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翌日は朝から珍しいほど酷い雨だった。

帰還があと少しでも遅れていたら危なかった、とローレンは窓に叩きつけるように降る雨を見ながら思った。

このような降り方をする雨は数日は止まない。足止めをくらえば、身動きのとりようは無く、さらに帰還が遅れることになっていただろう。

魔女を乗せたまま豪雨の中を進む訳にはいかないからだ。

僅かに安堵の息を吐き、ローレンは窓から視線を外した。

そして踵を返し、暗い廊下を進んだ。


到着したのはあの部屋。

一晩明け、今日は魔女に詳しい事情を話す予定だった。

女官長ともう一人の護衛騎士は、先に部屋を訪れている。ローレンは所要の為、少し遅れて部屋へ向かっていたのだ。

扉の前に立つ。

が、部屋の中が騒がしい。

正確には、ある一人の声が。ローレンは眉をひそめる。

(ああ…朝から…)

ため息が漏れそうになるのをこらえ、ローレンは表情を引き締め、扉を開けた。

「ですから!何度も申し上げているようにーー!」

「どうなされたのですか、女官長。大声を出されて」

「あ、副団長様…」

声をかけると、女官長は少々気まずそうな顔でローレンを振り返る。もう一人の騎士が、困惑しながらもほっとしたした表情をしていた。

魔女と女官長は向かい合っていた。

「昨夜はもう遅く突然でしたが、本日はきちんと予定されている陛下との謁見でございます。公のものではありませんが、準備をする必要があるのですが…」

そこで女官長は忌々しそううな目を魔女に向ける。

相手を蔑むような声に、態度に、ローレンは眉をしかめそうになった。

(この方はもう魔女という存在を見下しておられるのか。身分など無い、所詮は下賤な者と…いや、実際は最初からずっとか)

この女官長には普段からいい感情はなかった。

彼女は先々代の王の乳母の娘で、その経歴は彼女にとって自慢だった。その母の功績により、女官として城に上がり、年とともに、遂に女官長となったのが二年前のことだ。

だがその高慢ちきな態度は、侍女や女官たちはもちろん、実は騎士団内でも煙たがられているのだ。

部下である侍女や女官は自分の道具として使って当たり前。

下っぱ騎士などいくらでも替えのきくものだ。

そんな態度が滲み出ていた。

自分の手柄でもない経歴に、大変な誇りを持った女である。

得たいの知れない魔女のことを客として見ていなくても、彼女の性格を考えれば当然かもしれない。

(やっていることは昨日の小物大臣と大差ないな)

ローレンは冷めた視線で魔女に尖った声を上げる女官長を見ていた。

「ですから、そのような粗末な格好は陛下の御前に出るのにふさわしくありません!そのフードも…。早々にお召しかえ下さい!」

女官長は魔女の顔を覆い隠すようにかぶられたフードを忌々しげに睨んだ。

(まったく、愚かだ…)

ローレンは大袈裟なほど魔女に噛みつく女官長に心の底から溜め息をつきたくなった。

「女官長殿、もう時間が迫っております。陛下をお待たせするべきではないと思いますが」

そもそも陛下は昨夜も魔女の格好については何も申し上げていない。

それは陛下にとってとるに足らない事柄だったということだ。

「そ、そうでございますね」

女官長はようやく時間が迫ってきていることに思い至ったようだった。

苛々した表情で部屋を出ていく。魔女が参ることを伝えにいったようだ。

ふぅ、ともう一人の護衛騎士が息を吐いた。

目が合うと、彼は苦笑を浮かべる。ローレンも微かに空気を和らげ、頷き返した。

そしてローレンは魔女に向き直る。

魔女は一言も発することなく、人形のようにじっと立っていた。今日も目深にフードを被り、顔を隠している。

「おはようございます、魔女殿。そろそろ陛下の元へ移動しますが、よろしいでしょうか」

コクン、ともう見慣れたように魔女は頷いた。


用意されたのは小さな部屋だった。

ただし城の奥に位置するそこは、重要な案件をごく少数の上層部のみで話し合われる時に使われる。所謂、秘密の部屋だった。

昨日とは違い部屋にいるのは王と宰相、王族公爵のバーデナー、魔術士長、そして魔女だ。

女官長は給仕をし、騎士団長とローレンが部屋のすみに控えている。

といっても、小さな部屋なので話の内容は聞こえるのだが。

「では魔女様、殿下の容態について説明させていただきます」

口を開いたのは宰相だった。

「殿下に異変が現れたのは一月ほど前のことです。その日庭を散策されていた殿下は、突然苦しみだし、そのままお倒れになりました。高熱を出され、意識はなく、すぐに医師が呼ばれたのですが…医師たちは、自分たちにはどうにもできないと言いました」

宰相は硬く、微かに怯えたような表情で僅かに次の言葉を躊躇う。

やがて、震える声で紡がれる。


「これは病ではない。呪いだと…」

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