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「あぁ、失恋かな?」

 自然に口から零れた声。

苛立ちから哀しみとも淋しさともわからない、沈んだ気持ちに支配される。

「飲もう、飲まないとやってられないわ。」

 明るさの欠片もない声を無理矢理元気良く吐き出し、視線を挙げた。

こんな私だから、可愛げがないと言われちゃうのかな?

まぁ、いいわ。聡なんかもう忘れるんだ。

そうだ。ここから凰士の部屋は目と鼻の先。押しかけちゃおう。アルコールとおつまみを買って、行っちゃおう。でも、いるかな?電話してみよう。

「あっ、白雪。」

 三コール目で繋がる電話。

「おう、凰士。今、何処?」

「自分の部屋だけど。」

「じゃあ、今から行くから。グラスと小皿を用意しておいて。」

「えっ?」

「じゃあ、よろしくねぇ。」

 さっさと電話を切って、コンビニに寄る。ウイスキーと烏龍茶、氷、数種類のおつまみを買い込んで、凰士の部屋へゴー。チャイムを鳴らすとすぐに中に通される。

「おう、お待たせ。」

 両手に提げた袋を見せながら、笑みを作り出す。

「飲もう。付き合ってよ。」

「それは構わないけど、明日も仕事だよ。」

「わかっているわよ。だから、二日酔いの薬も用意してあるから。」

「そういう問題じゃないと思うけど。」

「嫌なら帰るからいいよ。」

「嫌じゃないよ。どうぞ、奥に。」

「はぁい、お邪魔します。」

 さっさとリビングに入ると、テーブルの上には小難しそうな本とパソコン。

「あれ?仕事してた?」

「違うよ。繊維やデザインとか会社の事、何も知らないから、少しずつ勉強しなくちゃと思って。」

「偉い、凰士。」

 凰士の肩をポンポンと叩きながら、陽気に笑って見せる。本当は頭をなでなでしたいけど届かない。

両手に袋を提げた凰士は嬉しそうに微笑む。

「何か遭った?」

 キッチンに向かい、氷やおつまみを用意している凰士は背中越しに訊ねてくる。

「何もなかったら、凰士の部屋に来ちゃダメ?ただ飲みたくなっただけよ。」

 言いながら、少しだけ瞼が熱くなる。

どうして、凰士の声って、涙腺を弱くさせるんだろう。嫌だな、人選間違ったかな?

「相変わらず嘘が下手だね。」

 苦笑を零しながら、両手におつまみをも持って、こちらに歩いてくる。

「何よ、嘘って。」

「って言うか、強がらなくてもいいんじゃない?俺で良ければ話を聞くよ。」

「強がってばかりで可愛くないって言いたいの?どうせ、女らしくないわよ。」

 引っ手繰るようにグラスを奪い、ウイスキーを注ぐ。ストレートのまま、口に運んだ。喉が焼けるように熱くなり、ちょっとだけ痛い。

「白雪は誰よりも可愛いし、女らしいよ。それは俺が保証してあげる。誰かにそんな風に言われたの?見る目のないヤツだから、気にしなくてもいいよ。」

 そう笑いながらさらっと言い切って、私の手からグラスを奪い取る。薄い烏龍茶割を作り、私の手元に置いてくれる。

ズルイよね?こういう優しさ。だから、私、凰士の元に来ちゃったのかな?他の誰でもなく、一番に思い浮かぶのかもしれない。

「振られちゃったんだ、私。」

 凰士がくれた烏龍茶割の入ったグラスを揺らしながら、言葉が小さく零れた。

「えっ?」

「恋人だと思っていた男に『俺達、付き合ってないよな』って言われちゃった。そんな風に言うのって、別れ話よりキツイ。」

「白雪…。」

「可愛げがなくて、女らしくない私と付き合うなんて、有り得ないとまで言われちゃった。それこそ本当に有り得ないでしょう。」

 グラスを口元に運び、少しだけ含む。

でも、訳のわからない気持ちが胸の奥でもやもやしていて、苦しい。

だから、ウイスキーで流してしまいたい。一気に飲み干し、注ぎ足そうとボトルに手を伸ばす。凰士が無言のまま、私の手を握り締めた。

「凰士?」

「作ってあげるよ。」

 苦しそうな笑みを零し、ボトルを手に取った。ほとんど烏龍茶のウイスキーが手元に届く。

「これじゃ、烏龍茶のウイスキー割じゃない。私はウイスキーが飲みたいの。」

「ダメだよ。白雪、あんまり強くないんだもん。解放するのは俺なんだからね。」

「別に頼んでない。それに潰れないもん。いいじゃない、今日くらい。」

「ダメ。もう真っ赤な顔しているから。」

「バカ凰士。」

「はい、はい。」

 小さな子供の駄々を宥める口調。普段なら苛立つのに、今日は安心する。

「白雪は、男を見る目がないね。」

「え?」

「女を見る目はあるのに、どうして、男はダメなんだろう。」

「な、何よ。それ。」

「だって、白雪の好さをわかろうとしないヤツばっかりだろう。本当に理解出来ていたら、俺みたいにずっと傍にいたいと願うものだろう。だから。」

「じゃ、じゃあ、凰士は見る目があるの?」

「もちろん。」

 満面の笑み。この自信、何処から湧いてくるんだろう?

