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第8話 きなくさい噂と危険な親子





「おや、本日も麗しい姫君にお目にかかれて、我が騎士団の者は果報者ばかりでございますね」


 騎士団詰所の入り口に到着した途端、冷気と共に全く歓迎していない口ぶりのクラウスに声を掛けられたロザリンデは、口元で扇を広げて悠然と微笑んだ。


「ごきげんよう、クラウス様。昨日ぶりでございますわね」


「えぇ、しばらくお見掛けしないうちにまた一段とお美しくなられたのではないですか?」


 仮面のような笑みをお互いに浮かべながら交わされる言葉には、双方とも毒が塗りこめられた棘がついている。


 こういう時、エルナはいつも気配を消してしまう。まぁ、彼女にとって、この眼鏡男は上司なのだから致し方あるまい。一人で嫌味男の相手をすることに辟易しながら、ロザリンデは再度言葉に毒を塗りつけた。


「まぁ、クラウス様ったらご冗談がお上手ですこと。日々お忙しいでしょうに、いつもいつも私にわざわざ声を掛けてくださって申し訳ないわ」


「いえいえ、殿下こそ私などよりも御多忙中にも関わらず、毎日毎日我が騎士団長との時間を確保なさっているではありませんか。見習わなくては、と思っておりますよ」


 感じる者ならば、この空気で肌が切れてしまいそうなほどの緊張感を感じるのだろうが、残念なことに、ここにはそんな敏感な者はいなかったらしい。


 いつの間にか廊下突き当りの団長室から出てきていたらしい二人連れの男が近づいてきた。廊下の中央でロザリンデとクラウスが毒と棘で攻撃し合っているなどとは思いもしていないだろう呑気な様子で、胸に手を当て恭しく頭を下げた。


 その顔に見覚えがあったロザリンデは、扇で顔を隠しながら男たちの名前を呼んだ。


「あら、グライフェンベルク辺境伯。……と、そちらはご令息かしら?」


「おぉ。王国の花たる殿下が我が愚息を承知おきくださったとは! ほらフリッツ、ご挨拶しないか!」


 父親に小突かれて、ポカンと口を開けて無遠慮にロザリンデを見つめていたフリッツが、慌てたように粗雑な仕草で頭を下げる。


「フリッツ・フォン・グライフェンベルクと申します」


 息子の頼りなさそうな声を聞きながら、ロザリンデは笑んで見せた。


「グライフェンベルク辺境伯家は、我がルミナスと隣国オルティエの国境付近を、和平を持って維持してくださっていると聞き及んでおりますのよ。ありがたく思っております」


 会話はこれで終わりだ、と伝えるために扇を閉じ、頬を赤らめる親子に向けて淑女の礼を取ってから、クラウスを見やった。


「副団長、団長室までの付き添いを」


「えぇ、お供いたしましょう」


 差し出されたクラウスの左腕に軽く触れて、ロザリンデは辺境伯親子に軽く笑んでから、彼らの前を通り過ぎた。


 声が届かないくらいの距離を取り、彼らが去ったのを確認してからクラウスがため息を吐いた。


「あんな奴らを褒めてやる必要ありますか?」


「あら、クラウス様にはあれが褒めているように聞こえましたの? 私とはあんなに嫌味の応酬ばかりなのですから、疾うにお気づきだと思っておりましたわ」


「……」


 クラウスが、怯んだように息を呑むのが分かった。


「ルミナスとオルティエの国境付近を和平をもって維持しているというのは、裏で何か取引をしているというのと同義でございますでしょう? オルティエとは協定も同盟も結んでいないのですから」


「……」


 クラウスは何も言わなくなった。ロザリンデの言わんとしていることを察知したのだろう。


「ただの王姉に、彼らを罰する資格はございませんし、はっきりとした証拠も持っておりません。でもね、あの辺りがきなくさいことは知っていてよ、と気づかれない程度に牽制するくらいは許されるでしょう? ま、彼らには言葉通りにしか聞こえていない様子でしたけれども」


 口の端を上げて笑むロザリンデに、クラウスが破顔した。


「本当に、お人が悪い。そして政治にお強くていらっしゃる」


「あら、クラウス様からの本気の誉め言葉なんて、初めていただいてしまいましたわ」


 ロザリンデはくすくす笑いながら、クラウスが開けてくれたドアを通って団長室に足を踏み入れると、動きのぎこちないコンラートに出迎えられた。


「コンラート? どうしたの?」


 問うと、背後でフッと含み笑いが聞こえた。


「……笑うな、クラウス」


「失礼」


 コンラートは気恥ずかしいのか、頭を掻こうと腕を上げようとしたらしいが、その動きすら痛みを呼ぶらしく、小さなうめき声が聞こえる。


「本当に、一体何があったの?」


「……筋肉痛です」


「え?」


 小さな、聞き取れないほどの声でコンラートが言った。


「昨日、クラウスに突然ライナーとの試合をセッティングされたんですよ。ぼろ負けでしたけどね。しかしながら、うっかり奴の剣をまともに受けちまったもんで、その鍔迫り合いでこっちの腕の筋肉はぼろぼろです」


