる貴之に相談して買ってみたんだ」
真衣子はハッとなった。あのショッピングモールは私のために――
「つけてみて」
駿也がそう言った。真衣子は黒いヘアピンをとり、チューリップのヘアピンを付ける。
「うん、似合う。真衣子はそっちのほうが似合うよ」
そう駿也が言いながら、笑顔を見せた。
その時、真衣子はボロボロと涙をこぼした。
「馬鹿……バカァ……」
真衣子は駿也の胸の中で泣いた。駿也はそんな彼女を抱きしめた。
一通り泣き止むと、真衣子は顔を上げた。
「大丈夫?」駿也が言う。
「うん、大丈夫」
そうすると真衣子は笑った。駿也も笑う。
すると――
「おい、駿也。これからさファイヤーファイトの新作――あっ」
貴之がやってきた。
真衣子は貴之にも笑った。
「貴之君、ごめんね。これから駿也とカフェに行くの」
真衣子は駿也の腕を引っ張った。
「え、俺、これから貴之と――」
「えー! そんなこと言うの!? でもね」
真衣子は貴之の顔をみて、言った。
「私、貴之君には負けないんだから!」
真衣子は満面の笑みを浮かべ、駿也の腕を引いて教室を出た。
駿也も貴之、ごめんと言い、笑みを浮かべながら、それに続いた。
貴之は不思議そうな顔をして、二人の幸せそうな様子を見ていた。
―――おわり