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まだ夜の明けきらぬ薄暗い道を、馬の駆ける音が響いている。
王城を出発して三回目の朝が来る。
魔女を探し出す命を受けたのは、騎士団副団長のローレン・アシュベルだった。
王子の呪いのことは国民には伏せられており、大規模な捜索隊を組むことはできない。
そこで抜擢されたローレンは、実力を考慮し4人の団員を選び、計5人の捜索部隊が組まれ、森へ向かうこととなった。
(ようやく森に入るか…)
途中、休憩を挟みながらも、王城からここまで馬をとばして駆けてきた。
(魔女がいるのは、森のさらに奥だったな)
ローレンは出立前に聞いた魔術師長の話を思い出していた。
ーー伝え聞いていると申しましても、残念ながら情報は多くありません。
ーーどのような人物なのですか?
ーーわかりません。容姿も性格も真の名も伝わってはいないのです。
ーーそんな…ではいったい、どのようにして探せと…。
なんだ、そのほとんど無いに等しい情報は…。
ほんの少し苛立ちを滲ませた声で、ローレンは師長に聞き返す。
ーー 副団長殿は、北の森のことをご存知ですか。
ローレンの苛立ちには気づかぬふりで、師長は静かに問いかけてきた。
ーーあの人里から離れた森のことですよね。あの地は、確か…。
この国の誰もが知っているだろうその噂。その森は…。
ーーええ。古より、禍々しき気の漂う不浄の地と言われている森です。この国で唯一白魔法の力が及ばなかった場所。
ーー…。
ーーしかしその森の奥に、白魔法の影響でしょうか、一本だけ浄化され白く輝く樹があるのです。
ーーなに!?まことですか!?
白という色はこの国においてとても尊い色だ。白魔法にかかったもの、白魔法に関わる人物だけが使用できる色だった。
その清廉なる色が、不浄といわれる地にあるという。
ーーはい。私もこの話を聞いた時はとても信じられませんでした。
ーーして、その樹がどういう…?
ーー不浄の森で生き物が生きられるとすれば、その樹の周辺のみです。
ーーそうなのですか!?
ーーええ。近づかないのは魔物たちくらいです。
魔女といえど、その樹から離れては森では生きていけないと、そう聞いております。
ーー黒魔法を使う、魔女でもですか…?
はい、と師長はひとつ頷いた。
ーー伝えられているのはその場所だけなのですか?
ーーいいえ、もうひとつだけ。魔女の真の名はわかりませんが、昔から使われている呼び名がございます。魔女を見かけましたらその名で呼んでください。それが古からの契約の証です。
ーーわかりました。その名とは?
ーーその名は……
「…チャルナ」
師長に聞いたその呼び名を、ローレンは呟き、噛み締めた。
***
森の奥深くに立つ一本の白い樹を見つけた隊員たちは、驚きの声を上げた。
警戒しながらも近づいて行くと、樹の根元に黒い塊があるのが見えた。
周囲の様子を確認しながらその塊を囲む。
その気配を感じたのか、塊がもぞりと動き、隊員らに緊張が走った。
腰の武器に手をかけたまま見つめていると、塊はゆっくりと身をおこし、立ち上がった。
黒い塊は、真っ黒な長いローブを纏った人物だった。目深にかぶったフードのせいで表情は確認出来ない。
(女…だよな…?)
魔女と言われているのだからローレンはその人物を女と思い込んでいたが、目の前の様子からはそれすらわからない。
とにかく確かめようとローレンたちは馬から降り、近づいた。
「突然の訪問失礼する。あなたは北の森に住むと云われる魔女、チャルナ殿で違いないだろうか」
他の隊員たちは緊張しながら二人の様子を見守る。その間も周囲への警戒は怠らない。
緊張感が漂うなか、ローレンは辛抱強く相手の返答を待った。やがて真っ黒なフードをかぶった頭が小さくコクンと頷いた。
その仕草は意外な程幼く見え、ローレンは目を見張る。
そして頷いた拍子にフードの中から流れ落ちてきた真っ黒な髪が視界に映った。
肩につくくらいの長さに切り揃えられた黒髪は艶やかで…。
ふわりと動いたフードの下からわずかに覗いた白い肌と赤い唇の対比に、ローレンの心臓はどきりと震えた。
(な、なんだ…!?魔女の仕業か?)
動揺を必死に押し殺し、ローレンはさりげなく視線を反らしながら訪問の目的を告げた。
「申し遅れました。私は王国騎士団副団長のローレン・アシュベルと申します。この度はチャルナ殿にお頼みしたいことがあって、陛下の命により訪ねて参りました。」
魔女は何も言わない。
その事にローレンは聞いているのかと不安になったが、先ほどからずっとそうなので、もしかしたら口がきけないのかも知れないと思い、迷いながらも話を続けることにした。
「実は、我が国の王子に呪いがかけられているのです」
『呪い』という言葉に、ピクリと魔女の指先が微かに動いた。
「呪いとは、とうに失われたと考えられていた黒魔法です。故に城に居ります白魔術師たちでは手の打ちようがありません。そんな時、魔術師長様よりあなたの存在を知らされたのです」
ローレンはそこでひとつ息をつき、心をを落ち着け魔女をひたと見据えた。
「魔女チャルナ殿、どうか王城にお越しになり、王子の呪いを解いて頂きたい」
それは断ることの許されない、勅命であった。




