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汚されなかった花を、僕はまだ知らない  作者: Aro Aiura


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舞い散る花の中の運命

キースと並んで歩きながら、僕は何度も無意識に身なりを確認し、背筋を伸ばしていた。

胸の奥が落ち着かない。


「そんなに緊張するなよ、レオン。」


隣でキースが、いつもの穏やかな笑みを向けてくる。


「……わかってはいるんだけど。」


僕の緊張とはよそにキースはなんだか、嬉しそうだ。

そして、向こうからノアも僕らに気づき、近づいてきた。


「お、ちょうどいいところに。」


「レオン、これから会いに行くのか?」


出会い頭、僕の婚約者について尋ねる。


「うん。これから初めてのご対面ってわけだ。」


二人も、両親も、最近ニヤニヤしすぎじゃないかと思う。

正直いたたまれない。


「なんで、二人が嬉しそうなの?」


僕は、思わずぶっきらぼうに言葉を放つ。

それでも、二人はなんだか嬉しそうだ。


「レオンが、きっと気に入ると思うんだ。あの子――。」


ノアが漫勉の笑みで答えた。

元々、ノアは嘘をつけるタイプではない。


性格的にも隠し事ができずに、思ったことをすぐに口に出してしまうタイプだ。

そんなノアの言葉を制して、意味ありげな笑みを浮かべる。


「ノア、ネタバレが過ぎるぞ。

会ってからのお楽しみ、ってやつだ。」


「それもそうか。」


そう言うと、キースとノアがくすりと笑った。

僕は恥ずかしさもありつつ、親友たちからの期待もあり、胸を弾ませた。


――いよいよだ。


そう覚悟を決め、彼女が休んでいる会場の脇へと向かった。

姿が見え、一気に緊張が高鳴っていく。

再び手が身なりを確認してしまう。


いい加減覚悟を決めなくてはとその手を止める。

彼女から目を離せずに、何を話そうか。挨拶はどうしようかなどと考えていると。


ばさり、と重たい布が揺れた。


次の瞬間、カーテンの隙間から伸びた手が、目の前の彼女を突き飛ばした。


「――っ!」


思わず、倒れこむ彼女に手を伸ばし、初めて目が合った。


その瞬間――

世界が止まったかのような不思議な空間に入り込んだのを、今でも繊細に覚えている。


彼女の青い瞳が揺れ、さらりとした長い髪が靡いた。

衝突の影響で、花瓶が揺れ、ふわりと花粉と花弁が宙に舞い上がる。


光を受けてきらめく粉塵が、彼女の美しさを引き立てているようだ。


――綺麗だ。


状況も忘れて、そんなことを思ってしまった自分に、息をのむ。


次の瞬間、鈍い音とともに彼女の身体が床へと倒れ込んだ。


「何をしている!」


「まったく、みっともない!」


駆け寄ってきたのは、彼女の両親だった。

心配するどころか、苛立ちと怒りをむき出しにしている。


幼い頃会った時とは、印象がまるで違うなと思った。

周りの貴族たちも、彼女への侮蔑を口にする。


キースもノアも、その光景に言葉を失っていく。

たじろぐ二人を見て、逆に頭が冷静さを取り戻していく。


僕は――気づけば、身体が勝手に動いていた。


「大丈夫ですか。」


震える彼女の前に膝をつき、そっと濡れた頬にハンカチを添える。


彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから小さく頷いた。

よほど驚いたのだろう、指先が冷え切って、体が硬直している。


僕は彼女の肩を支え、ゆっくりと一緒に立ち上がる。


「待ってください! その娘は――」


彼女の父親がまた何か言おうとしている。

僕はその態度に冷ややかな視線を向ける。


「今は、叱責よりも休息が必要でしょう。」


自分の声が、驚くほど低く響く。

僕に気づいたのか、彼女の両親はそれ以上何も言わなかった。


そして、横目で、僕は“原因”を探す。

すると、彼女を突き飛ばした手の主は――なんと彼女の姿をしていた。

先ほども、姉を嘲笑するように広めていた彼女の片割れだ。


その表情は、悪意の笑みを浮かべていたが、僕の視線に気づいた瞬間、凍りつくように硬直する。


僕につられて、キースとノアも同じ人物を目にした。


「この場にいると、彼女も落ち着かないだろう。

外に出た方がいい……。」


キースに促され、外へと続くドアを向く。


「ああ。そうさせてもらうよ。」


ノアが使用人を呼び、花瓶を片付けさせる。


