14
夏が目の前に迫っている。日差しは痛いくらいに眩しくて、湿気と温度が急上昇。
あぁ、二日酔いは良くなったし、聡の事も浮上した。
でも、何故だろう。私は凰士の事が気になり出してしまった。凰士のさり気ない優しさが、やけに胸に残る。明らかにおかしい。おかし過ぎる。私、どうにかなってしまったんだろうか?有り得ないだろう。
「白雪。」
午後三時のコーヒータイム。カップのコーヒーを手渡される。
「ありがとう。」
今までと変わらずに隣に座る凰士。
それなのに、今日はちょっとドキドキしてしまう。私、疲れているのかな?それとも心臓病?
「今日、吹雪と遊ぶんだ。もしよければ、白雪もいっしょにどうかな?」
「嫌よ。どうして、弟と遊ばなくちゃいけないわけ?」
「せっかくご飯を奢ってあげようと思ったのに。白雪だけに。」
「それは魅力的なお誘いだけど、今日はダメなんだ。沙菜恵と美人と三人で食事に行く約束しているの。」
「えぇ、大丈夫なのかな?」
「美人なら平気よ。」
「でも、心配だな。吹雪との約束を断って、着いていっちゃおうかな。」
「冗談でしょう。」
「半分以上本気。」
真っ直ぐに私を見つめる瞳。
あぁ、凄く落ち着かない。私、やっぱり疲れているのかも。
「そうしたら、吹雪に言いつけるわよ。凰士は友情を大切にしない薄情な男だって。」
「酷いなぁ。」
軽口をたたけるのに、凰士の瞳を見る事が上手く出来ない。これじゃ、完全に恋する乙女じゃない。私のキャラじゃないのに。
「こっちは女同士。そっちは男同士。いいんじゃない?積もる話もあるでしょう。」
「別にない。」
「あぁ、本当に薄情。」
「だって、いつもメールや電話で話しているし、一か月に二回位は会っているから、さ。」
「そうですか。お熱い事で。」
「ダメだよ。ヘンな男の誘いに乗っちゃ。」
「子供じゃないの。そのヘンの分別くらいつくわよ。それに女だけの内緒話なのよ。」
「はい、はい。わかりました。じゃあ、終わったら電話くれる?」
「はい、はい。わかりました。」
二人同時に吹き出し、一頻り笑った。
やっぱり凰士といると楽しい。
定時間になると、美人と沙菜恵、三人で連れ立って、会社を出た。
凰士は名残惜しそうに、私の背中を見送り、吹雪との待ち合わせ場所に向かっていった。
「ねぇ、白雪。」
イタリアンレストランに入ると、同じような事を考えている女性が多いらしく、賑やかな声でおしゃべるが繰り広げられている。席に着いた私達も注文を決める僅かな時間だけで、周りと同化してしまった。
「何?」
注文を済ませ、水で喉を湿らせ、出陣準備は完了。
「凰士くんと付き合ってないって、本当?」
「だから、そうだと言っているでしょう。あんなに仲良くふざけあったり、甘い空気を作り出したりしているのに、白雪には他に恋人がいるのよ。ねぇ。」
「あっ、終わったの。」
何でもない事のように言い切れてしまう自分にちょっとびっくり。
「えぇ、いつ?」
「昨夜。他に同棲している彼女がいるんだって。」
「えぇ、最低。」
沙菜恵と美人が同時に顔を歪め、怒りを含んだ瞳の色を見せる。
「本当に最低な男。別れて正解よ。」
「そうよ、そうよ。」
女同士もいいかも。凰士と違う癒され方だけど、それも心地良い。
「お待たせしました。」
話題を変えるチャンスが訪れる。店員が料理を持ってきた。
「私はそれよりも美人の恋愛の方が気になるわね。付き合っている人とかいるんでしょう?どんな人なの?」
「もちろん、いるわよ。もう二年位付き合っているかな。最近仕事を理由にあまり遊んでもらってないけどね。」
「で、どんな人?」
やっぱり彼氏がいるんじゃない。じゃあ、乗り換えで凰士にモーションを掛けていたのね。今更ながら、凄い女だ。
「美容師よ。最近、カリスマとか言われて、時々テレビや雑誌に出ているわね。」
「って事は良い男なのね。えぇ、何処で知り合ったの?いいなぁ。」
沙菜恵が夢見る乙女の瞳になっている。
「私が通っている美容室のチーフをしているのよ。それで意気投合しちゃって、付き合うようになったの。で、私に答えさせるばかりの沙菜恵はどうなの?」
「えぇ、私?」
「つい最近、同棲を始めた彼氏がいるのよね。もう毎日ラブラブなんでしょう?」
沙菜恵の代わりに答えてあげる私。いいなぁ、私も彼氏が欲しい。まともなのが…。
