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300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

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Record: 38『雛鳥』

 木漏れ日が揺れる宿の裏庭。そこを、二人の少女が不揃いな足取りで歩いていた。一人は、翠玉の瞳を輝かせながら足元の野花を眺める、心優しい「お姉さん」役のルルナ。そしてもう一人は、マントを羽織り、どこかぎこちない足取りで歩く「お母様」役のドラクロワだ。


「……もう、歩きにくいったらありませんわ。ルルナ、少しは注意してくださる?」


 ドラクロワが困ったように眉をひそめる。彼女の歩調に合わせて、マントの裾が「ポコポコ」と不自然な動きを見せていた。やがて、マントの裏側から小さな頭がひょこっと覗く。長く優雅なまつ毛をパチパチと瞬かせ、金色の瞳を輝かせる。その頭のてっぺんには、まるで王冠のような形をした、愛らしい「飾り羽」がちょこんと揺れていた。


 数日前に殻を破ったばかりの、瑞鳥の雛――ピピだ。その気品ある目元に似合わぬ、もふもふとした産毛の塊が、元気よくマントを押し広げる。


「ピィ!」


 「あらあら、ピピちゃん。お母様のマントの中が、そんなに心地いいの?」


 ルルナがクスクスと笑うと、ドラクロワは頬を赤く染めて顔を背けた。

 「お、お母様と呼ぶのはおやめなさい! 私はただ、この子が寒くないようにと……あ、こら! 爪を立ててはいけませんわ。このマントは、……あぁっ、もう!」


 マントの中で「トコトコ」と足踏みをして暴れる雛に振り回され、ドラクロワはよろよろと足をつく。  しかし、その直後。彼女の表情が不意に、苦痛に歪んだ。


「……くっ……あ、ぁ……」


 血管を内側から焼き焦がすような熱――『三連の刻印』の残響。魔法を使ったわけでもないのに、呪いのようにその痛みは定期的に彼女を襲う。ドラクロワが膝をつき、肩を震わせると、ルルナが血相を変えて駆け寄った。


「ドラクロワ様! また、あのお痛みが……!」


 冷や汗を流し、激闘の余韻に耐えるドラクロワ。その時、マントの中にいたピピが、弾かれたように外へ飛び出した。  ピピはドラクロワの膝元で心配そうに、「ピィ……ピィ……」と切なげな声を上げて鳴き続ける。そして、必死に背伸びをして、彼女の震える頬を「ペロリ」と、小さな舌で舐めた。


「ピィ、ピィ!」(お母さん、痛いの? 大丈夫?)


 涙ぐんでいるような金色の瞳で見つめられ、一生懸命に元気づけようとする小さな温もり。  ドラクロワは荒い息をつきながら、そっと震える手で雛の頭をなでた。


「……ふふ。おやめなさい……。貴方の唾液で、顔がベタベタになってしまいますわ……」


 毒づきながらも、その口元には微かな笑みが浮かぶ。 雛の柔らかな産毛に触れている間だけ、血管を焼く灼熱が、不思議と凪いでいくような気がした。


「……本当に、貴女たちは……放っておけませんわね」


 ドラクロワは、ルルナに肩を貸してもらいながら立ち上がる。  そのマントの裾には、再び「お母さん」の場所を求めて潜り込んだ雛の、小さくて温かな重みが宿っていた。

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