本物を選べ
ここは乙女ゲームの世界、自分は転生ヒロイン。
それが彼女たちの認識だった。
王子の婚約者候補は三人。
・公爵令嬢ロクサーヌ。気品のある美人。同年齢の令嬢の中で最も身分が高い。ゲームでは悪役だった。転生した今、『きっと冤罪で断罪されるに違いない』と思っている。
・伯爵令嬢アンナマリア。理知的で感じのいい娘。同年齢の令嬢の中で最も学業に秀でた才媛。ゲームではモブだった。転生した今、『自分は知識チート枠だな』と思っている。
・男爵令嬢チェルシー。素朴で愛くるしい少女。同年齢の令嬢の中で最も魔力が強い。おまけに希少な聖属性。ゲームでは聖女ヒロインだった。転生した今、『ゲームの攻略対象でなくてもいいから誠実な人と結婚したい』と思っている。
そんな三人それぞれに王宮から招待状が届いた。
王子の婚約者の最終選抜を行う、と。
舞台は王宮で開かれる舞踏会。
※
「ついに来たわね」
厳しい面持ちで招待状を閉じるロクサーヌ。
この舞踏会で、王子と男爵令嬢が冤罪を吹っかけてくるに違いない。
悪辣とか卑劣とか罵られて、追放とか修道院行きを命じられるんだわ。
そんなのとっくに対策済みよ。
国外に逃亡ルートを確保してあるし、隠し財産だってあるんだから。
このイベントを乗り切って、私は華麗に生きるのよ。
ロクサーヌは腹心の侍女に指令を下す。
「派閥の中でこの舞踏会に招かれている者をピックアップして。当日は私の盾となるように。万が一、私が牢に入れられそうになったら全力で妨害させるのよ。それと護衛を集めて。会場を起点とした逃走ルートを再設定するわ。王宮から脱出するのは簡単ではないでしょう。学園からなら簡単だったのだけど」
※
「あら、舞踏会? そんな暇があったら本読んでる方が有意義なのに」
どうでも良さそうに招待状を眺めるアンナマリア。
彼女は最終選抜とやらで自分が選ばれる可能性はゼロに近いと踏んでいた。
国王の一存で決められるならまだしも、王子の好みが考慮されるとしたら、選ばれるのは学業成績が取り柄の才女タイプではなく、愛嬌のある美少女か、高貴な美女だろう。
しょせん世の中顔なのだ。
ゲームだろうが現実だろうが、人は見た目に左右されがち。
モブ顔の自分は仕事で評価されることはあっても、愛されることはない。
……と見せかけてスパダリからの溺愛という線も考えられるが、相手は王子ではないだろう。
切実に才媛を求めている人というと……?
「内政に苦労している地方領主とか、小さい息子がいて有能な後妻募集中の辺境伯とか、そういう狙い目の人、来ないかしらね」
王子にはまったく全然これっぽっちも期待せずに、アンナマリアは舞踏会用の衣装や小物が足りているかを確認しに椅子から立ち上がった。
※
「王子様と舞踏会……」
チェルシーはポ~~ッと頬を上気させていた。
王子様とダンス、と思っただけで夢見心地になっている。
とにかく王子の見た目は美しい。
暴力的なまでに。
ゲームをプレイしていた時は大して魅力的なキャラだとは思わなかった。
王道すぎてむしろ退屈だと感じていたが、こうして三次元化してみると、その美貌は圧倒的だった。
なんかもうね、神、神なの!
この世に存在してくれてありがとう、って感じなの!
会うたびにその美しさにノックアウトされ、へへ~と平伏して拝みたい衝動に駆られた。
王子様、芸術品ですぅ~、そのまんま美術館に飾りたいですぅ~。
至上の美に触れると、人は時を忘れて見入ってしまうものなのだ、と彼女は知った。
チェルシーは王子を生きた人間扱いしていない。
『最終選抜』とか『婚約』とか、その先にあるであろう『結婚』といった文言は彼女の頭からすっぽり抜け落ちていた。
「えへへ~、間近で見れるぅ~。がんばれ私の眼球。もう舞踏会当日まで本読まないし、勉強もしない。今、視力が落ちたら絶対に後悔するもん! 万全な視力で天上の美を網膜に焼き付けるんだ!」
意味もなく、自分の目に回復魔法をかけるチェルシーであった。
※
そして舞踏会当日。
思い思いに着飾った婚約者候補たちは知り合いと歓談しながら、王子の登場を待っていた。
ロクサーヌは取り巻きに十重二十重に自分を守らせながら。
アンナマリアは歴史資料の信頼性について論じあいながら。
チェルシーは王子ファンの女子たちとキャッキャしながら。
そしてついにその時が来た。
「国王陛下、ならびに王子殿下、ご入場!」
赤いカーペットの上を歩いてくる国王。
それに続いて、なぜか目元に仮面を着けている王子。
それに続いて、もう一人王子。
更に続いて、王子。
また王子。
王子。
……。
王子の列が止まらない。
いったい何人王子がいるのか。
まったく同じ髪型髪色、完全に同一の衣装の王子がずらりと整列した。
その数、総勢十一人。
全員、仮面で顔の上半分を隠している。
会場にざわめきが広がる。
王子は一人しかいないはずだ。
この十一人の仮面の王子(仮)はいったい何事?
