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古神道  作者: ATS
11/12

其の十一:駆け引き

―駆け引き―


「何が出来るんでしょうか?」


 なっ―――


 誰もいないと思っていた背後から突然声を掛けられた雨宮は、いつものへらへらとした表情を保つ事が出来なかった。

 そして、冷静な状況判断を怠ってしまった事を悟った。

 雅美を使って看護師を排除したまでは良かったが、病室の中を良く確認しなかったのは雨宮の失策である。

 病室は入り口の所に衝立があるモノの、それ以外にも個室のトイレなど人が隠れる場所はいくらでも在ったのに、それを雨宮は怠ってしまったのだ。

 何故か―――そう、それは雨宮が人の気配と言うモノを、この病室から『全く感じなかった』からで、だからこそ目視での確認を怠り、背後からの接近を許してしまったのである。

 気配を殺していた?いや違うな、気配を消していたんだ―――雨宮は結果に対しての状況判断を瞬時にし、乃亜への対応を考えようとした。

 しかしこれは、乃亜の言葉の前に完全に封じられてしまった。


「この病室は現在、関係者以外立ち入り禁止になっているはずですが、あなたはどうしてこの部屋に?それも―――」

 雨宮はこの程度の質問ならば、持ち前の機転を持ってすれば如才なく答えられただろう。

 しかしそれを許さなかったのは、乃亜の次の言葉だった。


「それも、どうして気配を『殺し』ながら来たのですか?」


「ぐっ―――」

 正に不意打ちだった。

 確かに雨宮は気配を殺していた、しかし、完全に気配を『消して』居たわけではなかった。

 いや、出来なかったと言った方が正しい。

 気配を殺す事は訓練次第でどうとでもなる技術であったが、完全に気配を『消す―――』となれば別で、雨宮にはまだまだ完全に出来る事ではなかったからである。

 それを目の前にいる少女、乃亜が不意打ちの様に指摘したのだ。


―――どういう事だ?


 雨宮に緊張が走った。

 全く気配の『無かった』はずの背後から、突然声を掛けられた。

 それはつまり……イヤ、下手な答えを言うよりも相手の観察が先だ―――これ以上の失策を許されない雨宮は、質問に答える前に目の前に突然現れた乃亜を素早く観察し、そして分析する事に集中した。


 雨宮から見ると、乃亜は年齢が不詳であった。

 背格好から推測すれば自分とそれ程変わらない、言ってしまえば同年代なのだろうが、その大人びて見える言動と、吸い込まれそうな程に深い瞳と端正な顔立ちからどうしても実際の年齢よりも上に見えるのだが……雨宮にはその辺の判断がつかなかった。

 いや、実際年齢は上の様に見えるが、それは彼女が持つ雰囲気がそうさせているだけで、年は俺と変わらないはずだ―――それにしても不思議な雰囲気を持っていると言うのが雨宮の判断だった。

 

 まあその辺は後回しだ―――雨宮は状況を分析することにした。

 さっきも思ったのだが、もし俺が美智子の敵と過程して声を掛けたにしては、距離的に俺の方が近くにいるのに声を掛けたと言う事は、この程度の距離など問題にならない程度の自信がある―――と言う事だろう。

 雨宮は乃亜との距離を自分の歩幅で正確に四歩だと目測した。

 だが、この四歩の距離をものともしないのはどういう事か?


 例えば相手がナイフなどの刃物を隠し持っていた場合、そのナイフを取り出すまでの時間でこの四歩の距離を無効とし、凶器を確保した上で相手を無力化する技術―――雨宮は居合いが頭に浮かんだ。

 しかし目の前の少女は刀剣はおろか、その手には何も握られていない。

 つまりは体術のみでこの距離を一頭足のうちに詰めて、相手を無力化出来ると言う事である。

 それとも、目の前の少女は何か飛び道具の様なモノを隠し持っているのだろうか?―――いや、暗器の類を持っているにしても、あまりにも自然体過ぎて考えにくい。


 雨宮は改めて目の前の少女を見るが、少女は全くと言って自然体で、それでいてその瞳から視線をはずせなかった。

 問題はそればかりではない。


 ―――全く気配を感じなかった。


 そう、雨宮は乃亜の気配を微塵も感じられなかったのである。

 気配を『殺して』いたと言うレベルではなく『消して』いた所から考えるに、これ以上不用意に動けば確実に殺られるのはこっちか―――雨宮はただならぬ思考に背筋に冷たいモノを感じた。

 しかし―――ではどうして声など掛けたのか?

