第2話 ロザリンデの意思
ロザリンデが突然の求婚に走った数時間前。
「ロザリー。長年に渡ってアルを……ルミナス王国を守ってくれたことに感謝する」
もうすぐ即位式が始まろうかという中、突然向けられた父からの感謝の言葉にロザリンデは困惑した。
今は家族しかいない狭い控室の中とは言え、ルミナス王国国王と、もうすぐその地位に立つ王太子アルベルトが、二人で自分に頭を下げているのである。しかも膝をついて。
「父上もアルも一体何を? やめてくれないか」
慌てて自らも膝をつこうとしたロザリンデを制するように、弟アルベルトが顔を上げた。
「姉上が、私と子どもたちの立場を盤石にするために、恋愛も結婚も諦めていたことを私は知っていた」
「!?」
ロザリンデは慌てて父と母の顔を見た。アルにだけは絶対に言わないでくれ、と懇願していたのに。
ルミナス王国は王を含むすべての者が一夫一婦制である。そしてロザリンデとアルベルトは二人姉弟。つまり、ロザリンデは王位継承権第二位であった。だからこそ、彼女の周辺はいつだって騒がしかった。
(私にすり寄ってくる貴族どもの魂胆は見え見えだったからな……)
「ロザリーが七歳の頃だったか……。『アルが結婚して、アルの子どもたちが立派に成長するまで、私は絶対に結婚しないし子どもも産まない!』 と私たちに宣言してきた時は目を回したな」
父と母のその表情を見て、ロザリンデは父と母に心労を掛けていたのだと思い知り、少しだけ胸が痛んだ。
(結婚できなくても、子どもを持てなくても、その後は適当に旅にでも出る! なんてことも言ったな、確か………)
我ながら、七歳女児の言葉とも思えないが、ロザリンデなりに、すでにその頃から王宮内での不穏なパワーバランスを感じ取っていたのだ。とにかく不安だった。自分で何か行動を起こすことで、その不安を少しでも和らげておきたかったのかもしれない。
「姉上がそうやって、身を挺して私を守ってくれていること、本当は最初から分かっていたんだ。でも、『分かってる』なんて姉上に知られちゃったら、次に姉上がどんな策を講じるかちょっと予想つかなかったからさ、父上や母上とも相談して、私は何も知らない体でのほほんとした王太子をやらせてもらってたんだよね」
齢二十七にして初めて聞く弟からの真実に、ロザリンデは言葉を失くした。弟は決して、一瞬たりとも、のほほんとした王太子であったことなどない。
笑顔の裏で、王太子として在り続けるために、かなり危ないことをやってのけていたことをロザリンデだって承知している。
「……結局、我々王家の家族皆が皆、お互いを守るために心に秘めたものを持っていた、ということか?」
ロザリンデの言葉に、アルベルトは頷いた。父も困ったように頷く。
「うちの王子も王女も、恐ろしいほどに頭が良いから、父様と母様は心底困ったよね」
わざと軽口を叩く父王を見て、ロザリンデはアルベルトと目を見合わせて小さく笑んだ。
「それはそれは、国王陛下と王妃陛下には姉ともども多大な心労をおかけいたしまして、申し訳ない。この償いはいつか必ず」
そう言って胸に手をあて、頭を下げて見せるアルベルトの芝居がかった物言いに、皆が笑った。
そこで、アルベルトが思い出したように手を叩く。
「あ、そうだ姉上。式典の後に父上と私からの贈り物があるから楽しみに待っててね」
と、意味深で楽しげな笑みを浮かべたのだった。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「で?」
団長室での求婚失敗後、私室に戻ったロザリンデに、乳姉妹で侍女のセラフィーナが呆れながらも話の続きを求める。
騎士団詰所からここまでの道中で、即位式の前に王家水入らずの場で起こったことと、即位式後にアルベルトに言われた話を侍女と護衛騎士に語って聞かせていたのだ。