「皆の者、説明しよう。これは我が息子の婚約者を決める最終選抜である」
国王が解説を始めた。
「ここに並んだ十一人は魔法によって姿を変えている。本物は一人だけ。十人は騎士であったり、文官であったり、色々だ。王子の婚約者候補と縁を結ぶに足りる優秀な独身者を揃えた。これから婚約者候補には一人ずつ、この十一人の中から伴侶を選んでもらう」
会場からどよめきが起こった。
「このように仮面を装着しているため、選び終えるまで素顔を見せることはない。これぞと思う相手を選ぶが良い。選んだならばその相手と婚約せよ。このような形で縁を結びたくないと思うなら、辞退を申し出るが良い。ただし辞退したならば二度と王子と縁を結ぶことはない」
つまりこれは試験なのね、とアンナマリアは思った。
限られた時間、限られた情報で、偽物の中から本物を探し出す、目利きの試験なんだわ、と。
問われているのは人物鑑定眼。
やってやろうじゃないの。
王子でなくても値打ちものを見つけてやるわ。
おそらく偽物の中身は、ゲームの攻略対象に隠しキャラなどを加えたものだろう。
それならゲーム知識で、ある程度は見当がつけられる。
最後は自分の眼力ね。
ムクムクとやる気がわいてくるアンナマリアであった。
ロクサーヌは混乱していた。
どうすればいいの、どうするのが最適解?
辞退すれば穏便に婚約者候補の立場を退くことができる。
でもそれって公爵家としてはどうなの?
戦わずして負けを選んだら、臆病者とそしられるのでは?
だったら舞台に上がって、安全そうな相手を選んだ方がいいかしら。
どの人も優秀で、ハズレがないというのなら、誰だか分からないけれど王子でだけは絶対にないと思われる人を選べば……?
もしもハズレを引いてしまったら、その時こそ国外脱出で……。
チェルシーは落胆していた。
顔が見えないよー。
仮面で半分隠れちゃってるよー。
顔が見えないのにどうやって選べと?
顔でしか王子を評価したことがなかったチェルシー、他に何か物差しあったっけ、と首をひねるが、これといった評価基準を思いつかないのであった……。
それから2時間余り。
三人の婚約者候補は十一人の王子候補と入れ代わり立ち代わりダンスを踊った。
見た目はそっくりな十一人。
一人一人と踊ってみると、相違点が見えてくる。
ある者は他より少しだけ体が大きかった。
ある者は他より指が細かった。
ある者は一人だけ顎に小さなホクロがあった。
ある者は……。
めまぐるしく入れ替わるパートナー。
冷静に情報を整理するアンナマリア。
困惑し、目が泳いでいるロクサーヌ。
頭上に疑問符を浮かべたような表情で、時々首を傾げているチェルシー。
「そこまで」
国王が片手を上げた。
楽団が演奏を中止する。
「王子たちは整列せよ。婚約者候補は順に前に出て、これと思う相手を選ぶのだ。一度選んだら後から返品交換は認めない。責任もって引き受けるように。一番手はロクサーヌ、そなただ」
「……はい」
横一列に並んだ仮面の王子(仮)たち。
ロクサーヌは扇子で口元の震えを隠しながら前に出た。
確実に王子ではない者を選ばねば……。
「……この方を」
ロクサーヌは顎に小さなホクロがある青年の手を取った。
「うむ。次、アンナマリア」
「はい」
前に進み出たアンナマリアは忙しく考えを巡らせた。
顎にホクロがある人はロクサーヌに持って行かれたけれど、元々真っ先に除外していたから問題ない。
体格が大きすぎる者も、指が細すぎる者も除外した。
手のひらが固すぎる者はおそらくは騎士と見て除外。
ダンスがぎこちなかった者も、逆に上手すぎた者も除外。
残りは五人。
一人一人、仮面から覗く目を見つめてみる。
見返してくる者、視線をそらす者、柔らかく微笑む者……。
「この方にします」
アンナマリアは鋭い視線で見つめ返してきた青年の手を取った。
「よし。ではチェルシー」
「はーい」
チェルシーはトコトコと前に出た。
深く考えず、迷いもせず、一人の青年にまっすぐ向かって行き、その手を取った。
「この人です」
「よろしい。では王子たちよ、仮面を外すが良い」