 しおしおと項垂れるコンラートには悪いが、その試合、ぜひとも見たかった、とロザリンデは心から残念に思うのであった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 後日。コンラートがいつも通り騎士団詰所の門番少年に、よぉ、と声を掛けながら通り過ぎようとしたところ、門番の少年が姿勢を正して敬礼した。団長の自分がこんなにユルいのに、感心すらしてしまう。副団長の指導が良いのだろう。


「団長、グライフェンベルク辺境伯から本日十一時にお目通りを願いたい、との言伝を預かっております」


「辺境伯が? 三日前に会ったばかりなんだが………」


 あれはライナーとの試合翌日、筋肉痛でよぼよぼになっていた日だったはずだ。国境付近に配置する騎士の人数を減らして欲しいという申し出だった。


 不思議に思いながら団長室に入ると、そこには先客がいた。クラウスだった。


「団長、本日の予定ですが……」


「そういえば、ペーターが言ってたんだが、今日十一時に辺境伯から面会希望が入ったらしい」


「ペーター……あぁ、門番の少年ですか」


 クラウスは少し思案した後にペーターの名前と顔が一致したように顔を上げた。


「団長は団員日誌とか私の報告は頭に入らないくせに、団員自身のことは本当に物覚えが良いですね」


「そうか? まぁ、無理やり頭に入れなきゃなんねぇ情報よりは入りやすいんだろうな、俺の粗忽な頭には」


 そう笑いながら振り向くと、クラウスは何やら考え込んでいる。その考えが透けて見えるようで、クラウスは苦笑した。


「……辺境伯の用事ってのが、どうもきなくさいよな」


 弾かれたように顔を上げるクラウスの背中を叩いてやった。


「俺だってそれなりに各領の状況くらいは頭に入れてるよ。今のオルティエとの状況から、配置騎士を減らしていいとはとても思えない。何か、企んでやがるとしか思えねぇ」


「……」


「なんだよ」


「いえ、正直驚いていました」


「お前は本当に俺に対して容赦がねぇな」


 コンラートは肩を落とすしかなかった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 そして約束の時間ちょうどに、団長室の扉がノックされた。今日も今日とてやってきたロザリンデを早めに追い出しておいて正解だった。


 どうにもあの辺境伯たちの面を見ていると、信用ならないのだ。信用ならない者に、ロザリンデの姿をここで見られるわけにはいかなかった。


「団長、グライフェンベルク辺境伯と、ご令息をお連れいたしました」


「あぁ、ありがとう。下がっていいぞ、ペーター」


 客をここまで案内してくれた門番の少年は、コンラートの感謝の言葉に顔を明るくしてから笑顔で去って行く。その後ろ姿を見送ってから扉を閉め、コンラートは来客に向き合った。


「どうぞ、お座りください」


 来客用のソファを二人に勧め、メイドがお茶を用意してくれるのを黙って眺める……ふりをしてコンラートは辺境伯親子の様子を観察していた。


 妙だと思った。


(前回来たときは国境配備に使う人件費を渋って減らそうと必死だったのに……なんだ、この変に生温い空気は)


 メイドが出て行って、しばらく団長室に沈黙が満ちる。


 コンラートが様子を見るために押し黙ったままでいると、沈黙がつらかったのか、辺境伯のわざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「団長殿、私はちょっとした噂を耳にしたのだが……」


 コンラートは片眉を上げた。


「噂……ですか?」


「あぁ。王女殿下、いや、王姉殿下と団長殿が良い関係にある、とね」


「……」


 コンラートは目の前で油断ならない笑みを浮かべる老辺境伯を、黙ったまま見つめた。緊張感の張りつめた国境付近を治めている家の長とはとても信じられない、でっぷりとした巨大な体躯。よく似た体形の息子はそわそわと視線をいたるところに彷徨わせている。


(これは……まずい……かもな)


 コンラートの背中に、緊張が走った。ロザリンデと自分の関係を勝手に妄想して作り上げて、黙って欲しければ言うことを聞け、とでも脅すつもりだろうか。しかし、そんな事実は一切ないのだから普通に断ればいい。


 コンラートが気を張らざるを得なかったのは、辺境伯の態度が脅すと言うよりは、すり寄って来るような感覚の方が強かったからである。


 汗が背中を伝う。とにかく相手の出方を見極めなければ。そう己に言い聞かせて深呼吸したところで、辺境伯は言ったのだ。


「我が辺境伯の爵位に興味はないかね?」


 と。



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