表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300年後も鐘の音を  作者: 琥珀 のえる
第1部:氷晶の宿と泥だらけの太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/51

Record: 20『戦利品の味』

『満潮の金貨亭』の夜は、まさに戦場だった。  だが、嵐のような喧騒が去った後、厨房には清々しい達成感が漂っていた。


「……たまげたな。あの忙しさを一人で捌ききるとは。おい、これは追加だ。あんたのおかげで今夜の売り上げは最高だよ。とっときな!」  汗だくになりながらも最後まで完璧に動いたサーヤに、店主が約束の銅貨10枚と、さらにもう一枚のチップをカウンターに置いた。

 だが、サーヤはそれをすぐには手に取らず、かつての看板娘時代に培った「最高の交渉」を仕掛けた。 「店主さん、ありがとう! でも……お金の代わりに、お願いがあるんです。厨房の隅にある『余り物の骨付き肉』とハーブを譲ってほしいの。……あと、30分だけ厨房を貸して!」


 店主は目を丸くした。だが、サーヤの真剣な瞳と、今夜の働きぶりに免じて豪快に笑った。 「ははっ、欲のないねえちゃん。勝手にしな! 火もまだ落ちてねえし、好きなだけ使いな!」


 サーヤはすぐさま厨房へ戻り、再びエプロンを締め直した。  手にしたのは、村のレシピ帳に記された、大切な「元気が出る」料理。


 ――数十分後。  クタクタになりながらも、温かい包みを抱えて宿へ戻ったサーヤを待っていたのは、中庭で月を背に刀を研ぐノクスだった。


「見てください、ししょー! 銅貨10枚と、店主さん直伝のチップ……じゃなくて、今の私の『本当の戦利品』です!」


 サーヤが宿のテーブルに広げたのは、良い香りを立ち昇らせる大量の包みだった。壁際で刀を研いでいたノクスは、手を止め、無言でその包みを見つめた。  サーヤから差し出されたのは、厚切りのパンに溢れんばかりの肉とハーブを挟んだ『ソルト・ジャンプ・サンド』だ。


 ノクスは相変わらず冷淡な表情のまま受け取る。だが、一口噛みしめた瞬間、その鋭い双眸がわずかに細められた。言葉はなくとも、熱い肉汁とパンの香ばしさを味わう喉の動きが、何よりの肯定だった。


「見てください、ラピスさん! 満潮の金貨亭の店主さんと交渉して、分けてもらったお肉のサンドイッチです。みんなで食べましょう!」


 サーヤが宿のテーブルに広げたのは、猛烈な熱気と香りを放つ『ソルト・ジャンプ』の包みだった。  帳簿を付けていたラピスが、万年筆を置き、少しだけ困ったように眉を下げた。

 

「……あら。……困った子ね。……こんなに……騒がしい匂いを持ち込んで。……(ふぅ……)」


 言葉の隙間から、白い吐息が漏れる。彼女は冷たく綺麗な指先で、汗の引かないサーヤの頬をそっと撫でた。

 

「……熱気は、……思考を濁らせるけれど……。……あなたが、……泥にまみれてまで……運んできたものなら……。……毒ではないのでしょうね……」


 ラピスは、丁寧にラベルを貼った自分用の木匙を手に取った。溢れんばかりの肉を、まるで壊れ物を分解するように少しずつ解すと、ゆっくりと口に運んだ。

 

「……ここは、お腹が空く場所。……あるいは、……家族のふりをする場所。……あなたの味は、……少し、……熱すぎるけれど……。……悪くないわ……」


 サファイア色の瞳が、温かな湯気にわずかに揺れる。彼女は忘れないように、包み紙の端に『サーヤがくれた、熱い戦利品』と、小さな付箋を貼った。

 

 「……よし! ルナリスさんの分も、ここに置いておきますね。あ、ししょー! 食べやすいように小さく切ったのもありますよ。はい、どうぞ!」

 ノクスは「……ふん」と呆れたように鼻を鳴らしたが、差し出された二つ目のサンドイッチへ伸ばされた手つきには、一切の迷いがなかった。

  

 そこへ、奥の部屋からルナリスが気だるげに姿を現した。 「……外まで下品な匂いが漂っているわ。毒の調合の邪魔よ」  文句を言いながらも、サーヤに「はい、ルナリスさんも!」と包みを押し付けられると、ルナリスは「……計算外のカロリーね」と毒づきながら、トパーズ色の瞳を揺らして肉を口にした。

 

「……ふん。これなら、あの二人がドブから戻った時の『気付け薬』くらいにはなるかしら」


 ルナリスの視線の先、宿の入り口、少し離れたランプの傍らには、まだ帰らぬ二人分の包みが置かれている。

 

「……ふふ。……あの二人が……戻った時に、……この熱気が……残っているかしら。……(ふぅ……)」


 ラピスは白い吐息を吐きながら、冷え切った宿の壁を少しだけ削り取るようなサーヤの笑い声を、静かに「記録」し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