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古神道  作者: ATS
12/12

其の十二:信頼

−信頼−


「美智子、今度の事件に関して、お前は何処まで知っている?」


 え?私ですか―――急に話をふられた和田美智子は、まるで当事者の意識が無い表情で乃亜と雨宮の二人の顔を交互に見つめた。


「お前は事件の時の記憶がないと言う。しかし、事件は本当にあった事だ。オレはその事件の犯人を捕まえて白日の下にさらしてやりたいと思ってる……だけれどもだ、お前がそれを望まないのならば、それはオレの自己満足に過ぎない。まあ、犯人を突き止める事は再発防止って意味でもやる事はやるが、もしそれ以上を望まないならオレも考える―――そう言う事だ」

「とは言っても……私も私がどうなったのか解らないから、感情をもてあましてるって言うのが正直なところなの」

 美智子はこの時になって初めて困った顔になった。

「私はあの日、雅美のところでお茶をごちそうになってから、自分の部屋に戻って課題をやっていた……って言うだけで、それ以上もそれ以下も無いの。ただね、何かに囚われるんじゃないかって―――そんな漠然とした怖さだけはあったと思う……ね、雨宮君、逆に私のあの日の事教えてくれないかしら」

 雨宮の問いに、逆に教えてくれと言う和田美智子。


 本当に記憶が無いんだな―――顔にこそ出さなかったが、雨宮は事件が一筋縄ではいかない事を悟る。


「オレも雅美に聞いた話だが、それでも良いか?」

 一言断りを入れると、今度は真剣な表情の美智子がコクリと首を立てに振った。

「話の内容としては、美智子が知っている事が全てとは言わないが、ほぼそれ以上の事は無いってのが現状なんだ……美智子が雅美の部屋で一緒にお茶を飲んでいて、夜の十時、ちょうど寮規の時間にお前が自分の部屋に戻った。雅美の話ではそれからちょうど一時間くらいした後、廊下の方が騒がしくなっていたんで外を確認したら、ちょうどお前が何かにおびえる様にして混乱していた……てな、ココまでは殆ど誰でも知ってる事だ」

 時間に関しては間違いないだろう……美智子は寮規を守って絶対に夜の十時には自分の部屋に戻るのよ―――って、雅美の奴も言ってたからな。

「それでだ美智子、お前は雅美の部屋から戻ってからの一時間、自分の部屋で何をやってたかは覚えているのか?」

「え……っと、そうね、私はあの日、自分の部屋に戻ってから次の日の英語の予習をやっていたと思う。ううん、そうだわ、確か次の日の英語で小テストがあるからその為に予習をしていたわ」

「そうか……でだ、その時何か気がついた事とかなかったか?いや、記憶がそこで途切れているんだっけか」

 しかし、実際そんな事があり得るのだろうか?

 雨宮は美智子の事を疑う訳ではなかったが、ある一定の時間帯の記憶だけを消す―――などと言う芸当が出来るのか、今持って疑問に思うのはその一点である。

「そうだ、その時お前は窓を開けっぱなしにしていたのか?」

「え?窓?」

「そうだ、窓だ。あの日、事件の後で雅美が美智子の部屋に着替えとか取りに入ったんだが、窓が全開になっていたんだ」


 窓?―――雨宮が和田美智子へ質問している間、一言も言葉を挟まずにその様子を眺めていた乃亜が、窓と言う単語に反応した。

 しかし、あまりにもその反応が僅かであったのか、雨宮と美智子がその反応に気がついた様子は無い。


「窓……私、窓を開けたんだ……」

「その辺の記憶は無いのか?」

「……解らない……なんだか、自分で開けた気もするんだけど……アレ、どうしたんだろう……どうしたんだっけ……私」

「思い出せそうか?」

「…………」

 雨宮の問いかけに、美智子は力無く首を振り、自分の記憶が蘇らない事に自分自身が信じられないと言った表情になった。


 その辺から記憶がないのか……益々訳が分からないな―――人間の記憶は連続したモノだ。例えば何らかのイベントに参加して強烈に印象に残ったとしても、それは連続した映像の中での一コマであって、ただそれだけの断片的なモノではない。

 遠足に行って現地で見た風景も、現地に行く過程と家に辿り着くまでと言う連続した事象の中に存在する一コマではあるが、やはりそれは限定的な記憶ではなく、遠足と言う一連の行動内における印象的な記憶と言うだけなのだ。

 しかし、目の前にいる和田美智子に関して言えば、勉強していた時、そして今現在病院のベッドで寝ていると言う記憶があっても、窓を開ける少し前からの記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ……記憶の欠損と言う事は人間には往々にしてあるらしいが、つい先日の事をココまで見事に忘れるモノなのだろうか?

