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行きは馬をとばし駆け抜けた道だが、帰りはそうはいかない。
何故ならローレンの乗る馬には、魔女様も騎乗していたからだ。
(いや、仕方のないことなのだか…)
魔女はすっぽりとフードを被った姿のまま馬に揺られている。
ローレンは魔女を馬上に抱え上げる際、そのあまりの軽さと細さに驚いた。
今も支えるために添えている手にほんの少し力を加えれば、簡単に折れてしまいそうだと思っていた。
これが本当に恐ろしい黒魔術を操る魔女なのか、ローレンはいまだに信じきることが出来ない。
行きより時間のかかる道を、皆ほとんど会話のないまま進んだ。そして五日目の夜、漸く城に到着したのだった。
謁見の間に入った魔女を、王は遥か高い玉座の上から見下ろす。
「おもてを上げよ」
王からの許しの言葉に、部屋に集められていた大臣たちはゆっくりと顔を上げた。
だが魔女は頭を下げることも、膝をつくこともなく、ただその場に無言のまま立っていた。
「こ、これ!陛下を前にその態度、無礼ではないか…っ!せ、せめてフードくらいは取らぬか」
一人の大臣が震えながらも口を開き、その言葉に部屋の空気が張り詰めた。
魔女が声を上げた大臣の方を振り返ると、大臣は太った体をビクリと震わせ、あとじさった。
皆も、今にも呪われるのではないかと怯え、慌てて視線を逸らす。
そんな彼らの様子を見ても、魔女は何も言わず、すぐに興味を失ったように視線を前方に戻した。
数人の大臣たちがあからさまにほっと胸をなでおろした様子が部屋の後ろの方に控えていたローレンの目にも見え、普段の威張り散らした態度とは違ったその情けない様子に、思わず顔をしかめそうになった。
「そなたが北の森に住むと言われる魔女か」
何事も無かったかのように王は静かな声で問いかける。
そして皆が固唾をのんで見守っていると、やがて小さな頭がコクンと一つうなずいた。
「そなた、口がきけぬのか?」
王が眉根を寄せながらさらに問いかけると、今度は魔女は何の反応も示さない。
再び誰かが勇敢にも魔女の態度について口を開きかけるが、その言葉は室内に響くことなく軽くあげられた王の片手に制された。
「まあよい。王子のことさえなんとかできるならな。では余が直々に話そう」
魔女はまたコクンとうなずいた。
「そなたを呼んだのは余の息子、第一王子のことだ。この度王子に呪いがかけられていることがわかったのだ。呪いは黒魔法故、城にいる魔術師たちではどうにもならん。そんなときに、そなたのことを魔術師長から聞き、もうそなたに頼るよりほかないと言われたのだ。魔女よ、どうか息子の呪いを解いてはくれないだろうか」
王は沈痛な表情を浮かべている。おそらく王子のことを心配しているのであろう。
室内は水を打ったように静まり返った。皆が魔女の返答と動向を窺っている。そんな視線など意にも介さず、魔女は微かに顔を上げじっと玉座を見上げ、そして―――コクンうなずいた。
大臣たちはどよめいている。顔には出さないものの、それはローレンも同じだった。
(まさかこんなにあっさり引き受けてくれるとは…)
そう言えば、とローレンは思い出す。森から城に同行を求めたときも、彼女は全く抵抗などしなかった。
王命だからだろうかとも思ったが、しかし、この国から外れたような立場にいる魔女がそんなことを気にしたりするだろうか。
皆が喜びの表情を浮かべ、安堵の息を吐く中、ローレンは何か釈然としないものを感じていた。
詳しい話は明朝行うと王が言い、その夜は魔女も早々に客室へ下がることとなった。今回の件はあまり人の耳に入れるわけにはいかないので、城の女官や侍女たちには魔女の存在は知らされていない。この場に呼ばれていたのは女官長だけだった。
彼女の案内により、暗く静まり返った廊下を小さなランプの灯りを頼りに進んでいく。
二人の後ろから護衛という名の名目で付いていく騎士も、ローレンだけだった。
まるで囚人の連行のようだ、とその雰囲気にローレンは思っていた。俯き無言で歩く魔女と、硬く冷たい表情で進む女官長の様子がより一層そのように見せるのだ。
「こちらでございます」
一つの扉の前で、女官長は足を止めた。そこは城の中でも奥まった場所にある小さめの部屋だ。本来、客室などではない。
だがここが選ばれた理由は説明を受けていないローレンにもわかった。
(普段使う客室では人目につき過ぎる。殿下の様態が伏せられている今、魔女の姿を見られるわけにはいかないな)
謁見の間にいたのは魔術師長が初めて魔女のことを語った時にいた一部の王族と、有力貴族の大臣たち、そして女官長と数名の護衛のみ。
おそらく緘口令も敷かれているだろう。
ひっそりと現れた魔女の存在は空を覆う闇のように、ローレンの心の中をじわりじわりと不安に染めようとした。




