Record: 33『残飯処理』
ギルド『霧の天秤』の掲示板の隅で、その依頼書は長いこと放置されていた。
『求:霧外れ農園の「影」退治。条件:五人以上の編制、かつ治癒術師必携。報奨:銅貨50枚(一括払)』
「……五人で分けて一人10枚。おまけにヒーラーを拘束して、内容も不明。効率が悪すぎて、誰も手を付けないわね」
ルナリスはその紙面をなぞった。他の冒険者たちはその条件を見るなり、鼻で笑って通り過ぎていく。だが、ルナリスの瞳は、依頼書に添えられた震えるような追記――『家畜が、傷もないのに動かなくなる。解体しても血が出ず、肉が石膏のようにボロボロと崩れる』という一文を冷徹に見抜いていた。
(……壊死でも、疫病でもない。……まるで、生物としての構成定義が欠落しているような……)
指先に走る、得体の知れない悪寒。ルナリスは眉をひそめ、その依頼書を剥ぎ取った。
宿へ戻り、ルナリスがその依頼書をテーブルに放り出した時、止まり木の面々はそれぞれの「日常」の真っ最中だった。
「やろうよ、みんな!」 サーヤがエプロンを外しながら身を乗り出した。 「農家のおじさんが困ってるんでしょ? それに、お肉や野菜の卸値、安くしてくれるかもしれないし。ね、ドラ子ちゃん、ルルちゃん!」
「……わたくしは……ルルナが行くなら、わたくしも行きますわ。足元を照らす者(魔術師)がいなければ、不便でしょう?」
翌朝、出発前の裏庭。 ドラクロワが、サーヤの背負った獲物を訝しげに見つめた。それは使い込まれた樫の木の棒で、武器と呼ぶにはあまりに素っ気ない。 「……サーヤ。貴女、本気でその『棒切れ』で行くつもりなんですの? 剣や槍なら、まだギルドに予備があるでしょうに」
「えへへ、これね、手に馴染むんだ。……それに、ししょー、私にまだ『剣』は持たせてくれないしね。 振るうだけの筋力も、命を奪う覚悟も、今の小娘には足りない……んだって!」 サーヤはノクスの口真似をして笑いながら、棒を軽く回してみせた。 「でもこれなら、毎日モップや箒を使ってるから、重心の動かし方はバッチリだよ!それにこれ、便利だよ! 荷物も吊るせるし、杖にもなるし。しっかり働いてくれるもん」
「……っ、貴女という人は……。戦場を何だと思っているのです……」 呆れるドラクロワを余所に、ノクスが音もなくサーヤの横に立った。
「……棒は、あらゆる武器の基本だ。刃がないからと侮るな。その一撃は骨を砕き、その長さは敵の戦意を削ぐ」 ノクスは、自分の愛刀の柄を軽く叩き、言葉を続けた。 「地味に見えて、実は技術さえあれば、剣さえも圧倒できる。ポテンシャルの高さだけで言えば、あらゆる兵装の中でも頂点の一つだ。……その獲物を、ただの『掃除道具』にするか、『誰かを守るための術』にするか。……お前の、足捌き次第だ」
「……了解です、ししょー!」
朝日が霧を払い始める中、ルナリスが呆れたように「……能書きは十分かしら? 行くわよ、私の大事な『歩くサンプル採取機』たち」と声をかける。 五人のバラバラな足音が、冷たい土を強く踏みしめた。 英雄譚と呼ぶにはあまりに泥臭く、けれど「生活」を守るための、確かな一歩だった。