 もし、美智子をこの様な状況に陥れた犯人が、証拠を消すためにこの病室に忍び込んだとして、気配を消せる程のモノが声を掛けるのか?

 イヤ違うな……もしかしたら……


 雨宮はゆっくりと両手を上げて全面降伏と言ったポーズを取った。

「気配を殺して来たのは病院関係者に見つからないため。面会謝絶になっているし看護師が病室の前に張り付いていたからな。そして、この病室に来たのは美智子の事件を調べるためだ」

 雨宮は正直に語ることにした。

「何故美智子さんの事件を調べているのですか?」

「友達だからだ―――」


 その言葉の後、雨宮と乃亜の二人は互いの瞳から視線を切らさなかった。

 深い瞳だ―――雨宮は目の前で自然体でいるにも係わらず、まるで隙が無く、そして容赦もない瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。


「美智子さん……起きても大丈夫ですよ」


 ―――なに!?


 いつまでも続くかと思われた沈黙はしかし、乃亜の方から終焉を告げた。

「良いんですか?私が起きても」

「おまっ、美智子お前……目が覚めてたのか―――」

 なんて事だ!まさか美智子の奴が目覚めているとは―――不意打ちにも程があった。未だ美智子が目を覚ましていないと思っていた雨宮にとって、それは不意打ち以外の何者でも無かったからだ。

 とどめに、「雨宮君、王子様のキスはあなたのお姫様にしてね」と美智子にからかわれてしまっては、雨宮としては、文字通り『お手上げ』である。

「っっ―――趣味悪いぞ、美智子」

 この男にしては珍しく、赤面せずにはおれなかった。



「でだ、俺は手をおろしても良いのかな?」

 予想どおり、どうやら目の前にいる少女は美智子の敵ではないらしいな……雨宮は、未だ上げっぱなしだった手のひらを、手持ちぶさたと言ったふうにグーパーとしながらおどけた態度を取っていた。


 どうぞ―――と、乃亜はあくまで自然体で答える。


「どうしてだ?」

 雨宮のこの問いは、目の前で終始自然体を貫き通している乃亜に向けてのものだった。

「どうして?とは、どのような事を指しているのでしょうか?」

「質問に質問で答えるのはどうかと思うが、説明がいるならそうしよう。どうして敵の可能性がある俺に、美智子が起きている事を教えたのか―――だ。俺が敵であった場合、もしかしたら事件の事を隠蔽するために美智子を殺す可能性があるにもかかわらずだ」

 和田美智子は『殺す―――』と言う単語にぞっとした。

「あなたの質問にはおかしな所がありますね……別に友達ならば美智子さんが目覚めている事ぐらい知っていても良いと思いますけど。それに、敵―――と言うのはどういう事なのか……私には解りかねますが」

