三話
料理を頬張りながら、八尋が話し始めるのを待つが、いつまでたっても本題に入らない。すると、ゆきねが横から耳打ちしてくる。
「八尋くん、食べてる時は喋らないのよ。だからもうちょっと待ってね」
ゆきねがクスクスと笑う。見ると、確かに八尋は夢中で食べている。そして、何故かその横で、平良が嬉しそうに微笑んでいた。
「あの…」
「平良くん?」
言いたいことが分かったらしく、ゆきねがまた耳打ちしてくれる。
「この料理作ったの、平良くんなのよ。あんな風に美味しそうに食べられたら、そりゃあ嬉しいわよね」
なるほど、と菜子は納得する。しかし、この料理を平良が作ったというのには驚きだ。見た目も味も文句無しに美味しい。
菜子は感心しながら、自分も箸を手に取り、料理を頂くことにした。
*
「よし、本題に入ろう」
八尋がお腹をさすりながら、真面目な顔をする。隣ではゆきねが小さく笑っていた。
「菜子に、俺らの仲間に加わってほしい」
「え?」
仲間、とは怖い噂話を検証する仲間ということだろうか。それよりも名前呼びになっていることに驚いたが、そこは気にしないことにする。
「菜子ちゃん、幽霊見えるだろ?」
平良にそう尋ねられ、やはりバレていたか、と菜子は頷いた。
「私は幽霊が見えます。それが分かったってことは、お二人も見えるんですか?」
「いや、見えるのは平良だけだ。まぁ、見える時と見えない時があるらしいけどな」
八尋の言葉に、平良が付け加える。
「俺も外にいるあの顔半分のおばあさんは見えてるんだ」
「あぁ、やっぱり…」
やはりあそこで気付かれていたらしい。
ゆきねはどうなのかと目を向けると、彼女は首を振って否定した。
「私も八尋と同じで全然見えないわ。ほんと残念」
霊感がなくて残念、とは初めて聞いたが、オカルト好きならそうなのだろう。
「もう一人っていうのは…」
菜子が気になっていたもう一人のことを尋ねると、八尋が壁に掛けられた時計を確認した。
「あぁ、あいつおっせえな」
「連絡とってみましょうか?」
ゆきねが携帯を取り出そうとするが、平良がそれを止めた。
「いや、もう来た」
平良の言葉と同時に、玄関の扉が開く音がした。そして、『もう一人』が部屋に入ってくる。
「すみません、遅れました!」
「遅い!さっさと座れバカ」
「八尋さん、怒らないで下さいよ。いいネタ仕入れて来たんですか、ら…?」
『もう一人』は、喋りながら菜子を目に止め、固まる。菜子も見覚えのある顔に、少し驚いた。
「おっまえ…!ボタン女!」
彼は菜子を指差し、叫ぶ。八尋たちは突然の彼の行動に、「は?」という顔をしていた。菜子はここへ来る途中で幽霊に絡まれていた男に、「どうも」と頭を下げる。
「な、何でここに…。まさか、新しい入居者ってこいつですか…?」
平良が頷くと、彼は「そうか…」と脱力して座り込んだ。そんな彼に、ゆきねが説明を求める。
「ちょっと、何で菜子ちゃんがボタン女なのよ。知り合いなの?」
「こいつ、学校の帰り道で俺が黒いもやにまとわりつかれてた時に、突然現れたんです。そんで俺のボタン引きちぎりやがって…」
「だって彼女、ボタン欲しがってたから」
菜子がそう口を挟むと、彼にじろっと睨まれる。
「制服の替えのボタンないから、わざわざ買いに行ったんだぞ?ていうか、謝りくらいしろっての」
「ごめんなさい」
「何かむかつく…!」
強く拳を握って苛立つ彼を、平良が「まぁまぁ」と宥める。彼の失礼な物言いに菜子もいい気持ちはしなかったが、顔には出さなかった。
「とりあえず、自己紹介しろよ」
八尋にそう言われ、菜子が名乗ると、彼も目を合わせずに自己紹介をした。
「仲原景。102号室」