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「昨日は、ごめん。怒っている?」
翌日、凰士は朝一番に私にそう告げた。
子供の悪戯が見つかった時のような表情で。
私は怒っていない事を告げ、あくまで何も変わらない態度をとっている。
でも、仕事終業後の飲み会とかは断り続けて、一週間。
凰士と仕事以外で会うのに躊躇いがあった。
「お疲れ様。」
定時間より少し過ぎた時間、私は席を立った。
今日は、恋人の聡とのデート。
仕事の関係で時間が合わない事もあり、久しぶり。
「白雪、あの。」
凰士が立ち上がった私を見上げている。
「何?」
「その、夕食でもどうかな?」
「ごめんね。私、これからデートなんだ。」
「そうか。」
肩を落とし、力なく頷いている。
「また、後でね。」
しょんぼりする凰士の顔を見るのは、少しだけ胸が痛くて、私はさっさと会社を出た。
別に男として意識している訳じゃなくて、でも、なんとなく一緒にいるのが息苦しい。
外に出ると湿気を浮くんだ風が吹き、新緑が濃くなっている。
もうすぐ、五月か。
そんな事を思うと少しだけ気分が上昇する、これからデートだし、ね。
「TRRRR、TRRRR。」
バッグの中で携帯電話が着信を知らせ、私は急いで手に取る。
聡だと期待して。
「はい。」
「あっ、姫野?」
「聡。」
「今日、急な仕事が入っちゃって、時間がないんだ。だから、直接家に来てくれるか?」
「あっ、うん。わかった。じゃあ、今から行くから。」
聡は警備の仕事をしていて、時間が不規則。決まった休みも時間もないため、すれ違いが続いてしまう。
久しぶりのデートだから、少しお洒落なお店でゆっくり食事して、映画でも見て、聡の部屋にお泊り。
なんて、考えていたのが、ムダになってしまった。
「仕方がないわね。」
まさかと思うけど、また、浮気しているんじゃないでしょうね?
まさか、ね。
余分な考えは振り払い、聡の家に急ぐ、途中で缶ビールとおつまみを仕入れて。
「聡、来たよ。」
上下ジャージ姿の聡が、居間のテーブルの前で横になっている。
テレビには、いつものお笑い番組。
この時間、放送していないヤツだ。録画、か。
たまにはニュースくらい見ようよ。
「おう。」
「ビールとおつまみ持参だよ。」
「おう、ご苦労。」
面倒臭そうに起き上がり、袋を奪うと、そのまま冷蔵庫に直行。
えっ?一緒に飲むんじゃないの?
あっ、そっか。仕事だっけ?
「七時からなんだ。だから、時間がない。」
そう言って、行き成り私の身体に抱き着いてくる。
おい、そうクルか?
「姫野。」
甘い余韻に浸る事なく、コトが終わるとさっさとベッドから抜け出す聡。
獣みたいなヤツだ、相変わらず。
「うん?」
私も仕方がなしにベッドから抜け出し、着替え始める。
シャワーを浴びる時間の余裕もくれないらしい。
「もし、プレゼントを貰うとしたら、何が嬉しい?」
「えっ?」
もしかして、大分先だけど私の誕生日のプレゼントの事?
「聡が一人で選びに行くの?」
「あぁ。」
聡一人なら、装飾品じゃない方がいいかも。
あっ、薔薇の花束とか、ちょっと気障だけど、素敵かも。
「花束とかどう?」
「花束、かぁ。」
「抱えきれないほど大きな花束とか素敵。」
「なるほど、わかった。」
ご機嫌な私を尻目に首を捻っている。
何かおかしな事を言っただろうか?
「じゃあ、そろそろ行かないといけないんだ。気を付けて、帰れよ。」
「聡もお仕事頑張ってね。」
追い出されるように部屋を出たのが、六時三十分。
でも、仕事なら仕方ないよね?
それに誕生日を覚えていてくれたみたいだし、まぁ、許そう。
「ただいまぁ。」
家の玄関のドアを開けると、大きな男物の靴が揃えておいてある。
お客様かな?
