第14話 守るということ
ロザリンデの人身売買の話まで出てきて、重すぎる沈黙が続く中、ユイカは部屋で待機しているアルベルトの護衛騎士、カイ・フォン・ヴァルトハイムに目を向け、頷いて見せた。
「発言してもよろしいでしょうか?」
アルベルトが頷くと、カイが口を開く。
「昨日、王妃陛下と貴賓宮主席女官から、これらの内容を聞いた上で王妃陛下のご裁可を頂き、私から副団長クラウスに報告いたしましたところ、副団長が一日の内にどこからか辺境伯の借金の証文を手に入れ、軍備費の不備を指摘した書類を持って、ライナーと連れ立って今朝辺境伯邸に乗り込んだ次第です」
「エラ……君は……私に何も言わず何を……」
アルベルトが頭を抱えている。
「あら、陛下が『コンラートと姉上をどうにかしたいのに打つ手がない』と塞ぎ込んでいらっしゃったからに決まっておりますでしょう?」
妖艶な笑みを浮かべる義妹はいつも以上に恐ろしいほどに美しかった。
「それに、私だって、お義姉様のために何かしたかったのですわ」
そう言う顔は少女のようにかわいらしくもあり、ロザリンデは思わず笑ってしまった。
大丈夫だ。私はまだ、笑えている。
「ありがとう。本当に……ありがとう」
辺境伯の罪が明らかになれば、コンラートの罪の意識を軽くしてやることが出来るだろうか。
(いや、自分が乗ろうとしていた企みの先に私を売り飛ばす話があったと知ったら……)
ロザリンデは身を震わせた。そして根本的な問題に気づいてしまった。
「結局、私の存在が……コンラートを不幸にするのだな」
「え……」
小さく呟いた声は思いのほか大きかったらしい。室内の空気が変わったことを感じて顔を上げると、アルベルト、エグランティーヌ、ユイカとカイが心配そうにロザリンデを見つめていた。
「今回のような、辺境伯の企みのような、こんなことはきっとこれからも続く。私がコンラートに付きまとっている限り、コンラートは利用され続ける」
「姉上……」
立ち上がって弟の背後に周り、痛々しい顔をしている彼の背中を、ロザリンデは優しく叩いた。
「そんな顔をするな、アル。幸い、まだ取り返しのつかない事態にはなってないじゃないか。コンラートが正直に報告し、エラとユイカが調べ上げて、カイたち騎士団が止めてくれた。本当に感謝する」
ロザリンデは、周りの切なげな表情をどうにかしたくて、自身の痛む胸に気づかないふりをしながら笑顔を向けた。
「まだ……今なら」
コンラートを諦められる。彼を守るためだと思えば。
「お義姉様」
エグランティーヌがゆっくりと首を横に振った。
「いけません」
「え?」
エグランティーヌの言葉の意味が分からず戸惑うロザリンデに、エグランティーヌは続ける。
「いけません。ご自分のせいだから、と一方的に離れようとすることは……いけません」
「でも、事実私のせいで……」
「お義姉様のせいではありません、と申し上げてもきっと納得はなさらないと思いますから、これ以上は申し上げません。でも、これだけは覚えておいてくださいませ。一方的に守ったところで相手の心を守ることにはならないのですよ」
エグランティーヌはそう言って、夫の方を見やった。
「陛下も、お義姉様と同じことを考えて、私を王宮から追い出そうとしたことがございましたの」
「エラ! あれは追い出そうとしたわけじゃ……」
アルベルトの弁明を、エラは頷きで止める。
「えぇ。よく分かっておりましてよ。でもね、私は腹が立ちましたの。だから言ってやりましたわ。『このエグランティーヌ・ド・ローランを見くびらないでくださいませ!』とね」
「えぇ、本当にあの頃の陛下ってば、拗らせっぷりが半端なかったですものね。エラ様を泣かせるし」
ユイカが悪戯っぽく笑み、エグランティーヌと顔を見合わせてから、フフッと笑った。
「ですから、お義姉様。どうか、お相手と話をしてください。話す前から諦めないで、放り出さないで、話をしてください。お二人にとってどの道を選ぶのが良いのか、お二人で決めてください」
義妹の言葉にロザリンデは俯いた。
(アルたちの問題と、私たちの問題は違う……。私の存在自体がコンラートには重すぎる荷物なのだから)
真摯に、心からロザリンデを想って言ってくれていることは十分すぎるほどに伝わった。でも、だからこそ、ロザリンデは首を横に振る。
「この件に関しては、私の意思を通させてもらう。済まないな」
誰も何も言わなかった。ロザリンデも、居たたまれなかった。だから逃げるように、その場を辞することしかできなかった。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
姉が黙って去って行った扉を見つめて、アルベルトはため息を吐く。本当にあの人はこうと決めたら梃でも動かない人だ。
「それにしても、神速のごとき動きだな、今回の件に関しては」
呟きながらアルベルトは、頭の中で今回の一件について思い返す。
「姉上がコンラートに求婚したのが即位式の日だろう? そこから辺境伯が動き始めたにしては、脚本の仕上げが早すぎないか?」
「何を仰ってるんですか、陛下」
本当にこの首席女官は、この仲間内だけになると自分に対してだけ容赦がない。恨みでもあるのだろうか。
「アイゼンベルク団長とロザリンデ殿下の気持ちなんて、王宮関係者ほぼ全員知ってましたよ」
「当の本人たちが全く自覚していなかったから何も動きも影響もなかっただけ、ということか?」
アルベルトの呟きにユイカは頷いた。
「とっくに様々な貴族がたくさんのシナリオを描いていたと思いますよ。何か決定的なことがあればすぐに動けるように」
そして低い声で続けた。
「ロザリンデ殿下をオルティエの貴族に、という話はここ数日の間に貴賓宮で聞き取ったお話でしたけれど」
アルベルトはため息をつく。
「私は自分の即位にかまけて、周りが見えていなかったのだな」
「そのような時のために、我々がいるのです」
自嘲気味に呟いた言葉に、専属護衛でもあり長年の友でもあるカイが静かに答えてくれた。エグランティーヌもユイカも頷いてくれている。
それでもまだまだ、自国はのどかに平和に、とはいかないようだ、とアルベルトは小さく息を吐く。隣で同じようにため息を吐いている妻に気づき、目を向けた。
「……私、お義姉様に自分の気持ちを押し付け過ぎたかしら」
エグランティーヌが肩を落としている。
「エラ……」
「大丈夫です、エラ様! 今じゃなくても時をかけて分かってくださいます。ロザリンデ殿下はそういうお方です!」
国王たる自分の言を押しのけて貴賓宮主席女官が我が妻の手をぎゅっと握りしめて熱弁をふるっている。
アルベルトが自分の護衛騎士に抗議の視線を送ると、相手は申し訳なさそうに愛妻の代わりに頭を深く下げるのであった。




