静かに託す想い
※このストーリーは、キースの視線からお送りいたします。
レオンと別れた後、彼が自分の婚約者に会いに行くのを見送る。
本人は気づいていないが、勉強をしている時よりも目を輝かせているように見える。
レオンとの出会いは、僕が身体が弱かった幼少期に始まる。
誰も近づかなかった孤独な時間、必死に病気をなおそうとしてくれたのは、家族以外で彼と彼の父だけだ。
話し相手になり、タオルを替え、身の回りを気遣ってくれた――その優しさは、今でも鮮明に記憶に残っている。
元気になった僕には、すぐに別の友人ができ、婚約話が押し寄せる。
でも、医者の家系で育ち、ずっと孤独だったレオンのことが気がかりだった。
彼は幼いながらに父親の仕事を手伝い、勉強に明け暮れ、なかなか会うことができなかった。
そんな親友が、期待に胸を寄せる婚約者の存在が気になった。
僕もあたりを探していると、すぐに彼の婚約者に目が留まる。
絵姿よりも大きいが、間違いないだろう。
「はじめまして、ご令嬢。」
彼女は驚いた表情でこちらを見ていた。
「キース・アークレインと申します。」
大きな瞳を瞬かせ、ゆっくりとこちらに向き直り、丁寧にカテーシーを披露する。
「はじめまして、キース・アドリアン・アークレイン小侯爵様。
ロベルト・フォン・グレインフィールの娘、アリアと申します。」
僕はわざと爵位を省略したが、彼女は初めての社交界デビューのはずなのに、貴族名簿を覚えているようだった。まず、そのことに目を張った。
「グレインフィール伯爵家のお嬢さんでしたが、素晴らしい挨拶ですね。
とても本日がデビューとは思えません。」
「いえ、まだまだ付け焼き刃ですが……皆様を不快にさせないように取り組んでまいりました。」
(……謙虚な姿勢。会話もしっかりしている。)
思わず、心の中でそう評価してしまった。
だが、社交界という場所は“表向きだけ整っている人間”も多い。
レオンの大切な婚約者になるかもしれない相手だ。
少しくらい、試させてもらっても罰は当たらないだろう。
僕は、あえて柔らかい笑みを浮かべたまま、少しだけ意地の悪い質問を投げかけた。
「あなたのような魅力的な女性なら、きっと色んなご令息からアピールされるのではありませんか。
……どうです。今夜は僕にエスコートさせていただくというのは?」
近くで僕の顔を、遠慮なく他の令嬢が見ている。
顔を凝視されるのは好きじゃない。
でも、今はこの顔が少しは親友のために使えるかもしれない。
これぐらいで釣られるようなら、あいつに会わせることはできないと心の中で思う。
一瞬、彼女のまつ毛がわずかに揺れた。
だが、すぐに視線を伏せ、穏やかに微笑む。
「申し訳ございません。
大変素敵なご提案ですが……。」
彼女は言葉を詰まらせる。
「私には……幼い頃より決まった婚約者がおりますの。
せっかくのご厚意ではございますが……手を取るわけにはまいりませんわ。」
僕は、彼女の申し訳なさそうな態度に、逆に気まずい思いをするも、ほっと胸をなでおろしてしまう。
「婚約者が羨ましいですね。」
「かっ、からかわないでくださいませ。」
小さく肩をすくめる仕草まで、どこか不器用で、胸の奥がくすぐったくなった。
照れた時の反応がレオンにそっくりだ。
顔は赤らめており、緊張はしているものの、ゆったりと自分のペースで話していてマナーがいきわたっていると感じる。
取り繕った綺麗事ではなく、自分の軸を持っている。
思わず、僕は小さく息を吐いて笑ってしまった。
「……なるほど。
これは失礼しました。つい、意地の悪いことをしてしまいましたね。」
「えっ?どういうことですの?」
可愛らしい表情。
所作が洗練されていて、きっと色んなことを学んできたのだろう。
特別なことを話しているわけではないのに、会話が続いていく。
――早くレオンと会わせたいな。
そう、はっきり思えた。
きっと、あの不器用で真面目すぎる親友が出会ったら、最初は緊張で固まるだろう。
けれど、この柔らかさと芯の強さなら、ゆっくりと彼の心をほどいてくれるはずだ。
「いえ、こちらの話ですよ。」
思わず、ふっと笑みがこぼれる。
「?」
「……噂をすれば」
視線の先で、人混みを縫うようにしてこちらを探す見慣れた姿が目に入る。
落ち着きなく周囲を見渡しながら、必死に誰かを探している。
「失礼します。もう行かなくては。
また、後でお会いしましょう。」
そう言う、彼女はふっと優しく微笑んだ。
「貴重なお時間をありがとうございました……楽しみにしております。」
互いに軽く一礼を交わす。
最後まで完璧だ。
――ああ、これはきっと大丈夫だ。
胸の奥で、静かに確信が芽生えた。
立ち去り際、もう一度だけ彼女を振り返った。
どうか――
この優しい光が、孤独だった親友の心を、少しずつ満たしてくれますように。
そんな願いを胸に、僕はレオンのもとへと歩き出した。




