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汚されなかった花を、僕はまだ知らない  作者: Aro Aiura


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ただ一人に選ばれるために

翌日も、彼女と各所まわって、封鎖した感染源と周囲への影響を確認していく。


「ここですね。」


「そうですね。あなたの見解は正しかったようです。」


一ヵ所異臭を放っていた水源があったが、その場所を封鎖すると、翌日にもすぐに感染は落ち着き、患者の症状が軽くなっていた。

アリアと僕は一安心して、あとはこのことを父に報告するだけで、仕事は完了となった。


「今日は、ありがとうございます。」


この何日間は、僕にとっては感慨深いものになった。

懸念していたアリアの仕事に対する意欲も見れたし、関係を築くこともできた。

初めて任された父からの依頼をこなせたことも、充分な達成感を得た。


「こちらこそ。補佐どころか、助けていただいてばかりです。」


でも、仕事を完了した後、彼女との間に再び距離ができてしまった気がした。

元々が謙虚で、控えめな彼女。

この枷を取っ払う前に、仕事を終えてしまったのは、思っていた以上に誤算だった。


「そんなことはありません。」


彼女がつくってしまうその枷を、これから取り払うのは僕の役目だ。


離れようとするアリアの両手をとり、キスを落としていく。

感謝と共に、彼女にこの気持ちを伝えていく。


「アリアと一緒だと、とても心強いです。

それに……一生懸命取り組んでいる姿を見て、あなたをもっと知りたくなりました。」


「えぇっ――――?」


僕の真剣な言葉に、変わらず戸惑う彼女。

もうこの気持ちを伝えてもいいんじゃないかと覚悟を決める。


「アリア……僕は……」


緊張で心臓が高鳴り、神経が研ぎ澄まされていく。


互いの目を見つめあって、その時がようやく来たと言葉を続けようとする。


「あぁ――――」


二人して肩を上げ、驚いて声のする方に振り向く。


「お兄ちゃんたち、またイチャついてる。」


昨日の子供たちだ。


僕はショックを受けつつも、アリアと共に緊張が解けてしまった。

仕方ないと気持ちを切り替え、せっかくきてくれた子供たちの相手をした。


「アリア、念のため他の水源地も確認しにいきましょうか。」


「はい……。」


領地を周り、みんなで屋台のグルメを堪能したり、視察で訪れた他の封鎖地もまわっていった。

子供たちと一緒だと、さすがの彼女も警戒したりはしない。

しかし、告白しそびれたことが頭を悶々とさせる。


それにまだ彼女の笑顔を引き出せていない。

この視察中、彼女はときどき照れたり戸惑ったりはするものの、そのほとんどは悲しいような寂しいような暗い影を落としてしまう。


今日を過ぎれば視察は終わり、明日にも帰宅することになるだろう。


その間に、この距離を埋めなくてはいけないのに、なかなかそれが難しい。


僕も頭をひねって考える。

彼女の心を掴む方法を、両親と会話するときに見せるとびきりの笑顔を引き出す方法を――。


そんな中、突然子供たちが僕の袖を引っ張った。


「!!

ん?どうしたの?」


「ねえ!こっちきて!」


考え事をしてたからか、急に力強く引っ張られ、対応が遅れて倒れそうになる。


「ちょ、ちょっと待って――」


バランスを崩し、とっさに踏み出した足が泥にはまる。


「……最悪だ。」


ズボンは見事に泥だらけだ。


「だいじょうぶ!?」

「お兄ちゃん、どんくさいー!」


子供たちにも泥団子を投げられる始末。


良いところを見せるはずが、かっこ悪い。

そっとアリアを見ると――


「……っ、ふふ……あはははっ!」


彼女は、堪えきれないように大笑いしていた。


「そんなに笑わなくても……」


「ご、ごめんなさい……でも……ふふっ……!」


涙を浮かべるほど笑う彼女を見て、胸がいっぱいになる。


(……やっとだ。)