 窓を開けたか開けなかったかなど意識もせず行う事とは言え、その様な単純な事を、この目の前にいる彼女が忘れてしまったなどとは考えづらい。

 とすれば、強制的に記憶を自分自身で閉じこめたのか……それとも―――


「いや、良いよ美智子。無理に思い出そうとしなくても」

 多分、どんなに思い出そうとしても無理だ―――雨宮には確信に近いモノがあった。

 記憶は消されたんだ―――と。

 正体不明ではあるが、同じ病室にいるもう一人の女……アレ?そう言えばオレはこの娘の名前を聞いていなかったな―――雨宮は急に思い出したかのように気がついた。

 何故だ?このオレが女の子の名前を聞かないなんて。

 しかもだ、よく見れば学園の中でも滅多にお目にかかれない程の美人……出会った状況が状況だったとは言え、オレはどうして目の前の美人に対しての意識が低いのだろう?

 雨宮は和田美智子との会話の途中ではあったが、妙にその点が気になった。


 どうしたの?雨宮君―――


「え?どうしたって、なにが?」

「だって、なんか難しそうな顔で何か考えてたから……やっぱり窓を開けたか開けなかったか思い出せない事、問題なの?」

「あ?ああ、問題と言えば問題だが……それ程問題じゃないさ。窓を開けるなんて単純な事、誰でも意識せずに行っている事であまりにも些細な事だから、忘れても可笑しくはない」

「でも、本当に分からないの……どうしたのか、今までこんな事って殆ど無かったからなんだか不安で」

「気にするな―――って気休めも無責任か。それに、美智子にはもっと不快な事、聞かなくちゃならないからな……」


 和田美智子の部屋の中から、ドラッグが発見された―――雨宮は、学園を出る前に聞いた、あの悪意ある噂の事を思い出していた。

 少しでも美智子の事を知っている人間ならば、絶対に信じないはずであろう内容の噂で、雨宮から見ればバカらしくて聞く気にもならないものであった。

 しかしである。そんな信じられない噂が、今、学園の中では尋常では考えられない程のスピードで広がろうとしている。いや、既に広がっていると言った方が良い。

 全ての学園生がその噂を信じる訳ではないだろうが、噂とは無責任に広がり、本人の知らないところで事実をねじ曲げる―――その点で言えば、今回の噂は美智子が学園に戻るのが苦痛になるはずだった。

 今からオレは、それを美智子に聞かなくてはならない―――雨宮はどうやって質問をしたら目の前の少女が傷つかずに済むのか?そんな偽善の様な思考に陥っていた。

 それもそうだろう、自分の全くあずかり知らぬところで、自分がドラッグのせいで大声を上げて倒れた―――などと噂され、そして一部の人間はそれを信じて好奇の目を向けてくるのだ。

 どう考えても傷つかない訳は無い。

 しかし、このまま何の知識も無いまま美智子を学園に戻す事はもっと残酷だ―――雨宮は決心した表情でその事実を淡々と語った。


「さっきも少し言ったんだが、美智子の部屋からドラッグらしきモノが発見されて、美智子はその薬のせいで混乱状態に陥った―――って噂が流れている」

「そう……そんな噂が流れてるんだ……」

「もちろん、オレは美智子がドラッグなんてやってないと思ってる。だけど、噂って言うものは無責任に広がって、それは本人がどんなに否定しても一部の人間には関係の無いモノに変わっていく事も事実だ」

「うん……よく解る。噂なんてそんなモノだし、誰が流したのかなんて結局のところ辿り着く事なんて出来ないし……でも私、それはどうでも良いの」

「え?」

「ううん、やっぱりちょっと悲しいけど、でも、私の事を信じてくれる人もいるから」

「それは絶対だ。大部分の人間だったら、美智子がドラッグに手を出す奴じゃない事くらい解ってる。もちろんそれは、オレや雅美を含めてだ」

「ありがとう……でも、これではっきりしたのかも……」

 美智子は、堅く閉じられた自分の拳を真剣な表情で見つめた。


 ああ、敵が居る―――雨宮は静かにその事実を告げた。


「雨宮君もそう思うんだ……乃亜さんは、どうですか?」

(乃亜?ああそうか、目の前の女は乃亜って言うのか)

 雨宮は先ほどの違和感を思い出した。目の前にいるどこかミステリアスな雰囲気をまとう美少女に対し、妙に興味を持たなかった事を。

 いや、持てなかったのか?―――雨宮は改めて乃亜という少女に興味を持った。

 声を掛けられてから疑問に思っていたのだが、完全に気配を『消して』いた少女。しかも自然体でありながらもどこか隙のない立ち居振る舞い……それに、どうして美智子の病室にいて、いつの間にか美智子の信頼を勝ち得ているのか。

 美智子とは、どんな関係なのかも今になって思えば疑問である。


「敵は確実に存在しています」


 ん―――どうしてそんなに断定的に言い切れる?


