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本日、二話目です。


「ただいま。」

 本当に不思議だ。帰巣本能があるのだろうか?ちゃんと家に辿り着いた。

「おかえりぃ。」

 間延びした声が奥から聞こえる。いつもと変わらない。

なのに、私だけが何か違う。

「白雪、どうした?」

 自分の部屋に戻ろうと階段を上がっていると、背後から吹雪の声。

「あっ、吹雪、ただいま。」

「うん、おかえり。」

 足が重くて、一歩一歩踏み締めながらしか前に進めない。

「白雪、ヘンだよ。どうしたんだ?」

「別に、ヘンじゃないよ。いつも通り。」

「明らかにいつもよりヘンだよ。」

「そうかな?」

「ヘンだ。いつもなら、いつもよりヘンなんて言ったら、鬼神のごとく怒るのに、肯定するなんて、おかし過ぎる。」

「そう?」

「凰士と何かあった?」

 私の動きが一時停止する。何をそんなに動揺する必要がある?

「吹雪、白雪がどうかしたの?」

 リビングからお母さんの声。

「何でもないよ。」

 吹雪が返事をして、私の背中を押す。そして、吹雪の部屋に無理矢理押し込み、ドアを閉めた。

「で、凰士と何があった?」

 ベッドに腰掛けるように促し、自分もその横に座る。

「別に何もないわよ。」

 唇に触れながら呟く私は、動揺丸出しの格好悪い姿だろう。

「ふぅん。キス、されたんだ。それだけで何をそんなに動揺する訳?凰士だって大人なんだし、白雪を好きなんだから、キス位しても不思議はないんじゃない?今まで我慢するなんて、よっぽどだよ。」

「そ、そんなんじゃないわよ。」

 あぁ、ダメだ。全然、平然を装えない。自分でもわからないのに、何がこんなに私を揺さぶるの?

「いい加減、素直になったら?」

「何が、よ。」

 吹雪を睨み付けながら、強い口調で吐き出したつもりなのに、掠れ声になっている。

「これはダメだ。ちょっと待って。コーヒーでも持ってくるよ。少し落ち着いてもらわないと話も出来やしない。」

「うん。」

 吹雪が部屋を出て、階段を下りていく音。それを聞きながら、大きく息を吐き出した。

びくっと身体が跳ね上がり、無駄な鼓動が脈打つ。

「もうびっくりさせないでよ。」

 バッグの中で携帯が着信を知らせているだけなのに、何をびびっているのだろう?まったく私もどうかしている。

凰士からのメールか。もう一度、大きく息を吐き出してから、メールを開いた。

『彼女は、もう帰ったみたいだ。部屋の前には誰もいなかった。本当に彼女とは何でもないから、良い返事を待っている。』

 良い返事って何よ。何をどう返事すればいいのよ?

「お待たせ。」

 吹雪がドアを開けた途端、携帯を隠す私。そんな必要あるのか?

「ほら、これ飲んで落ち着けよ。」

「ありがとう。」

 湯気の出ているカップを受け取り、ゆっくり口元に運ぶ。甘く少しだけ苦いカフェオレが身体に沁み込んでいく。

「で、凰士と何があった?」

「…。」

「俺、白雪の弟だよ。凰士の友達でもあるけど、どんな格好悪い事も知っているし、今さら、ヘンなプライドを持たなくてもいいんじゃない?相談にのるよ。」

「あの、凰士に、キスされた。」

「それはさっきに白雪のぎこちない態度でバレバレ。いい歳して、何をそんなに動揺している訳?初めてでもあるまいし。」

「でも、あの…。」

「その様子じゃ、凰士とは初めてだろうけど、そんなに慌てふためく事もなかろうに。それともそれ以上もあったわけ?」

「そうじゃなくて。」

「あぁ、もう、はっきり言え。白雪らしくもなく、しどろもどろになって。」

「今までの人と全然違うのよっ。」

 吹雪が苛立った子を出すので、私も言葉を吐き出してしまった。

「何が?」

「キスに決まっているでしょう。」

 あぁ、もう嫌だ。どうして、こんなこっ恥ずかしい説明をしなくちゃいけないの?それに、キスだけで動揺している私もどうなの?

