表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/51

Record: 46 『分たれる道、二つの記録』

 「……ルルナ、……ピピを……温めて……あげて……」


ラピスが、掠れた声で告げた。彼女の胸元には、一冊の日記帳だけが、煤に汚れながらも固く抱きしめられている。


宿の崩壊は、もはや止めようがなかった。天井が落ち、床が抜け、物理法則を無視した影の浸食が、五人の足元まで迫っている。


「……店主さん、……逃げましょう! まだ間に合います!」


サーヤが叫び、ラピスに手を伸ばす。だが、ラピスはその手を握り返さなかった。代わりに、彼女のサファイア色の瞳が、悲しげに、けれど確かな意志を持って五人を見回した。


「……いいえ。……ここで……物語を……分けるわ……」


「……わける……?」


ラピスが、最後の魔力を万年筆に込める。インク瓶が砕け、青い液体が空中に魔法陣を描き出した。それは防御壁ではない。空間そのものを書き換える、大規模な「編集エディット」の術式。


「……重すぎる……カルマを背負う者たちは……北へ……。……その……呪いを……解くために……」


青い光の帯が、重傷のノクス、腕が暴走するドラクロワ、そして彼女たちを支えるルナリスを包み込む。


「……なっ!? 店主、何を……!」

ルナリスが叫ぶが、光の拘束は解けない。


「……そして……。……希望を……繋ぐ者たちは……南へ……。……その……優しさで……世界を……照らすために……」


別の光の帯が、サーヤとルルナ、そしてピピを優しく包み込んだ。


「待って! 嫌だよ! みんな一緒じゃなきゃ……!」

「ドラクロワ様! ノクス様! 離れないで!」


サーヤとルルナが必死に手を伸ばす。

光の中で、ドラクロワが涙を流しながら叫んだ。


「……生きなさい! サーヤ、ルルナ! ……必ず、……必ず迎えに行きますわ!!」


「……錆びさせるなよ、小娘……ッ!」

ノクスが、腰の認識票を引きちぎり、サーヤの方へと投げた。


「……バグだらけの家族ね……。……死んだら承知しないわよ……!」

ルナリスが、最後の悪態をついて顔を覆う。


「……さようなら。……私の……愛しい……登場人物たち……」


ラピスが、万年筆を折った。その瞬間、宿屋『氷晶の止まり木』は、まばゆい青色の閃光となって爆縮した。


視界が白く染まる。

伸ばした指先が、虚空を掴む。

あんなに賑やかだった食卓の音が、スープの匂いが、遠ざかっていく。


***


「……っ、はぁ、はぁっ!!」


サーヤが目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。頭上には、見たこともない星座が輝いている。手の中には、ノクスから投げ渡された、冷たい金属の認識票。そして足元には、煤けたラピスの日記帳が一冊だけ、ぽつんと落ちていた。


「……ししょー? ……ドラ子ちゃん? ……ルナリスさん?」


呼びかけても、返事はない。ただ、森の静寂と、隣で気絶しているルルナとピピの寝息だけが聞こえる。


宿は消えた。仲間は引き裂かれた。

けれど、日記の表紙に貼られた付箋には、ラピスの震える文字でこう記されていた。


『……物語は、……続くわ。……また……ページが……重なる……その日まで……』


泥だらけの太陽サーヤは、涙を拭い、強く空を見上げた。

終わらせない。

たとえ離れ離れになっても、この空の下で、必ずまた「いただきます」を言うために。


宝石血液を巡る彼女たちの旅は、ここから二つの道へと分かれ、そして本当の物語が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