第11話 混乱
「だからお前が嫌でなければ、共に生きて欲しい。コンラート」
静かに心の全てを伝えたロザリンデは、ただ黙って想い人からの返事を待った。
「……」
しかしコンラートは答えない。ずっと、下を向いている。
「無理をさせたか?」
「……」
ロザリンデの労わるような声色の問いに、コンラートは首をゆっくりと横に振った。顔色は悪いままだが、目には力が取り戻されているように見えた。
「殿下のお気持ちは本当に、本当に嬉しいのです。しかし……それを受け入れるべきかどうかは……お許しください」
受け入れるべきかどうか……そこにコンラート自身の意思はあるのだろうか。
ロザリンデが思う以上に、身分の差というのは、気持ちだけでは乗り越えられないものなのか。
胸が引き裂かれそうに痛い。しかし、痛いのは、きっとコンラートも同様だ。
そう言い聞かせ、ロザリンデはコンラートの肩に手を置いた時、武骨な手が指先に微かに触れた。
「殿下のお気持ちにお応えすることは叶いませんが、これ以上ないくらい嬉しく思っているのは誓って真実でございます」
先ほどまでの困り果てた声ではなく、何か固い決意を秘めているような、そんな声だった。
「コンラート?」
「殿下にお仕えできたこと、俺の一生の宝です」
そう言うと、コンラートは自分の肩に置かれたロザリンデの手を、そっと降ろさせてから立ち去ってしまった。何も言わず。団長室にロザリンデひとりを残して。
(なんだ、今の言葉は?)
今生の別れの挨拶のようではないか。もう二度と会えないかのような……。
追いかけなければ。コンラートを止めなければ。そう思うのに、不安で、怖くて足がすくんでいる。こんなことは初めてだ。
「姫様?」
いつの間にか室内に入ってきたらしいセラフィーナが、様子をうかがうようにゆっくりと近づいてきた。振り向いて何か言わなければと思うのに、声が出ない。足も動かない。足も指先も、口元さえもひどく震えている。
「姫様、どうなさいました? お顔が真っ青です」
「セラ……コンラートを止めてくれ」
「え?」
「コンラートを止めなければ!」
セラフィーナの声でやっと身体の動かし方を思い出したかのようだった。
慌てて団長室から飛び出す。騎士団の面々がやはり困惑した顔でざわめいている。また、嫌な予感がした。
「殿下、団長と何を話したのですか?」
クラウスが慌てた様子でロザリンデの元に駆け寄ってくる。彼も明らかに動揺している。震える口で、クラウスが言った。
「団長が、私に『騎士団を頼む』って……」
「!」
コンラートが目の前から消えてしまう。ロザリンデは周りが驚いているのも構わずに、廊下を駆け抜け、息を切らしながら騎士団詰所の門を飛び出した。
「ペーター! コンラートは!?」
「え? 団長ですか? 朝以来お見掛けしていませんよ?」
一緒に門まで来ていたクラウスが背後で舌打ちする。
「代々団長にだけ伝えられている、王城内の国王陛下の元まで繋がる秘密の通路があるらしいのです。有事の時にすぐに駆け付けられるように。団長室から出て、門に来ていない、我々も廊下を歩いていた後の姿は見ていない。ならば、恐らくその通路を使ったのだと」
「何のために!?」
怒りと焦りと混乱で半ば金切声のようになってしまう。訳が分からない。こんな意味の分からないことは初めてだ。考えても考えても正解に繋がらない。
「姫様」
肩に手を置かれる。目の前に、同じように息を切らして肩を上下に揺らすセラフィーナがいた。
「ゆっくり、息を吐いて」
「セラ……」
「いいから、私の言う通りにしなさい。息を吐ききったら、ゆっくりと息を吸い込んで」
そんな場合ではないのに、セラの真剣な目が逃がしてくれそうになかった。ロザリンデは乳姉妹の言を聞き入れた。
「そうです。落ち着きましたか?」
こくりと頷くと、セラフィーナは柔らかく笑んだ。
「今は考えても分かりません。とにかく落ち着いて情報を待つのです。姫様ならば、それからでも間に合います」
そうだ。狼狽えていても仕方ない。コンラートがその秘密の通路を使ってアルベルトの元に行ったのであれば、アルベルトが何らかの情報をくれるはずだ。
「ありがとう、セラ。視野が狭まっていた」
礼を伝えると、自称ロザリンデの姉であるセラフィーナは困ったように肩をすくめて見せた。
「お気づきではないのでしょうが、姫様もアイゼンベルク様が絡むとポンコツになりますのよ。だからこそ九年間、私はあえて姫様にアイゼンベルク様のことをお伝えいたしませんでした」
「……」
「でも、今の姫様にはお伝えいたします。とても……えぇ、とても面白くありませんけれど、アイゼンベルク様にも姫様が必要です。姫様にもね」
そう言ってから、セラフィーナはロザリンデの背を押した。
「陛下にお目通りを願い出ましょう」




