表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/51

Record: 36『小さな主役』

 激闘と、そして奇跡的な出会いを経て、五人と一匹はミストラルの宿屋『氷晶の止まり木』へと帰り着いた。


「……あら。……お帰りなさい……。……(ふぅ……)」  店主ラピスの白い吐息が、冷えた空気の中で静かに揺れる。  彼女は、ドラクロワのマントから顔を出した「小さな黄金の瞳」をじっと見つめ、無言のまま一枚の付箋を生まれたての小さな毛玉――ピピの頭にそっと載せた。そこには――『新米宿泊客:鳴き声注意』と書かれていた。


「……宿泊客ですって!? ラピスさん、この子はわたくしの……あ、いえ、わたくしたちが保護した……」  ドラクロワが顔を真っ赤にして言い淀む。その足元では、ピピが「ピィ!」と元気よく鳴き、ラピスのスカートの裾を食んで遊び始めた。


「……(ふぅ……)。……元気な……お客さんね。……洗濯物が……増えるわ……」  ラピスは、記憶が薄れないうちに『孵化予定:命の重み』という古いラベルを剥がし、新しく『ピピ:散歩当番・ドラクロワ』という付箋をカウンターに貼り直した。


 その日の晩、食堂のテーブルには、サーヤが腕を振るった「お肉たっぷりのシチュー」が並んだ。 「お待たせしました! ピピちゃんの分は、細かく刻んで冷ましてありますよ!」  サーヤがモップをフライパンに持ち替え、看板娘としての反射神経で、飛び跳ねるピピを軽やかにあやす。


「……機能的に育てねばな。野生を忘れては、この過酷な世界は生き残れん」  ノクスが、愛刀を拭く手を止め、おもむろにシチューの肉を一切れつまみ上げた。彼女はそれを宙に放り投げる。ピピは「ピィ!」と空中で見事にキャッチしてみせた。 「……悪くない。……処刑者の間合い、とまではいかないがな」  「ししょー、それ特訓のつもりなの!?」と笑うサーヤの横で、ノクスは満足げに、しかしどこか誇らしげに喉を鳴らした。


 一方、ルナリスは食卓の端で、ピピの排泄物の色や呼吸音を熱心に記録していた。 「……汚染された卵だったから、後遺症が心配だったけれど。……今のところ、血液の循環は極めて健全ね。ドラ子の熱による『孵化の最適化』が功を奏したのかしら」 「……さらりとドラ子と呼ぶのはおやめなさい、ルナリス。……でも、……この子の体調が安定しているなら、それは、わたくしの『熱』にも価値があったということかしら」  ドラクロワが、ルナリスにだけ聞こえるような小さな声で問う。ルナリスは一瞬だけ筆を止め、皮肉めいた笑みを浮かべた。 「……さあね。ただの効率的な暖房器具だった可能性も捨てきれないけれど。……でも、少なくともこの子は、貴女の隣で一番よく眠るようね」


 その言葉通り、食後、暖炉の前でウトウトし始めたピピは、誰に教わるでもなくドラクロワのマントの中に、当然のような顔をして潜り込んでいった。


「……本当に、皆様も……この子も……。馬鹿な人たちですわね……」  ドラクロワは、自身の右腕に刻まれた呪いの熱が、今だけは心地よい重みと共に、小さな産毛の温度と混ざり合うのを感じていた。


 その時。 ピピの頭の羽毛をピンセットで観察していたルナリスが、不意にトパーズ色の瞳を鋭く細め、息を呑んだ。


「……待って。……嘘でしょ」


 彼女は慌てて懐から分厚い図鑑を取り出し、荒々しくページをめくる。指が止まったのは、古いインクで描かれた『絶滅危惧種』の項だった。


「……骨格の形状、特徴的な歩行音、そして何よりこの『王冠状の飾り羽』……。間違いないわ」


 ルナリスは、信じられないものを見る目で、ドラクロワの膝で丸まる毛玉を見下ろした。


「ドラ子。あんた、とんでもない『拾い物』をしたわね。……こいつ、ただの変異種じゃないわ。学名『トコトコ冠鳥カンムリ』……古の時代より王家の使いとして愛された、幻の瑞鳥ずいちょうよ」


「……えっ? トコトコ……なんですって?」  間の抜けた響きに、サーヤがスープを吹き出しそうになる。


「トコトコ冠鳥よ。地面をトコトコと歩く姿と、感情に合わせて開く冠羽が特徴の、超希少生物。……市場に出せば、城が一つ買える値段がつくわね」


 「城が……一つ……!?」    その言葉に、全員の動きが止まった。  ドラクロワは、自分の膝の上ですやすやと眠る「城一つ分の重み」に硬直し、サーヤは「こ、この子が……お城……?」と口を開け、ノクスさえも「……ほう。見かけによらん」と眉を上げた。


 だが、ドラクロワはすぐに気を取り直すと、フンと鼻を鳴らし、これ以上ないほどの「ドヤ顔」で髪を払った。


「……あら、当然ですわ。わたくしという高貴な存在が育てるのですもの。この子が『王冠』を持つ鳥であることなど、出会った瞬間から見抜いておりましてよ?」


「……嘘おっしゃい。さっきまで『変な歩き方のヒヨコ』って呼んでたじゃない」  ルナリスの冷ややかなツッコミも、今のドラクロワには届かない。彼女は勝ち誇ったように、マントの中の「小さな王様」を優しく抱きしめ直した。


「いいえ。この子はピピ。……城よりも、国よりも価値のある……わたくしたちの『家族』ですわ」


『……○月○日。……小さな主役。 ……城一つ分の……、……賑やかな……お客様。……おやすみなさい、……小さな王様を……抱きしめる……誇り高きお母様。 ……明日の朝には……、……その……重いマントも、…… ……もう少しだけ……誇らしく……感じられるはずよ……』


 その夜。  宿のカウンターには、ラピスの手によって新しいラベルが追加された。  『トコトコ冠鳥ピピ:非売品』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