「私がこの病室に入った時、窓が開いていました―――」

「なに?」

「あの……それが何か?」

「これは私の予測に過ぎませんが、美智子さん、あなたの中になる事件の記憶は消されたのだと思います……いいえ、実際それは間違いはありません」

 乃亜は確信に満ちた瞳で語った。

「それも、私がこの病室に入る何分か前の出来事です」

「―――え!?」

 雨宮と美智子の驚きの声が重なった。


 今日、この場で記憶が消されただと!!バカな……そんな事出来るはずが―――雨宮は予測していたモノの、自分の予測を遙に上回る展開に驚きの声をあげた。

「ですが、美智子さんが学園からこの病院に運ばれて以来、彼女に接触して記憶を消す時間はそれ以外考えられません」

「ぐっ!!」

 確かに記憶を消されているのは間違いない。目の前にいる乃亜に確認する以前に、その事に予感めいたモノもあったし、実際和田美智子との対話から、雨宮は美智子の記憶が故意に操作されていることを確信すらしていた。

 では記憶を消す時間はいつだったのか―――雨宮は気がついた。

 時系列的に考えて、美智子は学園で倒れてから救急車で運ばれ、この病室で意識が戻らずに眠り続けていたのだ。その間、美智子の側に近寄れたのは病院関係者か肉親か……少なくとも第三者がおいそれと接触出来る時間的な余裕など無かったはずである。

 だとすれば、今、自分たちが来るまでの僅かな時間―――その時間で行うしか無い。


「しかし……例えそうだとして、一体誰がこんな短時間で人の記憶を操作出来る?」

「雨宮さんと言いましたね」

 乃亜は静かに雨宮へ向かって声を掛けた。

「あなたは人の記憶を操作出来る事については、何の疑問も持たれないのですね……人の記憶を操作するなど、常識的にはあまり考えられないと思いますが」

「乃亜と言ったか?お前にだって言える事だと思うが?」

 雨宮は疑いの目を向けた。

「この事件の犯人は一体どんな奴なんだ?そしてお前は、一体何者なんだ」

「…………」

「まただんまりか?お前がオレに対して疑問を持つように、オレも少なからず疑問を持ってるんだぜ……少なくとも、一般人とは思えない」

 そうだ、気配を完全に消せる技術を持ち、少なくとも四歩程度の距離ならばどんな状況であろうとも相手を無力化出来る程の自信。そして、自分を相手の意識から意図的に興味を無くさせる能力―――雨宮は先ほど、不自然な位に乃亜への興味や意識が回避されている事に思い当たった。

 そうなのだ、アレは状況云々で目の前の女に興味を持たなかったんじゃない……強制的に興味を持つ事をそらされていたんだ。そんな事が出来る人間など、雨宮は今まで出会った事は無かった。

 確かに、古武道などでは相手の視界に入っているにも限らず、その相手の意識からそれる様に動き間合いに入る『技術』と言うモノは聞いた事がある。しかしだ、乃亜という少女は一切の動きもなく、相手が自らを意識しなくなる技術などは聞いた事がない。

 いやそれは、もはや『技術』と言うべきモノではない。それは既に『能力』と呼ばれるべきモノなのだ。少なくとも、目の前にいる少女が、普通に暮らしているだけのただの少女とは到底思えない―――雨宮は絶対的な確信を持って乃亜を見つめていた。


「一体お前は何なんだ?」

 重ねて質問した。

 ココで自分の正体を語らなければ、オレはお前を信用出来ない―――そんな思いの元に。


「わ、私は……私は……」

 乃亜はここにきても、自らの正体をさらす事に躊躇いを持っているのか、雨宮の問いかけに表情を歪めていた。

「わ、私は―――」

 先ほどまでの平常心が何処に消えたのか、冷静さを失い掛けている―――と言うよりも、何かその事を口にするのが心苦しいと言った、いや苦悶にも似た表情で言葉に詰まっている。

 何故そんな表情をする?オレはそれ程目の前にいる少女が答えづらい質問でも下のだろうか?