「ふん、言ってろ―――」

 とぼけているのかどうなのか……いや、こいつは絶対に知っていてやっているに違いない。

 とはいえ、相手は最初から最後まで自然体でいたのだから、俺が勝手に手を挙げただけだって誤魔化せるからたちが悪い―――


 手強いな―――雨宮の乃亜に対する評価はさらに深まった。


 どのような状況に陥ろうとも、四歩程度の距離では遅れは取らない―――雨宮は乃亜に無言でそう言われた気がしたのである。


「さて、腹を割って話をしたい」

「話と言いますと」

「美智子に事件の時の『記憶』はあったのか?」

 今度は雨宮からの不意打ちだった。この質問を雨宮は、事件の当事者である和田美智子ではなく、名前も知らない乃亜に向かって質問していたのだ。

 乃亜が微かに瞳を細める。

「それは直接美智子さんにお聞きになってみてはどうでしょう?」

「それは後でするさ、その前に俺はお前に聞きたい」

 乃亜の雨宮を見る瞳に力が入った。

「どうしてそれを先に私にお聞きになるのでしょう。私は美智子さんのお見舞いに伺っただけですが」

「さっきも言ったが、とぼけるにも程がある。カマを掛けるのは俺も苦手じゃないが、お互い、痛くもない腹のさぐり合いをしても事件の解決には近づかないと思うがな……それともあんたは、自分一人だけでも充分事件を解決する自信があるのか?」

「…………」


 雨宮の遠慮のない問いに、今度は乃亜の方が沈黙した。

 先ほどから間断なく雨宮を観察していた乃亜だったが、こう明け透けに言われてしまうと、何処まで目の前の男が事件に関して知っているのか興味をそそられる。


「美智子さんが気を失って倒れた事を事件と語り、敵と言う言葉を使いましたが、あなたはどうお考えなのですか?」

「それを聞いたら、お前はオレの質問に答えるのか?」

「それは解りません」

「ふー、どうもこちら側に不利な条件だと思うがな……あんたの立ち位置がはっきりしなければ語れない事もあると思うが?」


 二人はまたしてもお互いの瞳を見つめるて膠着状態に入った。


 雨宮としては、全ての可能性を考えてなるべく手の内は隠しておきたかった。

 相手の立ち位置が正確に解らなければ尚更である。もし目の前にいる少女が学園側の人間ならば、学園としては当然雨宮達の行動を制限するだろう。そしてそれは、犯人を隠蔽してしまう事に繋がる可能性があるからであった。


 乃亜にしてみれば、これから行う調査の事を口外して回る気はなかった。

 目の前にいる男がどの様に事件と関わりを持っているか解らないなら尚更で、自分の立ち位置を教える事で、これから行う調査に支障が起きる可能性がある。


 二者二様にこの場でのやり取りには理由があったのである。

 お互いがお互いの立ち位置や、どれだけの情報を持っているのか……そして相手の能力がどの程度のモノなのか、この先調査の邪魔になるのかならないのか。


 腹のさぐり合いをするべきか、それとも情報を提供し合うのが得策なのか―――膠着状態には終わりが無いかとも思われた。

 しかし、今度は雨宮の方から沈黙を破る事となった。


「オーケー解った」

「何が解ったんでしょう」

「いやなに、オレの目の前にいる女は、強情だって事がな」

「…………」

「その沈黙は肯定の意味で良いのか?」

「…………」

「悪かった、オレが悪かったから沈黙はやめてくれ。冗談に沈黙で答えられると、オレが堪えるから……」

 雨宮は天を仰ぎながら頭をかいた。

「だけど一つだけ質問に答えろ。オレから話を聞きたかったら、それが最低限の条件だ」

「どのような事でしょう」


 ―――お前は美智子の味方か?


 それは雨宮が普段見せないほどに真面目で鋭い表情だった。

 いくら相手が嘘を隠し通そうとしても、必ず見破れる―――そんな決意が読みとれる程の表情で、雨宮を良く知る者が見たら別人かと思ったかも知れない。

 それ程真剣で鋭い視線を、雨宮は乃亜に向けていた。


 乃亜はその視線を軽く受け流す事は出来なかった。

 当初は、雨宮の持っている情報などには興味がなかった。雨宮がどの様な立ち位置で事件に係わっているのか、それは後で調べればどうとでもなる事だし、こちらの情報を提供するリスクを考えれば、今、この場で目の前に現れた男にそれを語る理由が全く無かったからだ。