「こっちです。よろしくお願いします。」


空気が、静かに張り詰める。

二人の活躍で、花瓶は片付けられ、僕らは退出するのにだ。


そんな張り詰めた空気を一蹴したのは、さきほどまで声も出なかった彼女自身だった。

彼女はゆっくりと、汚れてしまったドレスの裾を整え、皆の前で深く、綺麗にお辞儀をした。


「……お騒がせして、申し訳ございません。」


声は静かで、震えはない。


どんな状況に置かれても、崩れない芯。

その姿は、痛いほど美しかった。


「……こちらへ。」


僕は自然と彼女の腕を取り、エスコートして、会場を後にする。

さきほどまでこちらを向いていた貴族たちも、元の社交へと戻っていく。

むしろ、彼女の両親だけが言葉を失っていた。

ヴァルツァー侯爵家から、どのように見られるのか気にしているのかもしれない。


会場を離れ、静かな回廊に出る。

王城の外へ続く通路に出ると、空気がひんやりと肌を撫でた。


外気に触れた彼女の肩が、わずかに震えた。

僕は着ていたコートを彼女に羽織らせる。


「いえ、大丈夫です。

コートが汚れてしまいます。」


彼女があわてて、返そうとする。

僕は彼女の手をつかみ、大きいけど袖を通してもらう。


「……震えています。このままでは風邪をひいてしまいますよ。」


「で、でも……」


まだ遠慮する彼女に、僕は笑顔を送る。

少しでも安心してほしい。


「袖を通す方が暖かいですよ。」


彼女は、僕のなすがままに袖を通す。


「……ありがとうございます……。」


彼女は何度も頭を下げる。

けれど、その瞳は、かすかに潤んでいた。


必死に瞬きを繰り返し、泣いていないふりをしている。

大丈夫だと、自分に言い聞かせるように。


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


僕は、立ち止まる。


そして、彼女の前に回り込み、そっと頬に触れた。

親指で、溜まりかけていた涙をぬぐう。


指先に伝わる温度が、ひどく儚い。


「あなたは、何も恥じることをしていません。」


言葉より先に、身体が動いていた。

彼女を、静かに抱き寄せる。


それ以降何も言わなかったのは、正直どう声をかけていいのかわからなかったからだ。


色々話したかったことがあった。

彼女に会うまで、どんなことを話したらいいのかと頭を悩ませていたのに、いざ目の前にすると何も浮かばなかった。


それにあんなことがあった後だ。

自分にはこの状況を覆せるような、気に聞いた一言も言えはしなかった。

無力な自分が歯がゆかった。


驚いたように息を呑む気配がしたが、拒まれることはなかった。


彼女の額が、僕の胸元に触れる。


小さく、かすかな嗚咽。


声を殺すように、肩がわずかに震え始める。


泣き声を上げないよう、必死に堪えているのが伝わってくる。


「……取り乱して、申し訳ありません……。」


彼女が落ち着きを取り戻した後、再び僕らは並んで歩き始める。

月に照らされた彼女は、綺麗に発色し、天使にも女神にも見える。


その美しさに見惚れていると、馬車までの短い道のりがやけにあっという間に感じられるほどだった。

御者に行く先を伝え、彼女を座席へと案内していく。


(……冷えている。首と腹部を温めないと。)


自分のコートの襟をたて、外からボタンをかけていく。

こんなときに、いつもの知識が役に立つなんて、なんだかな。


寒いのか、恥ずかしいのか、赤らめている彼女がより一層可愛らしい。

キース、ノア、二人が僕に気に入ると言っていた言葉を思い出して、思わず笑ってしまう。


「ふふっ……」


彼女は目線をさけていたのに、そんな僕の声をきいて、不思議にこちらを見ていた。

僕はいけないと持ち直し、そのまま笑顔で彼女を送り出す。


「今日は、無理をせず、ゆっくり休んでくださいね。」


「はい……。」


名残惜しいけど、それだけ伝えた。

彼女は何度も振り返り、そのたびに丁寧に頭を下げた。


でも、それでよかったのかもしれない。

僕は、彼女の家庭事情を何も知らない。

今、踏み込むべきではないと、本能的に感じていた。


馬車が見えなくなるまで見送った後、胸の奥に、はっきりとした確信が生まれる。


――出会いこそ衝撃的だったけれど。


僕が婚約するなら、きっと彼女しかいない。


彼女の家のことを調べよう。

そして、一刻も早く、正式に向き合う必要がある。


そう、強く思った。

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