第4話 湿っぽい騎士団長
「王姉殿下、いかがなさいましたか?」
即位記念パーティーの翌日。騎士団詰所の門番騎士がロザリンデの姿を認めて、敬礼しながら声を掛けてくれた。
「団長はご在室か?」
護衛騎士エルナが代わりに尋ねると、騎士、というより少年という言葉がぴったりだと思えるくらいの門番が、眉根を寄せた。
「いらっしゃいますけど……なんか……苔生えるんじゃないかってくらい、じめじめしてるんですよ」
「……」
言われる方も言われる方であるが、言う方もなかなかの強者だと、ロザリンデは思わず笑ってしまった。
「コンラートはそんな様子なのですか?」
ロザリンデが尋ねると、門番少年は何度も頷く。
「殿下は団長のこと、元護衛騎士として気にかけてくださってますよね? 昨夜も随分急いだ様子でいらっしゃってましたし」
曇りなき眼がロザリンデを見つめる。
「え……えぇ、昨夜のコンラートの様子がいつもと違う気がしたので、パーティーの後に訪ねてみたのだけれど、鍵がかかっていて……」
周りに侍女のセラフィーナ以外誰もいないのを慎重に確認してから、団長室の扉を押したり引いたり体当たりまでしてみたが、ロザリンデの力ではどうにもならなかった。
「途中で式典を退席するようなお人は放っておけば良いのです。姫様がわざわざ突入して無事を確かめる必要はございません」
不機嫌そうに言ったセラフィーナは、最後まで手伝ってはくれなかった。二度目の体当たりを無理やり止められ、ロザリンデは引きずられるように私室に戻ったのだが、気になって何も手につかないために、今朝の予定を変更して今度はエルナと共にコンラートの様子を見に来たのである。
そんな深夜のロザリンデの異常行動を知らない門番少年は、コンラートを心配するあまり、萎れてしまっている。
「私も団長のことが心配なのです。しかし、団長は我々団員が気にかけて心配すると、余計気を遣って元気なふりをなさるから……」
「ならば、『押してもだめなら引いてみろ作戦』ですよ、殿下」
突然エルナが得意げに会話に加わり始めた。
「エルナは一体何を……」
困惑するロザリンデに、エルナは胸を反らし、人差し指を立てて、小さな子どもに約束事を教える教師のように言った。
「いいですか、殿下。団長は見てくれはくたびれたおっさんですが、中身は非常に繊細なんですよ、あれでも」
「そうです。その通りです!」
門番騎士の少年が、エルナの言葉に大きく頷く。
「だからこそ、団長自らが殿下を追いかけるように仕向けなきゃ動けないんですよ、きっと!」
「……エルナこそ、何を言っているの?」
ロザリンデは呆れた。そういう心理的駆け引きは貴族連中相手だけで十分である。
「殿下! 私はこれでも殿下のお幸せを心より願っているのです。この恋愛小説の数々を読みつくしたエルナにお任せください」
「……そういう小説を読み込んでいるのは知っているけれど、あなたに恋愛経験は無いのも私、知っていてよ」
「それでも殿下よりは様々な恋愛を知っていると自負しております!」
ロザリンデは天を仰いだ。
「あれ、殿下とエルナ。何してんですか?」
「ライナー様!」
エルナが嬉しそうにライナーの名を呼んだ。ライナーに憧れて、渋る両親を説き伏せ騎士団に入った伯爵家次女である。
「団長の様子がおかしいので、発破をかけようと目論んでいるのです」
エルナの発言に、ライナーはうんうん、と腕を組みながら頷いている。
「あー、確かに昨日の夜から、心ここにあらずって感じだったかも」
ライナーが言うのであれば、確かなのだろう。昨夜ロザリンデが感じた違和感は間違っていなかったのだ。
「殿下の求婚の勢いに怯えてるんじゃないですか?」
ライナーが門番の少年に聞こえないように、こそこそとエルナとロザリンデに耳打ちする。
「そうですよ。でもきっとそれは団長が一歩を踏み出す勇気がないからなんです。だからこそ、私とライナー様で団長の心の火をつけてやりましょうよ! 我らが団長のために!」
「いいな、その『我らが団長のために!』っていうの!」
「ちょっ……」
「大丈夫ですから、殿下は大船に乗ったつもりで私たちに任せてください!」
根拠のない自信ほど恐ろしいものはない。しかもライナーまでもが乗り気になってしまっている。
「いいね、俺はどうすればいい?」
「ライナー、貴方も恋愛ごとは……」
もう二人にはロザリンデの声は聞こえていないようだった。ロザリンデを放置して二人で作戦会議を始めるのを、門番少年と共にポカンと見つめるしかないのであった。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
ロザリンデはライナーとエルナの指示で、少しだけ開いた団長室の扉の前で待機していた。
中からはエルナとライナー、それからコンラートの声が聞こえてくる。
「団長、昨日はどうしちゃったんですか? 俺の雄姿、最後まで見てくれてなかったでしょ?」
ライナーの不満げな声に、コンラートの気まずそうな声が重なった。
「あぁ、悪かったな。ちょっと……なんだ、そう、あれだ、……や、野暮用を思い出してな」
歯切れが悪い。つまり、コンラートは嘘をついている。根が真面目な彼は、昔から嘘を吐く時には言葉が詰まるので分かりやすいのだ。
コンラートの嘘を、エルナもライナーも気づいていないのか、それとも作戦遂行で頭がいっぱいなのか、エルナが無理やり話の舵を切り直した。
「それよりも、団長、昨日の殿下もお美しかったですよね」
「そうだな」
「ライナー様に笑いかけた時のお顔、女神様みたいでしたよね。ライナー様も格好良いから、もう神々の作りたもうた神聖な美しすぎる一枚の絵画を見ているようでした!」
わざとらしい言い回しだが、これは自称恋愛指南者エルナの作戦である。
(ここでコンラートが、面白くない、と機嫌を損ねる予定らしいが……)
中の仕掛け人ふたりが、ごくりと生唾を飲み込んでコンラートの反応を待つ様子に、ロザリンデまでもが緊張してくる。
しかし。
「……そうだな」
コンラートの声が一旦途切れた。
「本当に……お似合いの二人だと思ったよ。俺が殿下の傍にいた時はそんな噂ひとつも出なかったしな。……納得した」
「……え?」
エルナの戸惑った声が聞こえる。焦ったようにライナーが言葉を繋ぐ。
「いやいや、団長、何を言って……」
「本当のことだ。ライナー、お前なら殿下の横に立っていても自然だ。……爵位もあるしな」
ロザリンデは奥歯を噛みしめた。猛烈に腹が立って仕方なかった。
足を踏み出すのと、団長室の扉を思いっきり開け放すのが同時だった。
バァァンっと重い木製の扉が、固い石の壁に当たって跳ね返る。
「入るぞ、コンラート」
エルナの合図を待ってから室内に突入する予定だったロザリンデは大股で部屋を横切り、窓際に立って茫然とこちらを見つめるコンラートの目の前で止まった。
2026/03/24
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歩生




