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 結局、何も考えずに朝を迎えた。

疲れ切っていた私は、目覚まし時計の音で目を覚ましたが、まだベッドから抜け出したくないと身体が訴えている。

どうにか自分を慰め、宥め、諌め、起き上がった。

「帰って、自分で洗濯しよう。」

 凰士の服をベッドの隅に隠し、別に隠さなくても良いと思うけど。

パンツスーツを着込んで、会社に向かう。

雨がしとしとと降り続き、湿気が余計な蒸し暑さを誘う。

会社に入ると、寒いくらいに冷房が効いていて、この温度差がちょっときつい。

「おはよう。」

 デスクに着くと、凰士が隣にいて、パソコンを開いている。

「おはよう。」

 ちょっとだけ凰士の顔を見るのが照れ臭い。昨夜の事は夢だったと思いたいが、現実からは逃げられないよね?

「大丈夫。」

「うん。ほとんどかすり傷だもん。」

「そうじゃなくて…。」

「あぁ、うん。大丈夫。」

「強がりばっかり。」

 凰士が苦笑を零しながら、私のおでこを人差し指で弾く。

生意気な行動ね。

「おはよう、ご両人。」

 酔っぱらったオヤジか?そう突っ込みたくなる挨拶をするのは、沙菜恵。

「おはよう。」

「昨日お姫様抱っこされていた白雪は、もしかして貧血にでもなったの?あれの日だったのかな?」

 貧血に見えたんだ。まぁ、ある意味、成功かな?

って、沙菜恵まで見ていたのか?って事は、噂は会社中だな。

「貧血っていうか、立ち眩みでふらふらしていたし、顔色も悪かったから、俺が無理矢理に。大切な白雪が倒れるのは嫌だから。」

「ほぅ。さすが、凰士くんね。朝から熱い事。」

 凰士の顔に視線を向けると、にっこりと笑みを覗かせる。

昨夜、考えたネタだな。

「もう平気そうね。顔色、普通だもん。」

「うん。」

 短く返事をして、視線を閉じた。

今日、美人は出勤しているんだろうか?

誰も、秘書課軍団はもちろん他の子も、凰士に声を掛けようともしないし、寄っても来ない。


 チャイムと同時に部長の念仏が始まる。

毎度毎度、同じことの繰り返し。いい加減、飽きないの?

「行こう、白雪。」

 他の新入社員は独り立ちしているのに、凰士はまだ私とコンビを組んでいる。

今は、教育係ではなく、相棒になっていた。

部長直々に凰士と私は一緒に行動するように命令を頂いていて、多分、社長の息子だから特別な配慮なのだろう。

でも、いいのか?甘やかしじゃないのか?

まぁ、私もラク出来ているから良いんだけど。

重い荷物とか車の運転とか、そういうモノから解放されているし。

それでも顧客の数がちゃっかり増やされているのは部長なりの抵抗だろう。

「あの白雪。」

 車を発進させると、凰士は真面目な顔して、前を見つめている。

「うん?」

 その視線が私に向けられると、思わず体中にヘンな力が入ってしまう。

「森美人と話を着ける事だけど。」

「うん。このままじゃ、どうにもならないでしょう。大人しくなるとは限らないし、しっかり話を着けないと気が済まないからね。」

「そう言うと思って、連絡しておいた。」

「えっ?」

「直接だと怪しまれると思って、メールに。呼び出しに応じるって返事が来たから。」

「いつの間に?って言うか、アドレス知っているの?」

「会社で貸与されているパソコンのアドレスだよ。簡単に探し出した。」

「探し出しったって?アンタ、何したの?」

「昨夜の中に秘書課のパソコンを調べて、ちょろちょろって。」

「ちょろちょろって…。」

 苦笑が毀れる。そんな技まで使えるのか?凰士ってヤツは。

「それで?」

「お昼休みに、屋上で。あそこなら誰も来ない。」

「って、鍵が掛かっていたよね?」

「うん、用意してきた。」

「もういいわ。深く追求しない。」

 さすが社長の御子息。何処で仕入れてきたのかは聞きたくないが、一般社員じゃ出来ない事を簡単にやってしまうのね。

「本当は俺だけで話を着けたいんだけど、引き下がってはくれな、そうだね。」

 睨み付けると、凰士は簡単に引き下がる。

さすが、私を研究し理解していると自負しているだけある。

「当たり前でしょう。本当は私一人で片付けたいくらいなんだから。」

「それは絶対にダメ。」

「そう言うとわかっているから、凰士同伴でも我慢しているのよ。それなのに、勝手に話を進めるってどうなの?」

「だから、こうして話しているだろう。」

 ムカつくくらい男らしい発言じゃない?

何?私って、男に守られないと生きられないような弱い女だった?