「だから、もう完全にアルベルトの治世になったことだし、王太子も元気に成長している。王女ふたりも健康そのもの。ということで私の出番は終了だから、好きにしろ、との仰せだ」
ロザリンデが、ソファに深く座って楽しげに、父たち家族から放り投げられた話を面白おかしく伝えると、セラフィーナは首を横に振ってため息を吐いた。
「上王陛下も国王陛下も、姫様大好きなんですからそんな物言いをなさるわけがないでしょう? 人生の大半を使ってアルベルト様たちをお守りしてきた姫様に、今度は自分のために生きろと仰ってくださったのでしょう? お二人は好きな相手がいるならその相手と幸せになりなさいと仰りたかったのでしょう? 恥ずかしがらないできちんとお答えくださいな!」
実際セラフィーナの想像通りだったのだが、認めるのもなんだか面白くなくて、ロザリンデは黙ってティーカップに口をつける。
そして自分の心に沸き起こった、『今すぐにあの男に会わなければ』という強い衝動を思い返す。
正直なところ、今まで『好きな人』と言われてもピンとこなかったが『今度こそ、姉上が、姉上の人生を共に歩んでくれる人を選ぶ番だよ』というアルの言葉を聞いた瞬間、コンラートの顔が思い浮かんだのだ。
そしてもう次の瞬間には、コンラートと共に生きる人生しかロザリンデには考えられなかった。
「だからコンラートに求婚を申し込んだんだが、断られてしまってな」
「それはそうでしょうね」
セラフィーナが嬉しそうに言うから、ロザリンデは眉を上げた。
「どうして、そう思うんだ?」
「アイゼンベルク様は、ヘタレだからです」
セラフィーナがコンラートを容赦ない一言で落とす。
「セラフィーナ様、それはあんまりです。団長、騎士たちには大人気なのですよ、あんなんですけど」
会話に入ってきたのは、ロザリンデの護衛騎士、エルナ・フォン・ヴィンターハルトである。若干二十歳にして、初の女性護衛騎士でもある。
「姫様の護衛騎士を二十歳から十三年間務め上げた後、ルミナス王宮騎士団の団長の職務に就いていらっしゃるアイゼンベルク様の経歴は認めますが、あんな適当で、不真面目そうに見せておきながら変なところで真面目過ぎるし、姫様は興味を持つし、とにかく私はあの方のことが嫌いです」
ロザリンデは目を丸くした。
「初耳だ。セラがそんなふうに人を悪く言うなんて」
「今まで姫様のお耳には入れないようにしておりましたから」
セラフィーナの言葉に何かひっかかるものを感じながらも、ロザリンデはため息を吐いた。
「しかし、私はまだコンラートを諦める気はないんだ」
「殿下、私は応援してますからね!」
両手を握りしめたエルナに力いっぱい声援を送られたものの、ロザリンデは苦笑する。
「しかし、何が敗因だったのだろうな。もっと情熱的に迫るべきだったか……」
腕を組んで考え込んでいると、セラフィーナが真顔で問うてきた。
「姫様は、アイゼンベルク様に、どのように求婚されたのですか?」
「どのように、と言われても……結婚を申し込んだ、としか説明のしようがない」
ロザリンデの返答に、セラフィーナはハッと顔を上げた。
「姫様、貴女まさか、いきなり『結婚しよう』とか仰ってないでしょうね?」
「言った。団長室に入って、その足で『コンラート、私と結婚してくれ』と」
セラフィーナは、ぽかんと口を開けてロザリンデを見つめ……それから、大きな長い深い溜息を、これ見よがしに吐いて見せた。
「どこの世界に、何の前振りも段取りも根回しもしないままプロポーズをぶっこむ王女がいますか!?」
「ここにいるな、もう王女ではないが」
セラフィーナが声にならない叫びを上げるのを見て、ロザリンデは声をあげて笑うのだった。