「私なんて、気が強くて女らしくないじゃない。」

「強く生きようとしているだけだろう。女らしくないなんて事は絶対にないし。」

「バ、バカじゃないの?」

「照れている白雪、凄く可愛い。」

 語尾にハートマークがチラつく口調。

「凰士って、ズルいよね。」

「何が?」

「だって、私が知らない間に変わっちゃったんだもん。それって、凄くズルくない?」

「変わっちゃったって?」

 グラスの中でカラカラと高い音を立てる氷に視線を落とす。

ちょっとだけ恥ずかしいけど、言わないと気が済まない。

「肩幅とか広くなって、身体全体が逞しくなって、声変わりとかしちゃって、もう立派な大人の男性になっちゃっている。小さなころは頼りなくて、優しいだけの男の子だったのに。優しいのは変わらないのに、しっかりして、頼り甲斐があるなんて思わせたりして…。とにかく、そういうのって、ズルい。」

「白雪?」

 嬉しそうというより戸惑っている表情。それが、ますます恥ずかしい。きっと耳まで赤くなっているかも。

「時々、知らない人みたいに感じる。」

「バカなのは、白雪だろう。」

 少し照れた顔で笑って、逞しくなった腕を伸ばしてくる。抱き締められるってわかっているのに、このままその腕に包まれるのも良いかなって思うのは、酔っている証拠かも。

「俺は白雪の知っている俺だよ。」

「本当に凰士はズルいよ。私を置いて勝手に変わってしまうんだもん。」

 凰士の胸の中は温かくて優しくて、ほっとする。私、ここ、好きかもしれない。

「ずっと傍にいるよ。」

 甘い台詞にも酔っているかも。

そっと凰士の背中に手を回した。胸の鼓動を聞きながら、瞳を閉じる。あぁ、気持ち良い。


「うぅん?」

 頭が痛い。うぅ、もしかして、二日酔い?もう一度、寝ちゃおうかな?でも、遅刻しちゃう?今、何時何だろう?

ベッドから腕を伸ばし、目覚まし時計を漁る。

「あれ?あれ?」

 いつもの場所にない。もしかして、私、煩くて、放り投げちゃった?って事は遅刻?

「痛ぁ。」

 勢いよく起き過ぎた。頭がずきずきする。

「あっ、起きた?」

「へ?」

 目ざまし時計と関係ない声。吹雪やお父さんじゃないよね?ちょ、ちょっと待って。もしかして凰士?

「えぇぇぇ。」

 その通り。凰士がこちらに歩いて来る。

嘘だぁ。私、もしかして、凰士と?ベッドの中を覗き込むと服を着ている。

「ふわぁ。」

 一気に力が抜け、間抜けな声と共に溜息が零れ落ちる。あぁ、頭痛が蘇ってきた。

「ほら、二日酔いの薬。」

「ありがとう。」

 素直に受け取り、くぃっと一気飲み。

「うげぇ。」

 眉間に皺を寄せ、もがき苦しむ。すぐに右手にコップが渡され、これまた一気に飲み干す。それでも不味さは口に残る。

「そんなに不味いなら、この薬を買ってこなければいいだろう。」

「不味いけど効くのよ。」

「あぁ、そうかい。」

 呆れた顔でベッドに腰掛ける凰士。普通に話してるけど、これでいいのかな?

「じゃあ、続きしようか?」

 私の顔を覗き込み、不敵に微笑んだ。

えぇ、続きって何よ?私、何をしていたの?

「白雪、面白い。冗談だよ、冗談。」

 お腹を抱え、笑う凰士。

ムカつくぅ。私をからかって楽しんでいるのね。

「まぁ、冗談はいいとして、覚えてる?」

「凰士の部屋に来て、烏龍茶のウイスキー割を飲んでいたのは覚えているわよ。それで、私、いつ寝ちゃったんだっけ?」

「ほんの三十分前です。せっかく良い雰囲気で抱き締めあったのに、次の瞬間には鼾をかいているんだもんな。参っちゃうよ。」

「えっ、あっ、ごめん。」

 謝るのもどうかと思うけど、つい口から出てしまったのよね。

「いいよ。白雪の寝顔を見られたから。」

「えぇ、見たの?悪趣味。」

「見なければ、ここまで運べないだろう。鼻提灯、出てたよ。」

「えっ、嘘。」

「嘘。」

 くそぉ、凰士に振り回されているぞ。ダメだ、主導権を取り戻さないと。

「もう飲まないだろう。送っていくよ。」

「でも、凰士。飲酒運転。」

「俺、飲んでない。」

「えぇ?」

「どうせ、白雪を送っていくようだと思ったから、烏龍茶を飲んでいた。」

「そうなんだ、ごめん。」

「いいって。気にしなくて。」

 本当に凰士はズルい。いつからこういう気の回し方を覚えたんだろう?

「お姫様抱っこして、車に乗せてやろうか?」

「結構ですっ。自分で歩けます。」

「それなら、良かった。」

 手を貸してくれ、ベッドから抜け出す。

「ありがとう、凰士。」

 消えそうな声で呟き、そっと凰士の手を握り締めた。

本日、二話目の投稿です。

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