 その苦悶にも似た表情に、あれ程までに高ぶっていた気持ちが急速にしぼんでいくのを意識した。


 ちっ―――オレは何をそんなに焦ってるんだ……


 雨宮は乃亜のイメージとはほど遠い動揺した表情に、冷静さを取り戻してきた。

 これ程短時間で人の記憶を操作出来る敵が美智子に接触してきた事と、目の前にいる正体不明な少女の為に平静でいられなかったのだが、よくよく考えてみれば、乃亜と呼ばれる少女が敵であるならば、自分程度の相手など歯牙にも掛けず倒し、それこそ事件に関する記憶を操作されているに違いない。

 となれば、少なくとも乃亜は敵であるはずはないのだ。

 それを追いつめる様な真似をするのは憚られた。

 目の前の少女は、自らの正体を語りたくとも語れない―――そう、語る事に対して『恐怖』に似た感情を持っている……雨宮にはそう思えた。


「悪かったな、お前が自分の正体を明かしたくないのなら別に良い。どうもオレも冷静さを失っていた」

 そうだ、どう考えても目の前にいる女はこの件とは無関係だ。

「お前が今、この場でその正体を語る必要はない」

「ど、どうして……」

 雨宮は照れ隠しの様に頭を掻きながら「お前はさっき、美智子の味方だと言った……それで充分だろ?」

「…………信じてもらえるのですか?」

「あまり初対面の人間を簡単に信じてしまうのもどうかと思うがな。お前はどうなんだ美智子?」

「私?私は初めから……乃亜さんは良い人だって思ってたから」

 美智子が何の疑いも持たない瞳を乃亜へ向けた。

「人間ってのは著しく本能が退化した動物だって言われてるけど、そんな中でも良い人間と悪い人間を見分ける本能ってのは、多少なりとも残ってると思ってる。美智子がこう言ってるんだ……オレも信じるしか、ないだろ」


 それに、どう見てもあんたが悪人には見えないからな―――疑いの目を向けた事に恥ずかしさを感じてか、最後の言葉はこの男にしては珍しく恥ずかしそうにしていた。


「私は……陰陽師と呼ばれる人間です」

「え?」

 美智子は驚きの声をあげたが、雨宮は乃亜の言葉にそうか―――と一言静かにうなずいた。

「良いのか?俺達にそれを語って」

「構いません……私の正体自体、それ程大した事では無いので」

 少女はたいしたこと無いと語るが、ならどうして、さっきはその事を言うのを躊躇ったのか……雨宮は彼女の深い傷の様なモノを感じてしまった。

 自分が陰陽師である事―――その事自体を恐れている様な印象を持ったからこそ、その答えを聞く事をやめたと言うのに、乃亜と言う少女が自らそれを語ろうとしていた。

「私は榊万笙さかきばんしょうの孫、榊乃亜と申します」

 乃亜は改めて雨宮に自己紹介をしていた。

「榊……万笙……」

「私の家系は古くから続く陰陽師です」

「榊―――って、あの榊か!?」

「雨宮君、雨宮君は乃亜さんの事、知ってるの?」

 知っていると言えば知っている―――雨宮は何か思い当たったのか、驚きの表情で乃亜を見つけた。

「雨宮さんが思い当たった通り、私の祖父である万笙は、陰陽師としてその名前を残しています……私がこの件に係わるのは、学園長である赤岡氏の依頼を祖父が受け、私が祖父の名代として真相を追求するためです」

 そうか……あの榊家の娘なら―――雨宮は今までの乃亜が行ってきた事全てに納得がいった。

 一般人から見れば何処にでもありそうな名字と聞き流していたかも知れない。しかし、陰陽道に係わる者で、陰陽師の榊、いや、榊万笙の名前を知らぬ者は居ない。

 曰わく、榊の者には近づくな―――雨宮の頭の中に父親の言葉が蘇ってくる。

 そのあまりにも強大な能力を持ち、裏の社会を影から支えている一族―――そんな伝説めいた評判が雨宮の持つ知識だった。

 事実、その通りの仕事を行っている事も、そして、彼ら一族が陰陽師達から恐れられている事も知っていた。

 強い力とは自分を助けてもらっている内には絶大な信頼となり得る―――しかし、ひとたびその力を目の前にすれば、それは脅威ともなり得るのだ。


 陰陽師―――と言えば聞こえは良いかも知れない。鬼を封じ、邪を調伏し、一見悪しきモノより身を助けてくれる者として存在している。

 しかし、陰陽師の仕事はそれだけではない。時の権力者より、呪術にのる暗殺を請け負い、魔を放ち、敵を討つ。

 一転すればそれは暗殺者としての一面も併せ持つのだ。だからこそ、強すぎる力は時に畏怖の象徴ともなり得てしまう。歴史として教科書に載るような事は無い。無いが、時の権力者が影で利用し、そして恐れの対象となっているのは間違いの無い事。