仮面の王子(仮)たちは一斉に仮面を取った。
※
アンナマリアは婚約者と差し向かいでお茶を飲んでいる。
正面にいるのは新進気鋭の若き軍人アルベルト。
「なぜあの時、私を選んだのか、聞いてもいいですか?」
「うーん、正直なところをぶちまけますと、五人にまで絞り込んだはいいものの、そこからは決め手がなくて。最後は目で決めました」
「目で……というと?」
「目力って言うのでしょうか。貴方は真っ向から見据える感じで、挑戦的だったので。選べるものなら選んでみろ、みたいな」
「ハハハ、そんな風に見えましたか」
「ええ。でも喧嘩腰というわけでもなく、知性が感じられる目でしたので。この人とは論を戦わせることができそうだな、と」
「論戦。それが貴方の求めるものですか?」
「少なくとも女とは真面目な話ができないとかいうタイプは嫌ですね。きちんと向き合って議論を交わせる相手でないと」
「きちんと向き合って……ね。それなら期待に応えられると思いますよ」
「ええ、貴方と私は似た者同士。自分の見る目に自信があって、相手を見抜こうとするタイプですよね」
「確かに。あの時、私は貴方の思考を読み取ろうとしていました。名高い才媛が我々のどこを見て、どう判断するのか」
「目の動きで、ある程度読み取れますものね」
「さらりとそう言ってくるところが怖いな」
「あら、嘘やごまかしがないなら、怖がる必要はありませんわよ?」
ちらりと探るような視線を飛ばすアンナマリア。
貫くような視線で受けて立つアルベルト。
一瞬の交錯の後、二人の間で笑いが弾けた。
※
チェルシーは婚約者と二人で歩いている。
エスコートする彼は普通より少し体格が大きい。
「どうして私を選んでくれたんですか? 正直、体格で偽物だってバレると思ってたんですが」
「えーと、ぶっちゃけ誰が王子様で誰が偽物かなんて、私、全然わからなかったんですよ」
チェルシーは口元に指を一本当てて、その時のことを思い出しながら説明した。
「王子様の顔は大好きだったんですけど、仮面で隠れちゃうと見分けがつかないし。それで気づいちゃったんです、私、あの顔でなかったら王子様に興味とか、べつにないんだなぁって。じゃあ誰を選んだらいいんだろうって考えると、自分の取り柄は魔力なんだから、魔力の相性で選ぶくらいしか思いつかなくって。結婚して一緒に暮らすなら、相性のいい人がいいでしょう?」
チェルシーは婚約者の手に自分の手を重ねた。
「ダンスの時って手をこう重ねるでしょう? 踊りながら全員にちょっとだけ魔力を流してみたんです。そしたら手ごたえが色々で。反発する人もいるし、混じり合う人もいるし、ひゅうっと吸いとられる感じの人もいました」
戸惑う婚約者の手をチェルシーは自分の頬に持って行った。
「あなたの手が一番心地よかったんです。溶け合うみたいで、あったかくて」
うふ、と無邪気に笑うチェルシー。
耳まで真っ赤になって照れている、彼は若き聖騎士ラインハルト。
※
「私を選んでくれて嬉しいよ」
「どうして……」
ロクサーヌは動揺を隠せずにいた。
彼女の手を取っているのは本物の王子。
「そんなところにホクロなどありませんでしたわよね!?」
「ああ、これ?」
王子が顎をこすると、そこにあったホクロが消えた。
「描いたんだ」
「描いた!?」
「君たちが騙されるかと思って」
ええ、騙されましたわ、と思っていても口に出せずワナワナと震えるロクサーヌ。
脱出するつもりだったのに、断罪回避するつもりだったのに、なんで本物を引いてしまったの、私ー!!
悔しさに震える彼女をニヤニヤ笑いながら愛でている王子。
案外ドSなのかもしれない。
「経緯はどうあれ選んでくれたのだから、仲睦まじく生きていこうね。我が婚約者殿」
「……はい、喜んで」
そう、受け入れるしかないではないか。
自分で選んでしまったのだから。
断罪回避の当ては外れて、脱出計画も全て無駄になり、気持ちを切り替えるのにちょっと時間がかかりそうだけれど。
王子は最高に美しい顔でロクサーヌに微笑んだ。
「愛しているよ、ロクシー。……もうどこへも行かないで」
<完>




