四話
*
景は菜子が仲間になることを反対したが、結局八尋に押し切られる形で承諾した。菜子の意見を聞くものはいなかったが、菜子も別に嫌ではなかったため、彼らの仲間に加わることにした。
「で、いいネタって?」
八尋が景に尋ねる。そういえばいいネタを仕入れてきたと言っていた。景はゴホン、とわざとらしく咳払いをし、真面目な顔をして切り出した。
「テケテケって知ってます?」
景の言葉に、菜子は首を傾げる。テケテケ…どこかで聞いたことのあるような。
しかし菜子とは対照的に、八尋とゆきねの二人はテケテケという言葉を聞いた瞬間、目を輝かせた。
「テケテケって何ですか」
菜子が尋ねると、八尋が嬉しそうに語り出す。
「簡単に説明すると、テケテケっていうのは下半身がなく、上半身だけの亡霊だ。腕を使って移動する」
「上半身だけ…」
そこまで身体の欠損した幽霊は、見たことがない。片腕、片足のない幽霊は稀にいるのだが。
「で、詳しく話せよ」
八尋が促すと、景は頷いて話し始めた。
「俺の学校の近くにある女子高なんですけど、最近休校になったんです。俺も聞いた話なんでよく分からないんですけど、どうやら生徒が次々に倒れたらしくて」
「それにテケテケが関係してるの?」
ゆきねが身を乗り出す。八尋も平良も興味津々、といった感じだ。
「実は、倒れた生徒はみんな前日に尾久山に登っていたみたいなんです。研修で」
それを聞いた八尋が、「なるほど」と呟く。他二人も分かったようで、頷いていた。また菜子だけが分からない。
「尾久山には、上半身だけの女性の霊が出る。そうだったよな?」
景が肯定する。それがテケテケ、というわけか。
よし、と八尋が何かを決意したように立ち上がった時、平良が八尋の腕を掴んだ。
「あそこはやめた方がいい」
平良が真剣な顔で八尋を止める。八尋は一瞬驚いたようだったが、すぐに「何で」と聞き返した。平良は何かに怯えるように、額には汗をかいていた。
「尾久山はだめだ。あそこにいるのは、そこらの幽霊みたいな優しいもんじゃない。行ったら殺されるぞ」
平良の言葉に、全員が固まる。八尋はゆっくり腰を下ろし、平良に向き合う。
「お前、もしかして見たことあるのか?」
「…いや、見たわけじゃない。でも、前に尾久山に入ったことがある。入った途端に分かったんだ。おぞましいものがいるってな」
平良の言葉から、どれだけ危険なのか伝わってくる。菜子は、それほどまでに恐ろしい霊に出会ったことはない。八尋を伺うと、真剣に考え込んでいるようだった。
「や、やめときます…?」
景が恐る恐る問いかける。彼もこのただならぬ雰囲気に、冷や汗をかいていた。
「いや、行って確かめる」
八尋がそう断言する。「おい!」と平良が焦った声を出すが、八尋の意思は決まったようだった。
「テケテケが危険なのは知ってる。たくさん噂を聞いてきたからな。でも、今までいくつか霊の噂を検証してきたけど、こんな大物は初めてだ。こんなの、見逃すわけにいかないだろ?」
「でも、死んじゃうかもしれないのよ」
ゆきねが、不安そうな声を出す。
「死ぬのは怖い。でも、それを上回る好奇心がある」
にやりと笑う八尋を見て、菜子は納得した。この人は、霊への好奇心だけで動いているんだ。オカルト好きとはそこまでか、と菜子は驚くが、死を恐れぬほどの好奇心に憧れもした。
「でも、今回は俺だけでいい。みんなまで危険に巻き込むわけにはいかないからな」
「え?」
八尋のその発言にみんなが戸惑う中、平良だけが「はぁ〜」と大きくため息を吐いた。
「お前、馬鹿だろ」
「なっ…!」
平良が八尋の頭を軽く叩く。
「霊感のないお前が一人で行動して、何ができるっていうんだよ。ただ死にに行くのか?」
「それは…」
「俺も行く」
八尋が目を見開く。すると、それに続けてゆきねが「私も手伝うわ」と、声をかけた。同じく景と菜子も頷く。
「楽しそうなことに、私を仲間はずれなんて許さないわよ」
ゆきねがふふっと笑うと、八尋は動揺を隠せず「でも…」と言い淀む。そんな八尋は気にせず、平良が手を叩いた。
「じゃあ、まずは情報収集からだな」
そうして、その日はこれからの計画を話し合った。菜子は不思議と恐ろしくはなく、高揚感すらあるほどだった。
しかし、この人情ドラマのようなやり取りから一変して、菜子たちはテケテケの恐ろしさを身をもって知ることになる。