「怒った?」

「怒っていないけど、苛立っているだけ。」

「そんな白雪の顔も可愛い。」

「本当にバカ。」

 溜息交じりの言葉を吐き出す。脱力感で、どうでも良くなってきた。

「もう白雪を危険に晒さないから。邪魔だと言われても白雪から離れない。」

「凰士…。」

 ちょっとグラッて来る言葉を簡単に吐き出す男ねぇ、本当に。

「そのために今もこうして一緒にいるわけだし。本当は一緒に住んで、二十四時間監視したいくらいなんだからね。」

「冗談だと思ってもいいわよね?」

「ご自由に。俺は本気で望んでいるけど、許してくれそうにないから、冗談でもいいよ。」

 頭が痛くなってきた。

確かに、凰士に助けられたけど、何もここまで心配しなくてもと思ってしまう。

コイツ、絶対に自分の娘が出来たら、過保護で子供に煙たがれる親になるんだろうな。


お昼のチャイムと同時に事務所を出て、屋上に。

五階までエレベーターで、その後は階段を上がっていく。

誰とも会わずに屋上にたどり着いた。

鍵も掛かっていなく、ドアを開けると、美人が振り返った。

「お揃いなのね。」

 笑みを零すけど、よく見ると目の下に隈がある。

「昨日はどんなつもりであんな事をしたの?ちゃんと理由を説明してもらえる?」

「昨日も話したでしょう。私は凰士様と付き合いたいの。だから、貴女みたいな女がいると邪魔なの。貴女が素直に消えてくれればいいのに、出来ないみたいだから、私が手助けをしてあげようと行動に出たわけ。」

「あんな汚い手を使わないといけないなんて、よっぽど切羽詰っているんじゃない?アンタみたいに綺麗な女性が可哀想な事。」

「貴女に同情されたくないわ。」

 凰士がおろおろしている。だったら、着いてこなくてもよかったのよ。

「あぁ、そう。でも、もっと周りを見たら?あんな事をして、凰士がアンタを好きになると思う?嫌悪を抱かれて終わりよ。」

「…。」

 美人が視線を落とし、唇を噛み締める。赤いルージュが剥がれるわよ。

「ねぇ、森美人。何処かの令嬢か、お姫様なの?」

「なっ、何よ。それ。」

「あら?違うのね。プライドがお高いようだから、てっきり箱入りで持て囃されて過ごしてきたのかと、思ったわ。じゃあ、やっても良い事と悪い事があるのはわかっているわよね?それくらい、すぐに理解して、判断しなさいよ。大人になって何年経っていると思っているのよ?プライドが高いだけのバカじゃないでしょう。」

「姫野白雪?」

「今回は謝罪すれば許してあげるわ。いいえ、謝らなければ許さない。」

 美人は私の顔を睨み付け、無言のままだ。

「美人!」

「ごめんなさい。」

 消えそうな声で呟き、視線を落とした。

「もうこんな事しないわよね?いいえ、出来ないわね。昨夜は一睡も出来ずに、後悔していたんじゃないの?」

「…。」

「本当に好きなら実力で本人を動かしなさい。周りの人と関係なく、ね。」

「えぇ、そうね。」

「これで終わりね。」

「終わり。」

 私は美人に微笑みかけると、美人も安堵したように微笑み返す。

これで話は終わり。そう、謝罪が欲しかっただけなのよ。

「ねぇ、もしかして、私、解雇かしら?」

「いいえ。私がさせないわ。私、アンタみたいな綺麗で気の強い女って、割と好きなの。だから、鑑賞用にいて欲しいのよ。」

「本当に勝手でおかしな人ね。」

「まぁね。」

 美人が口元を歪め、苦笑。

「じゃあ、美人。またね。」

「えぇ、白雪。またね。」

 軽く手を振って、美人が屋上から出ていく。

「凰士、私達も行きましょう。さっさとお昼を食べないと、午後の仕事に間に合わないわ。」

「あっ、うん。」

 一部始終を見て聞いていたのに、凰士は訳がわからないという顔をしている。

それでも歩き出した私の後を追ってくる。

「白雪、あれでいいの?」

「いいのよ。美人もバカじゃないわ。もう二度と同じ事を繰り返さないわ。」

「そうか。白雪が納得したならいいよ。」

 凰士は微笑みを私にだけ向けてくれる。

「やけに簡単に引くじゃない?」

「まあね。森美人と友情関係を築ける白雪だから、今まで好きでいられるんだから。」

「別に友情なんてないわよ。」

 乾いた笑いを零しながら、私の髪に触れる凰士。

本当にわかったのかしら?

「さて、お昼にいましょう。今日は、角のパン屋さんでいいわよね。」

「賛成。じゃあ、早く行こう。美味しいのがなくなってしまうよ。」

「はい、はい。」

 腕を掴み、私を引っ張るように走り出す。まったく、凰士は振り回されてばかりね。

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