第7話 ヘタレ騎士団長の矜持
確かにロザリンデにいきなり求婚されてから、自分は地に足がつかない状態に陥った。仕事なのに褒章授与の場に最後までいられなかった。ロザリンデに大人げない八つ当たりもしたし、クラウスには迷惑を掛けて済まないという気持ちも確かにある。
だがしかし。
(実戦馬鹿との真剣勝負なんて、それはいくら何でもやりすぎじゃねぇのかよ、クラウスさんよぉぉぉぉっ!!!)
コンラートは刃先をつぶしてある剣を握りしめ、同じ仕様の剣をゆったりと構えてやる気まんまんのライナーをげんなりしながら見やった。
(体力筋力ピークを越えたおっさんと、今がピークの騎士団一の英雄を戦わせるか、普通!)
憎々しくクラウスの方に視線をやれば、彼は訓練場の隅で椅子に座りながら、優雅にコンラートたちの勝負を楽しむご様子である。周りの騎士団員たちも突然始まった英雄と騎士団長の観覧試合に興味津々であった。
「畜生がっ!」
コンラートではライナーに力では勝てない。技術なら何とか互角、かもしれない。……となれば剣の打ち合いは避けたい。もし打ち合いに持ち込まれたならば、体力筋力共に消耗して、つまらないミスを誘発させられた挙句、コテンパンに吹っ飛ばされる己の未来しか見えないのだ。
(ならば……)
コンラートは覚悟を決めて両手で剣の柄を握り、ライナーを見据えながら大きく息を吐いた。相対するライナーは心底嬉しそうだ。
「団長と打ち合いなんて何年ぶりっすかね?」
大きく両手剣を振り上げて構えた。こんな隙だらけの構えを見せてくれるからには、まだ遊びなのだろう。コンラートの出方を楽しみながら待っているのがはっきりと伝わってきた。何せ満面の笑みであるからして。
「お前に勝てるなんて思えねぇから、忖度して加減してくれや」
「冗談……っ!」
そう言ってライナーは腕に力を込めた直後、思いっきり真っ直ぐに剣を振り下ろしてきた。 コンラートは舌打ちしながら、向かって左前方に飛び込み、頭上から降ろされたライナーの剣に、自分の刃先を下にずらして受け流した。
「ほら、団長はいっつもそうやって俺の剣を受け止めてくれない。寂しいな~」
「まともに鍔迫り合いなんかしたら、俺が吹っ飛ばされるだろうが……っ!」
言い終えないうちにライナーの剣が再び降って来る。今度は反応が遅れた。思わず剣の鍔元で受けてしまった。
金属のこすれる音が、耳に障る。
明日は全身筋肉痛だな、と心の中で苦笑しながらコンラートは必死で押し返す。
久しぶりに至近距離で見るライナーは、やはり良い男だと思った。よく日に焼けた肌と、健康そうな体躯。赤茶色のくせっ毛は人好きのする子犬のようで、男女からモテる男であり、ロザリンデとの仲も昔から噂されていた我らが騎士団の英雄殿である。
(やば……)
金色の柔らかな髪を風に遊ばせながら微笑む顔が思い浮かんでしまう。その隣で同じように微笑むライナーの姿も。こいつならば視覚的にも、家格的にもロザリンデと人生を共にしても許される可能性がある。コンラートなどよりも遥かに高く確実に。何と言っても、ライナーは子爵家長男なのだから。
そんなことを考えているうちに、ぐっとライナーの力強い剣が押してくる。コンラートの腕力では、数十秒耐えることは出来ても、押し返すことは無理だろう。
こうなったら、ライナーが一気に力を入れた瞬間、剣の向きを変えて払うしかない。
しかしもうコンラートの腕力は限界である。ライナーを誘えるよう、少しだけ、意識的に本当に少しだけ、押し合う腕から力を抜いた。
「もらい!」
その瞬間を逃すものかと、ライナーがこちらの想定通りに一気に力を入れるのを確認したと同時に、コンラートは刃先の向きを変え、ライナーの脇腹目掛けて自身の身体を押し込み、ライナーの剣の勢いを誰もいない空間に逃がした。
「やべっ」
突然均衡が崩れてたたらを踏んだが、すんでのところでライナーは堪えた。さすが現役最強騎士。コンラートの小手先程度の技術ではびくともしない。
そして、コンラート自身の息はすでに上がりきり、肩が上下している上に、もう剣を持つ手に力が入らなくなりつつあった。
(畜生……ちくしょう……っ!)
立派な体躯を持ち、剣術の腕も高く、人からも無条件に好かれる良い性格で、子爵と言えども自分の物だと言えるだけの爵位があって……。
情けない、醜い嫉妬でしかないことなど、重々承知している。分かっていても妬みが止まらないのだ。剣の切っ先を自分の方に向けながら近づいてくるライナーと、じりじりと距離を取りながらコンラートは両脇を締めた。
(……来る!)
そう思った瞬間、ライナーが真っ直ぐに剣を突いた。
「はぁっ!」
ライナーの勢い良く突いた剣先から逃げるようにコンラートは後ろに飛び退き、自分の剣の鍔元をライナーの剣先を押し当てるようにして、強烈な突き勢いを殺す。
「甘いっすよ!」
こんな反撃など予想していた、とでも言うようにライナーはにやりと笑ってすぐさま応戦してくる。態勢を整え、一瞬の間に、コンラートの鼻先に剣を当ててライナーは止まった。
「……降参だ」
コンラートの宣言に、息を詰めて試合を見守っていた騎士団の面々から歓声が沸き起こった。いつものことだ。ライナーとやり合って、団長である自分はいつも負ける。しかしすぐには負けてやらない。せめてもの矜持だった。しかし、今は……。
「お前には……隣に立てる爵位があるんだよな」
誰にも聞こえない呟きを、コンラートはぼそりと口にした。歓声がまだ上がり続ける訓練場内で、その声を耳にした者は誰ひとりとして、いなかった。




