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300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

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34/51

Record: 30『バグたちの生存戦略』

 翌朝のリビング。  窓から差し込む冬の柔らかな光とは裏腹に、食卓には妙な緊張感が漂っていた。


「……あの、サーヤさん。ご相談があるのですが」ルルナが、スープを運んできたサーヤを上目遣いで見つめた。その瞳は、いつになく真剣だ。 「ん? なあにルルちゃん。おかわり?」 「いえ……。あの、喉笛を……効率よく撃ち抜く方法を、教えていただきたくて」


「ぶっ、ごほっ、げほっ!!?」サーヤは口に含んだばかりのパンを派手に吹き出した。

「え、えええええ!? ル、ルルちゃん、今なんて!? 喉笛……? えっ、誰の!?」 「ルナリス様に、言われたのです。祈るだけでは『的』になるから、護身術くらい身につけろと……。私、サーヤさんが毎日訓練所に通って、スリングを練習しているのを知っています。……あの、正確に『急所』だけを狙う迷いのない技術……。私にも、教えていただけないでしょうか」


 サーヤは、よろよろと椅子に座り直した。自分の隠れた努力を「迷いのない技術」と肯定された気恥ずかしさと、相談内容の物騒さで頭が追いつかない。 「ルナリスさんのバカ……ルルちゃんに何を吹き込んでるの……」  額を押さえて溜息をつく。だが、震えるルルナの指先が、昨夜の恐怖を物語っていた。 「……分かった。分かったから、そんな怖い顔しないで。……今日もこれから行くから、一緒に行こうか」


 ミストラルの冒険者ギルド。汗と鉄錆、そして使い古された木人ダミーの匂いが染み付いた訓練場。サーヤは手慣れた手つきでスリングを振り回した。


「いい? ルルナちゃん。これは『暴力』じゃないの」

 

 ヒュン、と空気を切り裂く異様な高音が鳴り響いた。  放たれた小石は、吸い込まれるように木人の喉元へと着弾――したかと思った瞬間、ドォン! という爆発音と共に、頑強な樫の木のダミーが内側から弾け飛んだ。貫通どころではない。木片が雨のように降り注ぎ、背後の石壁にまで深いひび割れを作っている。

 

「……ひっ」 「あはは、ちょっと力んじゃった。でも、こうやって遠くから狙えば、怖い人とも戦わなくて済むでしょ? 私たちが、みんなで一緒に帰るための『お守り』なんだよ」


 その破壊力を生み出しながら、本人は本気で「怖いから」と言っている。その事実にルルナが戦慄していた、その時。 「……甘いな。それでは獲物を逃がす。音を立てては意味がない」


 背後から響いた氷のような声。漆黒の外套を揺らし、ノクスが音もなく立っていた。彼女は床に転がっていた小さな石を一つ拾い上げると、握り拳の形を作った親指の爪の上に、その石を静かに置いた。


「……見ていろ。これが『必殺』だ」


 ノクスはスリングさえ使わない。親指を弾く、刹那の動作。  直後、パシュッ、という空気が爆ぜる小さな音だけがした。  木人の喉笛に当たる一点。そこには石がめり込んだ形跡すらない。ただ、直径数センチの「完全な空洞」が後ろまで貫通していた。衝撃で壊すのではなく、その一点の存在だけを世界から削り取ったような、静謐な破壊。

 

「……っ……!」  ルルナは息をすることさえ忘れた。サーヤの「破壊」はまだ理解できる。だが、ノクスの放ったそれは、理解を絶した「死」そのものだった。

  

「……音を消せ。衝撃を逃がすな。慈悲をかける隙を見せるな。……それができないなら、戦場に立つ資格はない」


 ノクスはそれだけ言い残すと、翻って去っていく。  残された二人は、ぽっかりと穴の空いた木人を前に、しばし立ち尽くした。

 

「……ねえ、ルルちゃん」 「……はい、サーヤさん」 「……今の、見えた?」 「いえ……。音がした時には、もう、穴が開いていました」


 サーヤは自分のスリングをまじまじと見つめ、力なく肩を落とした。 「……だよね。あんなの、指の力だけで音速超えてるもん。真似しようとしたら、私、指が消し飛んじゃうよぉ……」 「……。……ノクス様は、次元が違いますね……」


 ルルナも、自分が持っている訓練用ロッドを見つめて溜息をついた。 「あんな風に、空気そのものを撃ち抜くなんて、私には一生かかっても無理です……」

 

「……うん。でも、いいの。ししょーは、『特別』だから」  サーヤは気を取り直したように、ルルナの肩をぽんと叩いた。 「私たちは、私たちのやり方でいこう? 私は派手に壊して足止めする。ルルちゃんは、その隙を突いて『点』を狙う。……それで、十分だよ。ね?」 「……。……はい! 私、頑張ります。皆さんと、一緒に帰るために」


「「……でも、やっぱり……ししょー(ノクス様)、怖すぎだよぉ……」」 

 

 情けない声を出しながらも、二人は再び木人に向き合った。

 その様子を、ギルドの二階から見下ろしている影があった。  ルナリスは窓辺で鼻を鳴らし、手元の図面を睨みつける。


「……フン。あんな腰抜けのとび礫を教わって、生存率が0.1%でも上がると本気で思っているのかしら」

 

 毒づきながらも、彼女の机にはルルナの筋力に合わせて設計された「専用武器」の図面が広げられていた。至近距離まで詰められた際、その浄化の魔力を物理的な衝撃に変え、敵を確実に、かつ「慈悲深く」無力化するための、重厚な小槌。

 

「……。……せいぜい、これで自分の身くらい守りなさい。バカなバグなんだから」

 

 それは、世界に一つだけの『聖女の慈悲メルシー・マレット』。


 特訓を終え、ボロボロになって宿に帰る二人の声を、ルナリスは無言で聞き届けていた。

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