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 翌日、少しだけドキドキしながら、会社に向かった。

結局、あの後、あまり眠れなかった。

吹雪があんなおかしな事をいうから。

でも、私、少しだけ凰士の事、一人の男として見ていたかもしれない。

それが直接恋愛に結び付くかはわからないけど、凰士と一緒にいる時間が心地よい。

これからもこうやって、傍にいたい。

「おはよう、白雪。」

「うぎゃあぁ。」

 背後から急に声を掛けられ、間抜けとしか言いようがない声を出してしまった。

怪獣の鳴き声に聞こえたかもしれない。

「あっ、おはよう。」

 バクバク言っている心臓を抱えたまま、やっと笑みを作り出した。

「どうした?」

 どうしたぁ?よくそんな事が言えるわね。

アンタがあんなキスするから、私は悩んでいるんでしょう。このバカ。

「急に声を掛けられたからびっくりしただけよ。」

 でも、今までと変わらない態度で接してくれるのは、少し助かる。

そうね、凰士はいつもそうだった。私を追い込むような事はしないし、さりげなく優しくしてくれる。

「考え事?俺の事なら嬉しいな。」

「早く行くわよ。」

「はぁい。」

 横を歩き出す凰士の顔を盗み見る。

昨夜、あの唇が…。そっと自分の唇に触れている自分がいる。あぁ、本当に私、バカだ。

「おはよう。」

「おはよう。」

 営業の事務所に入ると、小声で何かを話している人が多数。横を通ると一時停止。

私、何か仕出かした?

「ご両人、一緒に出社ですか?」

「違うわよ。そこでたまたま会っただけ。」

「てっきり、あのまま、お泊りかと思いましたよ。凰士くんの部屋にお持ち帰り。」

「何よ、それ。」

「あら、自分達の世界に浸っていて、周りの目に気付けなかったわけね。それは、そうよね。駅前の喧騒の中、あんなに熱いキスシーン。ドラマの撮影かと思ったわ。」

「へ?」

 目を見開き、凰士の顔を見上げた。

リアルに思い出すぬくもり。ヤバイ、耳まで赤いかも。いや、絶対に赤い。

「やっぱり気付いてなかったのね。私、丁度通り掛かったのよ。友達が気付いて振り向いたら、ドラマのワンシーン。よくよく見れば、白雪と凰士くんじゃない。もう、熱いのはわかるけど、場所を考えて欲しいわね。」

 あぁ、クラクラしてきた。そうね、考えてみれば、凰士の部屋は駅前。

「ははは。」

 凰士が耳まで赤く染め、本気で照れているようだ。渇いた笑いで誤魔化そうとしているみたいだけど。

「あぁ、もう噂になっているわよ。営業部の男共が合コンを終えて、駅でバラけるところだったみたい。しっかり目撃されて、朝にはこの状態よ。」

 じゃあ、あのぎこちない一時停止は、この事を話していたのね。もう何の言い訳も通じないみたい。

「私、ちょっと外の風に当たってくるわ。頭冷やしてくる。」

「始業のチャイム前に戻るのよ。」

「はい、はい。」

 一人でふらふらと外に出て、中庭のベンチに腰掛ける。

「やってくれたわね、白雪。」

 すぐ横から声が降ってきて、振り返ると森美人。

「あっ、美人。」

「噂になっているわよ。」

「知っているわ。」

「ちなみに私も目撃者の一人よ。」

「あぁ、そうですか。」

 脱力し過ぎて、話すのもつらい。

「まぁ、ここまで公認の仲になれば、簡単に邪魔者は入れないわね。もし、凰士様と付き合い出せたとしても奪略者の汚名を被って、イメージダウンですからね。」

「誰の事を言っているの?」

「もちろん、私じゃないわよ。私は他で良い男を見出す事に決めたの。白雪みたいに怖いのが相手じゃ、こっちの身が持たないわ。」

「私は美人の方が怖かったわよ。あの時なんて、目がイっちゃっていたもん。」

「もう、忘れてよ。」

 美人が苦笑を零し、私に缶コーヒーを差し出した。

「ありがとう。」

「隣に座ってもいいかしら?」

「どうぞ。」

 美人が隣に座り、プルタブを開ける。

「私からの助言よ。下田歌子には気を付けて。私の数倍も怖い子よ。顔は可愛くて、普段はネコを被っているけど、その下は恐ろしいのよ。秘書課の陰のドン。皆、私が親分みたいに思っているみたいだけど、陰で操っているのは、あの子よ。まぁ、私はもう用無しになって、孤立状態よ。」

「有り難く受け取っておくわ。でも、どうして、私にそんな事を?」

「友達、だからよ。」

「そう、そうね。」

 大きく頷いた私に笑みを覗かせる美人。

「それに今度営業に移動になったの。歌子の裏工作で秘書課から追い出されるのよ。」

「よかったんじゃない?そんな怖い女から解放されて。営業なら私って強い見方がいるじゃない。」

「そうね。モノは考えようね。」

 苦笑を浮かべ、小さく頷く美人。

「さて、そろそろ仕事に行きましょう。始業のチャイムが鳴るわ。」

「そうね。アドバイス、ありがとうね。」

「いいえ。営業になったら、よろしくね。」

「こちらこそ。ビシビシしごいてあげるわ。」

「お手柔らかに。」

 美人と別れ、営業の事務所に戻る。

突き刺さるような視線に交じって、色目が向けられる。

あぁ、どうなの?これって。完全に凰士と私が付き合っていると誤解されているよね?