 そして榊と言えば、国内でも数本の指に入る陰陽師の家系として、裏の社会では敵に回してはならない―――と、恐れられている。

 雨宮はもう一度、榊乃亜と名乗った少女を眺めた。


 こんな娘が?―――雨宮の前にいる少女は、吸い込まれそうな程の澄んだ黒い瞳と、漆黒を思わせる流麗な髪の毛が印象に残る美人で、大人びた雰囲気を持っている。しかし、それに惑わされる事無く彼女を観察すれば、それは自分と何ら変わらない年相応の少女であった。

 誰が見ても、古くから続く陰陽師の家系に育ち、陰陽道に通じているとは思えない。


 でも―――ここで雨宮は思い返す。完全に気配を『消す』能力をもち、他人に自分を『意識させない』術。そしてそれを不思議と思わせる事もない。

 きっと美智子に記憶が無い事も、『自分で見てきた』のだろう……雨宮は乃亜の能力を疑う事は無かった。今までの行動が、それを納得させるだけのモノであったからだ。


「正体を隠していた事は申し訳ありませんでした。先ほども申したとおり、私の正体などどうでも良い事でした」

 一度その事を認めたからか、乃亜は今度は躊躇なく口にした。

「いや、オレも最初はお前の立ち位置云々って言ってたからな……その事ならオレの方が悪かった。それに陰陽師と言うならば、オレも多少その末席に連なる家系だ。おいそれと他人にそれを明かさない方が正しい」

「雨宮さんも……陰陽師の家系だったのですね。だから私が陰陽師であると言うのも信じていただけた―――と」

「まあ、オレなんかは陰陽師と名乗れる程修行したわけじゃないし、才能が無いから佐久間学園なんて通わされてるんだけどな。だけど、別にオレが陰陽師の家系だからってお前の事を信じた訳じゃない」

「と、言うと?」

「だから言っただろ、お前は美智子の味方だと言った―――それで充分だ」

「ですが、これから美智子さんの事件を調査するのならば、その事を先に説明しておかなければならなかったと思います」

 乃亜は美智子に向かって深々とお辞儀をして謝罪をしたが、美智子は慈しみを持った瞳で微笑んだ。

「乃亜さん、私も別に気にしていません。乃亜さんは私の味方と言って下さいました。そして私は、私の意思でそれを受け入れたんですもの、乃亜さんがどんな立場でどんな方であろうとも関係ありません」

「美智子さん、雨宮さん……ありがとう」


「さてと、お互いの事はこれではっきりとした訳だな……で、これからどうするかって話だが、美智子、オレがさっきした質問の答え聞かせてくれるか?」

「それは、犯人を見つけるって事?」

「そうだ、オレは犯人を見つけて絶対にお前の前に引きづり出して謝らせたい―――そう思ってる。けど、それをお前が望まないなら、犯人を見つける事はするだろうがそれまでだ。学園側からすれば犯人を見つけたところで、闇から闇へ……今度の件はひた隠しにすると思うけど、これからの事を考えれば絶対に犯人は見つけておかなくちゃならない」

「でも……それだと雨宮君に危険はないの?」

「なんだ美智子?オレの事心配してくれるのか」

「それは当たり前でしょ、友達を危険にさらすなんて絶対に出来ないわ」

「まあ、ちょっと一筋縄じゃ行かない相手かも知れないが、そりゃ大丈夫だろう」

 雨宮は「それに、力強い味方も出来たしな」と、乃亜の方を向いた。

「乃亜さんも……犯人を見つけるんですよね」

「はい、元々お爺さまへの依頼も、事件の真相を明らかにする事―――そしてそれは犯人を見つけてその能力を封じる事に繋がりますから」

「危険は、無いんですか?」

「大丈夫です。私は私の持てる全力を以て美智子さんをお守りします」

「いえ、私ではなく、乃亜さん、あなたに危険はないのか―――と、聞いたんです」

「ど、どうして私の事など?」

「だって友達に、危険な事なんてさせられません」


 え?―――乃亜は真摯な瞳を向ける美智子に息をのんだ。


「わ、私は……私の事なんて……」

「それとも、乃亜さんは私と友達になって下さいませんか?」

「み、美智子さんは、私の事を知らないから―――」

「乃亜、さっきの言葉、聞いてなかったのか?オレや美智子は、お前が何者であろうと信じるって決めたんだぜ。それじゃダメなのか?」


 この時乃亜は、自分の中にある感情の表現方法が解らなかった―――が、一つだけ確かな事があるとすれば、それは自らの瞳から落ちた一筋のしずくが全てを語っていた。



つづく

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