「どう違うんだよ。」

「何て言うんだろうな?優しいのにそれだけじゃなくて、凄く熱くて、身体中の力が抜けそうな感じで…。とにかく、違うのっ。」

「ふぅん。」

 吹雪がにやけた頷き。あぁ、ムカつく。

「つまり、凰士のキスは蕩けちゃうくらい良いって事だ。」

「あっ、いや、そうじゃなくて…。」

 もう私の声は聞こえてないな、コイツ。

「まさか、それだけでこんなおかしな白雪になったわけでもなかろうに。それに、凰士が意味もなく白雪にキスできるとは思えないんだよなぁ。キスに結び付いた経緯を話してもらわないと、アドバイスも出来ないよな。」

 あぁ、吹雪、絶対に楽しんでいるよ。でも、ここまで話したんだ。責任持って、相談に乗ってもらいましょう。

「凰士と食事に行って、帰りに凰士の部屋に寄る事になったの。美味しいバームクーヘンがあるって言うから。」

「食い意地の張っているヤツ。」

 吹雪の言葉にイラつくが無視しよう。

「それで、部屋の前に秘書課の子がいたの。凄く可愛い子なんだけど。その子、凰士に抱き着いて、キスして、凰士と付き合っているって。」

「有り得なぁい。凰士が白雪以外の女と付き合うなんて、あるはずがない。十二年も片想いしてきて、そろそろ白雪が落ちそうなのに、それは有り得ないね。」

 何なの?この拘りようは?

「あぁ、あと。普通、鍵渡されていれば、部屋の中で待つんじゃないの?それなのに、廊下にいたって事は、フロントを勝手に通り抜けて、部屋の前まで勝手に侵入したって事。恋人なら、それはしないだろう。凰士のマンション、セキュリティーに煩いから。秘書課だから住所くらい簡単に調べたんだろうし、不法侵入だね。」

 そんなに長くない私の話からそこまで導き出す吹雪って、ちょっと凄い?

「どうせ、その女が凰士に片想いしていて、白雪が邪魔だから、そんな嘘を吐いて、凰士を手に入れようとしているんだろう。」

「でも、彼女、嘘吐くように見えないの。秘書課軍団の中でも一番後ろにいて、大人しくて純情そうな子なんだよ。」

「そういう女が一番危ない。まぁ、俺はそういうタイプに言い寄られた事もないけど、凰士に寄って来るタイプで一番怖かったよ。思い詰めて、何を仕出かすかわからないからね。」

「…。」

 今まで呼び出されたタイプを思い起こす。そういうタイプはいなかった気がするけど。

「それで、白雪はそれを見て、逃げるようにマンションを後にした。それを追いかけてきた凰士に『おめでとう』とか言ったんだろうな。で、そんな言葉を繰り返す白雪を黙らせる意味もあり、口封じ。キスってわけだ?」

 やっぱり、可愛くない弟だ。説明する手間が省けていいのだろうが、ムカつく事に変わりなし。

「あぁ、それで、『本当に好きなのは白雪だけだから、本気で付き合う事を考えて欲しい』とか言われちゃって、この動揺白雪が誕生したって事か。」

 一人芝居で納得する吹雪。ここまで図星の行動って、どうなの?

