Record: 35 『命を刻む鼓動』
ギルドの規定では、汚染された害獣の卵は即座に処分される決まりだ。
「そんなの絶対ダメだよ!」
サーヤの叫びに、ルナリスが事務的に「効率を考えなさい」と口を開こうとした時、それを遮ったのはドラクロワの凛とした声だった。
「……その卵、私が買い取りますわ。文句はありませんわね?」
帰り道、夜の冷気が泥に濡れた体に突き刺さる。ルルナは白くなった指先で、必死に体温を卵へ分け与えようとしていた。震えながら自分の薄いマントを被せようとする彼女を見て、ドラクロワは鼻で笑うように、けれどどこか苦しげに言い放った。
「勘違いしないでくださいませ、ルルナ。……ただ、これ以上貴女に泣かれると、私の耳に障るだけですわ」
そう毒づきながら、ドラクロワは深い溜息と共に自身のマントを大きく広げた。震えるルルナと彼女が抱く卵を、抗う間もなく自分の腕の中へと引き寄せ、その背中から丸ごと包み込む。
ドラクロワが意識を集中させると、肌がじわりと熱を帯び始めた。 『三連の刻印』。普段は彼女の血管を焼き、命を削る忌まわしき呪いの熱。それを魔法として解き放つのではなく、内側に留め、皮膚を通して「温もり」として伝えていく。
「……熱い、ですわ。私の体は。……嫌ではないのですか、ルルナ」
「いいえ。……とっても、お日様みたいで……安心します」
その言葉に、ドラクロワの腕に力がこもった。 やがて、二人の間に挟まれた翠玉の斑点を持つ卵の中から、コン、と小さな、けれど確かな衝撃がドラクロワの腹部に伝わった。 「! ……今、動きましたわ」
「ふふ、挨拶したんですよ。お母様、温めてくれてありがとうって」
「ま、またお母様などと……! 私はただ、寒さに耐えかねて、効率的な暖の取り方を模索しているだけですわ!」
顔を真っ赤にして言い返すドラクロワ。けれど、内側から自分を焼く「死の熱」が、今、卵の殻の向こう側にいる「生の鼓動」と共鳴している。
(……この熱にも、意味がありましたのね)
宿に辿り着き、重い扉を開けると、そこには白い吐息を漏らす店主がいた。 「……あら。……賑やかな……命が……増えるのね……。……忘れないように、……ラベルを……作っておかなくては……(ふぅ……)」
ラピスは、記憶が薄れないうちに『孵化予定:命の重み』と書いた付箋を、カウンターの端にそっと貼り付けた。




