エピローグ『宝石血液の記憶・鐘』
ラピスの姿が消える間際に、あるいは宿が燃え落ちる瞬間に書き留められたであろう文字が、月光に照らされて静かに呼吸していた。
「……(ふぅ……)。……○月○日。……記録。……氷晶の止まり木……、……本日をもって……、……臨時休業……」
『かつて……ここには……、……孤独な……氷の粒しか……なかった……。
けれど……泥だらけの太陽が……連れてきた……熱気は……、……私の……止まり木を……永遠に変えてしまったわ……。
剣士、シーフ、聖女、王女、錬金術師……。 ……この生活は、……ひどく……脆く、……愛おしい……欠落の集合体……。
バラバラな……宝石たちが……、……一つの……輝きに……なり始めた……。
たとえ……私が……すべてを……忘れてしまったとしても……。300年後にも……、……この鐘の音が……届くように……。』
――日記の最終ページには、震える文字で、けれど丁寧に綴られた仲間のための「ラベル」が挟まれている。
「……(ふぅ……)」
……記録。……氷晶の止まり木は、……これより……長い冬休みに……入ります。……記憶が、……薄れてしまう前に……書き留めておきます。
……朝焼けのスープを作る……泥だらけの太陽。……機能美を纏い、……静寂を護る……剣士。
……傷ついた命に……寄り添う……翡翠の瞳。……呪いの熱を、産毛の温もりに変えた……王女。
……そして、……それを見つめる……冷徹な鑑定眼。
……貴女たちの……立てる……下手くそな洗濯板の音が、……私の……一番の……宝物でした。
……私は……この物語の……「結末」を……書き記す場所へ……一足先に……向かいます。
……もし、……道に迷ったら、……このラベルを……手繰り寄せて。
そして日記の最後には、一際鮮やかなサファイア色のインクで、こう記されていた。それは「さよなら」ではなく、彼女たちを未来へ繋ぎ止める楔だった。
『……次のラベルは……、……『世界を救う旅』……。
……ふふ、……随分と……大仰な、……タイトルね……。
……でも、……その栞に……書かれた言葉は……きっと……』
『……『再会の約束』……。
……(ふぅ……)。……おやすみなさい。……良い、旅を……。』
日記を閉じたサーヤの頭上で、遠くミストラルの街から、朝を告げる鐘が響き渡った。
南の森。見知らぬ空を見上げるサーヤとルルナ、そしてピピ。
北の荒野。凍てつく風の中で足を止めるドラクロワ、ノクス、ルナリス。
街は焼かれ、宿は消え、道は二つに分かたれた。
けれど、あの鐘の音だけは、ラピスの祈りのように雪原を越えて、離れ離れになった彼女たちのもとへ等しく降り注いでいる。
泥だらけの太陽が、涙を拭って前を向く。
これは、宝石血液を巡る「5人と1匹」の、新しい歩幅の始まりの記録。