「おかえりぃ。」
奥から普段と変わらない緊張感の欠片もない声が返ってくる。
「おかえり、白雪。」
珍しく出迎えかと思ったら、お母さんでもお父さんでも吹雪でもなく、凰士。
「何で、ここにいるの?」
「吹雪の所に遊びに来た。」
「で、そのアンタがどうして、私の出迎えに来るわけ?」
「だって、白雪が帰ってきてくれたのが早いから嬉しくて、一刻も早く顔を見たかった。」
「あぁ、そう。」
新妻か。
そう突っ込みたくないのは、私だけなのだろうか?
「早かったね。」
「適当に何か食べて良い?」
「どうぞ。」
冷蔵庫を見ると、夕食の余り物の姿はない。
次に戸棚を開けると、カップラーメンの姿。
「これでいいや。」
お湯を沸かしている間、ぼんやりリビングを見ていると、両親と吹雪、凰士の四人の会話が楽しそうに盛り上がっている。
私だけ除け者みたい。
「ピー。」
お湯が沸いた音が聞こえ、カップに注ぐ。
「三分と。」
ダイニングに座り、時計を見上げる。
リビングのしゃべり声に交じって、秒針の動く音。
何か孤独感。もう少しだけでも私の事を気にしてくれてもいいんじゃない?
可愛い一人娘が帰ってきたのに、カップラーメンだけってどうなのよ?
「何、時化た顔して、もしかして、振られた?」
吹雪がにやけた顔をぶら下げて、ダイニングに入ってくる。
「振られてないわよ。急に仕事が入ったんですって。それだけよ。」
「そう。」
「アンタこそ、どうなのよ。」
「あぁ、別れた。でも、新しい彼女が出来たからご心配なく。」
「心配なんて、少しもしてないわ。まぁ、変わり身が早い事だと感心しているだけよ。」
「それはどうも。」
可愛げのない弟だ。
「吹雪?」
凰士が吹雪の後を追い、顔を覗かせる。
「見てやって、凰士。この白雪の淋しい食事を。彼氏にデートをキャンセルされて、カップラーメンを啜っている哀れな二十代中盤の姿。こうはなりたくないね。」
「煩いわね、放っておいて。」
「はい、はい。」
吹雪が肩を竦め、リビングに戻っていく。
凰士はそのままそこで突っ立っていた。
「何?」
「ここに座ってもいい?」
「どうぞ、ご自由に。」
音を立て、麺を啜り上げる。
遠慮がちに前の席に座った凰士の視線が少しだけ気になるけど、こっちはお腹が空いているのよ。
「吹雪が言っていたのは、本当?」
「何が?」
「キャンセルになったって。」
「あぁ、キャンセルっていうか、早めに切り上げられたというか、そんな感じ。」
「何か遭ったの?」
「仕事が入ったんですって。」
「そう、なんだ。」
視線を落とし、何かを噛み殺している顔。
「言いたい事があるなら、はっきり言ったら?別にいいわよ。」
「その相手ってどんな人?」
「そうねぇ。がっちりした体型のヤツかな。」
「もう長いの?」
「三か月位。」
「好き、なの?」
「じゃなくちゃ、付き合わないでしょう。」
「そっか。」
元気なく頷き、真っ黒な瞳を伏せる。
あぁ、居心地が悪い。
「御馳走様。」
残ったスープを流し、箸を簡単に洗う。
「ねぇ、白雪。」
「うん?」
「吹雪と三人でデザートでも食べに行かない?美味しいケーキ屋さんがあるんだ。」
「別に私に予定はないわよ。」
「じゃあ、決まり。」
嬉しそうに笑い、立ち上がる。
スキップでもしそうな軽い足取りでリビングに向かった。
「ふぅ。」
そんなに私が良いのかな?
何処がそんなに気に入っているんだろう?
凰士くらいの男なら、可愛くて綺麗でお淑やかで素敵な、もっと相応しい相手を見出せるだろうに。
「吹雪もいいって。行こう。」
語尾にハートマークが浮いているような声。
「はい、はい。」
あぁ、こんな事ならカップラーメンなんて食べなければよかった。
もっと早く行って欲しいものよね。
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