駅前であんな恥ずかしいシーンをやらかして、付き合っていませんなんて言えないよね?

まぁ、いいわ。噂したいヤツにはさせておくし、好きに思わせれば。わざわざ、事実を話す必要もない。

「あの、白雪。」

 自分の席に座ると、凰士が申し訳なさそうに、私に視線を向ける。

「噂になっている事に謝るつもりなら、別に気にしなくてもいいわよ。言いたいヤツには好きに言わせればいい。そうでしょう?」

「白雪…。」

「他の謝罪なら受けるけど?」

「他に謝る事はないよ。」

「そう。」

 って事は、私は真剣に凰士の事を一人の男として、考えなくちゃいけない立場に追いやられたのね。

「でも、急がないよ。白雪の素直な言葉を聞けるまで待つつもりだから。」

「そうして欲しいわね。」

 チャイムが鳴り、私達は朝の念仏を聞くために集合した。

「じゃあ、行ってきます。」

 営業先を回ろうと凰士と二人、廊下を歩いていると、焦げそうなほど熱い睨み付ける視線。

前から下田歌子様、登場だ。

「少しいいかしら?」

「それって、凰士に?それとも私に?」

「両方。」

「これから営業に出るの。忙しいのよ。」

「そんなに時間を取らせないわ。」

 凰士を見上げると頷くので、仕方なしに歌子の後ろを着いていく。辿り着いたのは、秘書課がある五階の喫煙所。廊下の隅にあって、あまり使用されていない様子。

「本当に嫌な人達ね。」

「アンタに言われたくないわよ。」

「でしょうね。私が貴方達の邪魔をしてあげようと思ったのに、逆にそれを出来ない状態にしてくれるなんて、余程の策士なのね。」

「違うわ。それは偶然。」

 私は凰士を見上げ、軽く睨んだ。凰士は肩を竦め、苦笑するのみ。

「こんなブスの何処がいいのかしら?私の方が余程綺麗よ。」

「ルックスは綺麗でも性格は最低ね。」

「あら、ルックスが綺麗だと認めるのね。じゃあ、アンタなんか凰士様に似合わないの。さっさと別れてくれない?」

「別れる前に付き合っていないわ。」

「そう。じゃあ、私が凰士様をモノにしても誰も文句を言わないわけね。」

 さっき凰士を睨んだのとは違う、本気の睨みを、別名メンチを歌子に向ける。

本当にルックスとのギャップに呆れるわ。あぁ、これがギャップ萌?

「凰士はモノじゃないの。選ぶ権利は凰士にあるのよ。まぁ、絶対に凰士はアンタみたいな性格の歪んだ人は選ばないわ。それは私が保証してあげる。」

「それはどうも。私も昨夜の事で興醒めよ。私の誘惑に乗らない男なんて初めて。もしかして、ブス専なんじゃないかと思ったわ。どんな男だって、私の魅力にイチコロなのに。」

「よっぽど尻軽な男としか付き合っていないみたいね。一途にアンタだけを想ってくれた男なんていたのかしら?弄ばれただけじゃないの?」

 顔色の変わらない女。何を考えているのか、全く掴めないわ。

「本当にこんなブスの何処がいいのかしら?趣味が悪いにも程があるわよ。」

「それはどうも。凰士はルックスだけで女を選ぶような愚かなヤツじゃないの。アンタみたいに、ルックスと背後にある財力で相手を選ぶような女と一緒にしないで欲しいわね。」

「それだけあれば充分じゃない。愛があっても食べていけないのよ。本当に愛し合った人でも最後には裏切られて捨てられるの。そういうモノなのよ。だから、最初から必要としない。」

 一瞬だけ歌子が顔を歪める。

あぁ、この子、前に男に裏切られて、その痛手を引き摺っているのかもしれない。でも、情けなんてかけるつもりないから。

「そう。じゃあ、これからもそうやって、肩肘張って生きていけば?それであんたが幸せを見つけられる自信があるなら、誰も止めないわ。でも、これ以上、凰士に纏わり付かないで。凰士はそんな女を相手するほど暇じゃないの。意味、わかるでしょう?」

「もちろん、そのつもりよ。見る目のない男なんてまっぴら。ただ、私がマジに切羽詰った状態であんな事をしたなんて思われるのが癪なだけよ。」

「そう。安心して。最初からそんな事考えないから。それと、アンタが凰士に色仕掛けで迫って失敗した事は、黙っておいてあげるわ。そんな汚らわしい噂が立ったら、凰士が可哀想だから。で、話はそれだけよね?」

「えぇ、どうぞ。ご自由に。」

 投げ遣りな言葉を聞きながら、凰士を見上げた。

「行くわよ、凰士。」

「う、うん。ごめんね。」

 私の後を追いながらも歌子に謝っている。

何で謝る必要があるわけ?悪いのは歌子でしょう。凰士は何も悪くないはず。

「やっぱり白雪は格好良いね。」

「何を言っているのよ。」

「きっと彼女も今までと違う道を選ぶようになると思うよ。」

「何よ、それ。」

 呆れて苦笑を零すと、凰士が満面の笑み。

「どうして、彼女に謝ったの?」

「うん、秘密。」

 憎たらしいほどの微笑みが私の瞳に映る。

「あぁ、そう。ほら、さっさと行くわよ。出遅れた分を取り戻さないと休憩時間にまで響くわ。」

「はぁい。」

 凰士と並んで歩き出す。それが少し照れ臭くて、心地良い。

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