 しかし―――乃亜は目の前にいる男に興味が沸いたのも事実であった。


 気配を殺す技術を持ち、素早く状況判断する能力もある。そして今回の事を事件と呼び、敵という存在を意識する……その様な者が和田美智子の前に現れたのだ、興味を抱かない訳がない。

 それに、自分の事でもないのに、これ程真剣な表情を向ける理由にも興味が沸いていた。


 だからこそ、乃亜は相手と同じ真剣さで答えていた。


「そうです、私は最後まで美智子さんの味方です」

「ふー」

 注意深く乃亜の表情を伺っていた雨宮は、あきらめの表情で溜息をついた。

「あんたの質問は二つだったな……どうしてこの件を事件と呼ぶのか。それからどうしてオレが『敵』と言う単語を使ったか―――」

「そうです」

 短いながらも、はっきりとした返事が返ってくる。

「オレは美智子が情緒不安定で自殺を図ったり、麻薬の類に手を出すような奴じゃ無い事を知っている。だから今回のような事は『事件』で無ければ必然性が無い。それから『敵』と言う単語の件だが……」

 ちらりと美智子の方へ視線を向けたが、別に隠しても後に知れる事と判断したのか、言葉を選びながらも包み隠さず真実のみを告げた」

「今学園の中では美智子に関してある一つの噂が横行している……美智子が麻薬を使用し、使用したモノの残りが部屋の中から出てきたと言う噂だ」

「それが何故『敵』へと繋がるのですか?」

 まるで身に覚えの無い事を聞かされた美智子が、信じられないと言った表情をするが、それも直ぐに不確かなモノへと変わる。そもそもどうして自分がこの様な病室にいるのかも覚えていないのだ、ふってわいた様な話に、感情が追いついていなかったのである。

「その噂が意図的に流された形跡がある」

「その噂の出所が解らない―――と言いたいのですか?」

「まあ噂なんてモノは、どうしたって出所なんて解らないもんだ……その辺はどうしようも無いと思うが、しかし、断定的な情報を元に広がるうわさ話となれば、それを流した人間が絶対に居る―――無責任な噂なら断定的なモノにはならないだろうが、今流れているのはそんな曖昧なもんじゃない」

 思い出しても腹が立つのか、雨宮は心底汚らわしいモノを見るかの様な表情で続けた。

「悪意だ……その噂を流した奴の悪意を感じるんだ。その噂の中に」


 今振り返ったとしても、噂が広まる速度も、内容も、それは悪意に満ちたモノである事は間違いなかった。

 事件が起きた次ぎの日、学園側としては和田美智子の家は相当重要な存在であるのだから、その様な根も葉もない噂話などどの様な状況になろうとも隠蔽しなければならないはずである……しかし、具体的な内容を伴って噂は流れたのだ。

 それは流した人間が居る―――つまりは、美智子が二度と学園に戻れない様な環境を作り上げた結果と言える……そう、敵意を持った人物によって。


 雨宮は学園を出る間際に聞いたうわさ話から、必ず『敵』が存在すると断定したのである。

 乃亜にもその意図が伝わったのか、なにやら考える様なそぶりを見せた。


「現状―――」

 今度は乃亜の方から話しかけていた。

「美智子さんの中には、事件に係わる記憶はありませんでした」

「お前……いいのか?」

「あなたは正直に話をして下さいました。ここで私が何も話しをしなければ卑怯と言うものです」

「ん?まあ理屈じゃそうなるがな……正直、お前が話してくれるとは思わなかった」

「それに、美智子さんに聞けば解る事ですから」

「その一言は余計だがな」

 乃亜の一言に苦笑する。

「それで……まあ、これが一番聞きたかった事なんだが……」

「私がこの件にどの様に係わっているか―――ですか?」

「話が早くて助かる……が、その話の前に、美智子に少し聞きたい事がある」

 乃亜に向かっていた視線を、今度は美智子の方へと向けた。



「美智子、今度の事件に関して、お前は何処まで知っている?」




つづく

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