第10話 告白
コンラートの様子がおかしい。
泣きそうな顔で門番の少年騎士に言われたロザリンデが騎士団詰所に足を踏み入れると、屋内にいる騎士全員の表情までもが、おかしくなっていた。困っているような、笑いだしそうな、心配そうな――。
「クラウス様!」
見知った顔を見つけ出し、ロザリンデが名を呼ぶ。眼鏡の騎士がこちらの姿を目視すると同時に、はぁぁぁっっと顔に手を押し当て、長すぎるため息をこれ見よがしに吐いて見せた。
「来てしまわれたのですね、今日も……」
いつもの嫌味ではなく、本気で拒否されている。クラウスにも余裕がないということだ。それだけ騎士団内が異常状態だということなのか、とロザリンデは更に不安に襲われた。
「アイゼンベルク様、姫様に関することで何かありましたのね?」
自信たっぷりに言い放ったのは、セラフィーナだった。
「セラ? どういうこと?」
「先ほど私が姫様に申し上げかけたことですよ。アイゼンベルク様が姫様の護衛騎士を離れてから五年間、こんなご様子でした」
困惑している人々の中で、セラフィーナひとりが落ち着いている。
「そんな話、聞いたことないけれど?」
「お聞かせしませんでしたからね」
セラフィーナは、胸を張った。
「セラフィーナ様、どういうことですか?」
エルナも興味深々に尋ねたけれど、答えたのは嫌味眼鏡男だった。
「団長は、ロザリンデ殿下が全てだ。だからこそ、殿下のことを考えないように意識すれば意識するほどに仕事にのめり込む。その結果、昇進して騎士団長にまで駆け上った」
「「え?」」
ロザリンデとエルナの素っ頓狂な声が揃った。
「え? あたしが知ってる普段の団長って――。え? あれで殿下のことばかり考えていないつもりだったんですか?」
エルナのまん丸なくりくりした大きな目が零れ落ちそうである。
「常に殿下の居場所を把握していらっしゃって、傍に控えているわけでもないのに、殿下に不審者が近づこうとしたらどこからか現れて、殿下に近づく前に取り押さえるっていうあの状態で?」
エルナの声に、クラウスが眼鏡を押し上げながら頷いた。
「そうだ、あれが抑えている状態での通常運転だ。あの状態に落ち着くまでですら五年かかったからな」
ロザリンデは驚きすぎて、先ほどから何の口も挟めなかった。それは……それではまるで……。
「コンラートは私のことを九年前からずっと好きだったということか!?」
騎士も大勢いる、クラウスもいる前で、ロザリンデの対外用数十匹の猫の毛皮が滑り落ちた瞬間であった。
「……そして、それをコンラート以外の騎士団ほぼ全ての人間が知っていた……と?」
エルナ、セラフィーナ、クラウス、そして動揺の渦中にいるロザリンデを囲んでいた騎士団の面々が、ほぼ全て同時に頷いた。
一気にロザリンデの頬が熱を持ち始める。こんなことは初めてだ。何故か目元までが熱い。視界がにじみそうになる。
「姫様。アイゼンベルク様にお会いなさいませ」
セラフィーナが真っ直ぐにロザリンデの瞳を見つめ、両手を強く握った。
「アイゼンベルク様のこの状況も、姫様のそのお気持ちも、会って話をしなければ、何も動きませんよ」
その温かさと強さに背中を押されるようにロザリンデは頷くと、団長室の扉をノックもせずにいきなり音を立てて開け放った。
「!?」
驚いたように扉に顔を向けたコンラートの顔を見て、ロザリンデも心臓がドクン、と大きく音を立てた。
彼の顔色が、幽鬼のごとく青白かった。目の下のクマもひどい。昨日の今日で一体何があったというのだろうか。
慌ててコンラートの傍に走り寄る。背後で扉の閉まる音がした。セラフィーナか誰かが閉めてくれたのだろう。
気遣いに感謝しながら、ロザリンデは椅子に座ったまま固まっているコンラートの顔を真正面から見つめたが、視線は逸らされる。
「何があった、コンラート」
「……な、何も……あり……ありません」
「嘘だな」
ロザリンデは即刻切り捨てた。
「お前はな、コンラート。嘘を吐くとき言葉が詰まるんだ」
「……」
「本当に一体何があった? ひどい顔色をしている。騎士団の皆も心配している。もちろん私もだ」
「……言えません」
「コンラート……」
まだ目を合わせようとしないコンラートに、ロザリンデは低く尋ねた。
「お前は……私のことが好きなのか?」
「!?」
目を合わせないまま、コンラートの身体がびくりと大きく揺れた。
「私はお前が好きだ。共に生きたい相手はコンラートだけだ。即位式の日から、ずっとそう言っている」
「……りませんよ」
「なんだ?」
「殿下が俺を好きになる理由など、どこにもありません」
この期に及んで、この返答。ロザリンデはゆっくりと息を吐ききった。それから、心の奥底で大事に、本当に大事にしてきた言葉を、何度も思い返しては自身の核としていた言葉を口にする。
「姫様も走ればいいじゃないですか」
「?」
コンラートが弾かれたようにロザリンデを見た。やっと目が合ったことが嬉しくて、ロザリンデは柔らかく微笑んで見せた。
「お前は何の気無しに言ったんだろうな。覚えてない、と九年前に言っていた」
しかしロザリンデは、はっきりと鮮やかに覚えている。
五歳の頃、中庭の緑と咲き誇った色とりどりの花が、見る者の目を楽しませていた季節、幼い弟が歓声を上げて侍従たちと楽しく駆け回っているのを、ロザリンデは侍女が持つ日傘の下から眺めていたのだ。
「お前が私の護衛騎士になったばかりの頃、庭を駆け回るアルを見て私は『羨ましい』と零したんだ。王女はおしとやかにおとなしく控えめに、そして常に笑顔でいなければならない。そう思い込んでいたからな。それをお前はあっさりと踏み潰した」
「……それは申し訳あり……」
「感謝している」
「え……」
「その一言で、今の私がいるんだ。お前の一言がなければ、今の私はいない。そして今の私を、私は存外嫌いではない」
ロザリンデは続ける。
「だから、お前が嫌でなければ、共に生きて欲しい。コンラート」
椅子に座ったままロザリンデの顔を見上げるコンラートの瞳が、ひどく揺れていた。