「そうでもないよ。生活に流されちゃっている感じ。甘い同棲なんて夢のまた夢。」
「格好良いの?」
「それが全然。でも、優しくて誠実な人。ちょっと刺激がなくて、つまらないところもあるけど、そこは我慢よ。結婚したら、子煩悩になってくれそうな人よ。」
「それはそれで素敵じゃない。」
惚気の交じった会話を聞きながら、私は一人、パスタを食べ続けている。
「で、白雪。」
急に話を振られ、パスタが喉に詰まりそうになる。危機一髪のところで飲み下し、大きく息を吐いた。
「何?」
「凰士くんと付き合っちゃいなさいよ。彼ほど良い男って、なかなかいないわよ。」
「どうして、そういう話になるわけ?」
「だってねぇ。沙菜恵もそう思うでしょう。」
「はきり言って、白雪も凰士くんの事、好きでしょう。両想いってわかっているのに、いつまでも進展がないって、じれったいのよね。見ているこっちが。」
誰がいつ、凰士を好きだと言いましたか?随分好き勝手な事を言ってくれるわね。
「凰士くんの事、好きなんでしょう?」
美人と沙菜恵が二人同時にテーブルに身を乗り出し、真っ直ぐな視線を向けてくる。
やっぱり吹雪と凰士の方に行けばよかったかな?でも、吹雪が一緒じゃ同じか。
「私、凰士より三歳も年上なのよ。」
「そんなの関係ないじゃない。社会人同士なら、三歳くらい歳の差にならない。」
「それに、家、お金持ちでもないし、本当に普通の家庭よ。」
「家柄なんて関係ないわよ。凰士くんがあれだけ惚れ込んでいるんだもん。」
「私、綺麗じゃないし、可愛いわけでもない。」
「それも全く関係ない。そういうところもひっくるめて、凰士くんは白雪に惚れているんだもん。それに、凰士くん、言い切ったじゃない。モデルや女優より綺麗だって。」
「そうそう。あばたもえくぼよ。」
もしかして、それって、やっぱり、私の事を綺麗じゃないと認めている発言よね?あぁ、友情なんてこんなモンよね。別にいいわよ、どうせ、かぐやですから。
「あれ?豚に真珠だっけ?」
「違うわよ、弘法も筆の誤りじゃない?それとも河童の川流れだっけ?」
あぁ、疲れた。帰りに、吹雪に迎えに来させようかしら?どうせ、凰士の部屋でしょう。
「まぁ、それは良いとして。」
良くないでしょう。もう少し、日本語を勉強した方がいいんじゃないか?一応、社会人。恥ずかしくないか?
「凰士くんの事、好きなんでしょう?」
急に真顔に戻り、私を見つめる二人。
こんなの反則でしょう。二対一じゃ勝ち目ない。
「好き、かも、しれない。」
あぁ、らしくない。わかっているけど、声が掠れてしまう。
「じゃあ、告白しなさいよ。」
「告白ぅ?」
「当たり前でしょう。凰士くんの気持ちはわかっているんだし、後は白雪が愛の告白をすれば、オーケー。失恋確率0%。これ以上なく安全な告白。
安全な告白なんて、凄い言葉、初めて聞いたわ。
「何を言えばいいのよ?」
「簡単じゃない。『好きだから、付き合って。』とか、『私の白馬のおうじ様になって。』とか。」
「前者は在り来たり過ぎてつまんないよ。後者は駄洒落とか混ざっていて、グッドよ。これでいきましょう。」
「何が、これでいきましょうよ?」
「じゃあ、自分の言葉でちゃんと伝えなさい。もういい加減、凰士くんを振り回すのも可哀想でしょう。それに、他の女に取られてから、悔やんでも仕方がないのよ。」
「そうね。凰士くん、もてるからねぇ。」
絶対、この二人、楽しんでいるな。
「じゃあ、凰士くんの誕生日パーティーの時なんて、どうかしら?最高の誕生日プレゼントになるよ。決まりね。白雪、頑張れ。」
「えぇ、何、誕生日パーティーって?私、呼ばれてないよ。見れないの?白雪が凰士くんに告白するところ。つまんなぁい。」
何がつまんないよ。つまらなくてよろしい。って言うか、覗き見るつもりなのか?
「じゃあ、私が頼んであげる。こんな面白いモノを見られないなんて、美人が可哀想だもん。大丈夫、白雪にも口添えさせるから。」
「お願い。」
誰が口添えなんてするもんか。沙菜恵も覗き見満々だから、来なくてもよろしい。
はっ、私、その日に告白するの決定?
「じゃあ、白雪、楽しませてね。」
「期待しているからね。」
本当にこの二人は私の友達なのだろうか?本気で疑いたくなる私は、性格が悪いのだろうか?