「で、白雪は凰士が好きなんだろう。いい加減、素直になって、凰士とくっつけば?」

「誰が、凰士が好きと言った?」

「じゃあ、嫌いなの?」

「だから、何度も言ったでしょう。アンタと同じ弟みたいな存在だって。」

 吹雪が大人染みた顔で呆れた溜息を零す。

「あのさ、弟って言うけど、もし、俺とキスしたら。まぁ、絶対に有り得ないけど、そうしたら、そんなに動揺する?そんな身体が蕩けちゃうほど、味わうわけ?」

「別に味わってないわよ。」

「絶対に気持ち悪いとか言って、うがいに走るだろう。違うか?」

「考えるだけで気持ち悪いわ。」

「だろう。だから、凰士を弟だと持っているのは間違い。」

 偉そうな態度。やっぱり弟なんていらない。

「じゃあ、幼馴染の延長上にある友達。」

「それもはずれ。幼馴染の友達といっても、普通、二人きりで食事に行くか?まして、何度も部屋に行って、それも二人きりなんて、危機感が皆無なヤツか、異性として誘っているかのどちらかだろう。」

「じゃあ、吹雪は幼等部からの女友達と二人きりで食事に行くとかしないの?」

「女として意識してないヤツとは、数人のグループで会うだけだね。食事は行くかもしれないけど、密室で二人きりはないな。」

「じゃあ、何だって言うのよっ。」

 他の答えこそ有り得ないでしょう。相手は凰士なのよ。あの凰士よ。

「何かと言われると困るけど、少なくても一人の男として、凰士を意識してるよな。もしくは、もう好きになっているとか?」

「そんな事あるはずないでしょう。例え、好きになっていたとしても今の関係のまま、変わりはないわ。」

「どうして?凰士は白雪の事を好きで付き合いたいと想っているんだよ。どうして、それに応えてやらないんだよ。」

「だって、違いすぎるもん。」

 掠れた声が零れ落ちた。

「何が違うんだよ?」

「私、三歳も年上のオバサンだよ。」

「愛があれば歳の差なんて関係ない。」

「それに会社の跡取り息子で、お金持ちで、ルックスも好くて、優しくて、素敵な女性にたくさんもてるんだよ。私なんかじゃ、釣り合うはずないでしょう。つまり身分違いなのよ。」

「白雪、そんな事を気にしていたんだ?」

 吹雪がムカつくくらい、いや殴り飛ばしても許されるくらい、豪快に笑いだす。お腹を抱え、目尻に涙なんて浮かべちゃって。

「本当にバカだなぁ。凰士が惚れたのが白雪なんだから、そんな事気にする必要ないだろう。それとも白雪は凰士にそんな条件が付くから、今まで一緒にいたわけ?」

「そうじゃないわよ。でも、それは事実でしょう。」

「あぁ、もてるからヤキモチを妬いているんだ?そうだろう?」

「そんなんじゃないわよっ。」

 吹雪が私の顔を覗き込み、にやけた顔を見せる。

あぁ、コイツに私が間違っていたわ。こうやってからかわれるの、わかっていたはずなのに。

「じゃあ、気にする必要ないじゃん。凰士は凰士だろう。凰士のバックにある権力とか凰士のルックスを好きになる女はたくさんいるよ。でも、凰士はそれを嫌っている。凰士自身を好きになったなら、そんな事は何一つ関係ない。それに、いざとなれば、凰士が守ってくれるよ。そうしたくて、凰士は頑張っているんだからさ。」

「吹雪?」

「白雪は凰士が好きなら、何も考えずに、凰士の気持ちに応えてやればいいんだよ。ただ、それだけなんだよ。簡単な事だろう。」

「…。」

 凰士の気持ちに応える?凰士が好き?

「あぁ、本当に鈍感で頑固だな。しばらく、凰士を一人の男としてどう想うか、考えてみれば?自分の気持ちを偽る事なく、凰士自身を見ていれば、簡単に自分の気持ちを見出せるはずだよ。白雪が凰士をどう想っているかって。って言うか、今まで考えてなかっただろう?俺のアドバイス、流していただろう?」

「考える余裕がなかったの。私も色々忙しかったのよ。」

「うちの姉上様はこれだから。」

 吹雪が呆れたように溜息を零し、苦笑を漏らす。私は静かにカップに唇を寄せた。

少しだけ気持ちが落ち着いたかな?ありがとう、吹雪。

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