表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/51

Record: 25『赤いリボンと、黄色い約束』

 ルルナの細い指先が、サーヤの髪を丁寧に分ける。  耳より高い位置。左右対称に結い上げられた「赤」は、まるで春を待つ野うさぎの耳のように、サーヤの動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねた。

 

「……はい、できました。……とっても似合っていますよ、サーヤさん」 「わぁ……! ありがと、ルルちゃん! いつもより、リボンがしゃきっとしてる気がする!」

 

 サーヤが鏡の前で首を振ると、ツインテールが軽やかに揺れる。  ルルナは満足そうに微笑むと、膝の上に置いていた編みかけの毛糸――ドラクロワのために編んでいる、右腕を冷やさないためのサポーター――を丁寧に畳んだ。


「お礼に、と言ったらなんですけれど……。……これ、一緒に食べませんか?」


 ルルナがベッドの脇から取り出したのは、小さな紙包みだった。  そっと開くと、そこには不揃いだけれど、香ばしく焼き上げられた『ベリーのクッキー』が並んでいた。


「えっ! ルルちゃん、これ作ったの!?」 「はい。……皆さんが寝静まったあとに、一階のキッチンを少しだけお借りして。……サーヤさんが仕入れた、あの酸っぱい野苺をジャムにして混ぜてみたんです」

 

 二人は顔を見合わせ、声を潜めて笑った。  この宿には、鼻の利く『黒鉄の処刑者』もいれば、「不健康な間食」に目がない錬金術師、それに行儀作法を説き始めそうな「元」お姫様もいる。  見つかったら最後、せっかくの静かな時間が台無しになってしまう。

 

「……いただきます」


 サクッ、と。  小さな咀嚼音が、静かな部屋に響く。  口の中に広がるのは、バターの素朴な甘さと、摘みたての野苺の鮮烈な酸味。


「……おいしい。……ルルちゃん、すごい。私、煮込みは得意だけど、こんなに優しくて甘いものは作れないよ」 「ふふ。……編み物と同じなんです。一つひとつ、祈りを込めて形にするだけ。……甘いものは、心を柔らかくしてくれますから」


 ルルナは自分の分を小さく齧ると、翠玉の瞳を細めた。  ポニーテールの先が、嬉しそうに揺れる。

「……あのね、サーヤさん。……リボンを編んでいる時も、クッキーを焼いている時も、私、不思議と怖くないんです。……世界はまだ暗いけれど、私の指先だけは、温かいものを作っているんだって、思えるから」


 サーヤはクッキーを飲み込み、ルルナの少し冷たい手を、自分の温かい手で包み込んだ。


「……ルルちゃん。明日もまた、リボン結んでくれる?」 「……はい。喜んで。……その代わり、今夜――いえ、もう今日ですね。夕飯は、あの『黄色くて、ふわふわしたもの』がいいです」 「あはは、オムレツのこと? ルルちゃん、いつもそう言うよね」


「だって、名前で呼ぶのがもったいないくらい、温かくて……。……あれを食べると、心が日向ぼっこしてるみたいになれるんです」 「……っ、了解! 任せて!とびきり『ふわっふわ』なやつ、お皿に乗せてあげるからね!」

「……ふふ。楽しみにしていますね」

 

 窓の外では、ミストラルの霧が冷たく街を包み込んでいる。  けれど、小さな部屋の隅。  赤いリボンの少女と、翠の瞳の少女の間には、焼き立てのクッキーのような、甘くて温かな「日常」が確かに息づいていた。  二人の笑い声が、クッキーの粉と一緒にシーツの上にこぼれる。


「……しーっ、サーヤさん、声が大きいです」 「あ、ごめんごめん。……ねえ、ルルちゃん。そのふわふわしたのを作る時、隠し味にミルクも少し入れてもいい?」 「……はい。きっと、もっと優しくなりますね」


 窓の向こうの冷たい霧さえ、今は二人を包むカーテンのように見えた。 明日になればまた、重い武器を握り、泥にまみれる時間が来る。


 だからこそ、今、指先に残る温もりだけは。 二人は小さな秘密を抱きしめるようにして、静かに灯りを消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