ずっと見たかった。

ひやかされて言えはしなかったが、両親のことが羨ましかった。

遠くから見ることしかできなかったその笑顔が、ようやく自分に向けられる。


「その顔は……反則です。」


気づけば、衝動のまま彼女を抱きしめていた。


「え……?」


最初は驚いて固まっていた彼女だったが、やがて小さく震え始めた。

その様子を見て、さすがの子供たちが空気を読んで去ってしまう。


「……どうして、泣くんですか。」


「……私は……選ばれないんです。」


我慢せずに、ようやく泣いてくれる彼女。

その枷の原因を聞くのは今しかないだろう。

僕は、いつも思っていた疑問を投げかける。


「どうして、どうしてそう思うんですか?」


彼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。


「小さいころから、ずっとそうでした。

可愛いのは妹。

賢いのも妹。

周りは、いつも妹を見ていて……。」


「私が何かをしても、“でもエリシアは”って。

私は……比べられる側で、選ばれない側で……。」


ずっと疑問に思っていたことが、ようやくわかった。


彼女がどうして婚約をあきらめていたのか。

妹に自分の功績を譲り、自分を陥れていくのか。


「だから……この婚約も初めから妹のためのものなんです……。」


俺は彼女の肩をそっと抱いた。


「それは、違います。」


僕は、彼女の言葉を受け止めたうえで、はっきりと首を振った。


「あなたが語っているのは、“周りが見なかった事実”です。」


「……っ」


今までどれほどの屈辱に耐えてきたのだろう。

ずっと大人びた態度で、鎧を着ていたこれまでの姿からは考えられないほど子供のように泣いた。


そして、僕も、ずっと胸の奥にしまっていた想いを、ようやく彼女に明かした。


「あの社交界デビューの日……。

あなたの背中を、妹君が押したのを、僕は見ていました。」


「えっ……?」


彼女は驚き、僕の顔を見る。


「そして……あなたが失敗したあと、彼女がどんな顔をしていたかも。」


僕の突然の告白に、衝撃を受ける彼女。


「正直に言います。

これまであなたに会いたくて、何度かお茶会に参加したこともありました。

でも、声をかけようと近づいた瞬間、あなたに似ているだけの別人だと……すぐにわかりました。」


続けて放たれる僕の気持ちを、彼女は黙って聞いてくれた。


「ずっとあなたに会いたかった……。」


彼女の目から、大粒の涙がこぼれる。

僕が抱きしめると、初めて彼女の手が僕の背中に回る。


「……最初から、僕の婚約者候補は、あなた一人でした。」


胸の奥の何かが、ほどけた。


「うっ……ふっ……。」


僕は愛おしい彼女が落ち着くまで、胸の中に収めた。

彼女の頭にキスを落とし、後頭部から力よく抱きしめることができた。


「……怖かったんです。

期待して、また失うのが……。」


長かったが、やっと彼女の本音を聞くことができた。

何が彼女の足枷になっていたかも、僕に対する気持ちもわかった。


もう何も問題はない。

全ての問題が解決したのだから。


「なら――今度は、失わせません。」


僕は最初に出会った時のように、ハンカチで彼女の涙を拭っていく。


「アリア。

僕と共に歩んでください。

侯爵家の未来も、これからの人生も――

すべて、あなたと築きたい。」


今も昔も変わらない。

彼女と目が合うと、世界は鮮明になり、色鮮やかになっていく。


「僕と結婚してください。」


「……はい。」


初めて、僕の言葉で彼女が笑顔で答えてくれる。


流れるように、そっと口づける。


ずっと怖かった。

彼女を失ってしまうんじゃないかという不安もあった。


夢のように現れた理想的な婚約者。


だけど、それが具現化するほど、自分の妄想ではないかという錯覚に陥った。

いつかその夢が覚めて、現実では手に入らない。

そんな恐怖が、ずっと自分の中にもあった。


今のこの瞬間が、彼女の感触が、体温が、現実だと実感させてくれる。


ようやく、彼女は僕の婚約者になった。


「さっきレオンハルト様が、どうしてこの婚約にのる気じゃないのかとおっしゃいましたよね?

実は私侯爵家の縁談は妹に譲ろうと思っていたんです。」


すっかり心を開いてくれた彼女が、僕の疑問に答えてくれる。


「それは…、なぜですか……?」


僕は彼女の気持ちを聴くのが怖くて、思わず視線をそらしてしまう。


「……実は、最初からあなたと結婚したかったんです。」


「えっ?」


驚いて彼女を見ると、今後は逆に彼女が僕の視線を避ける。

照れくさそうに、顔を赤らめながらも、申し訳なさそうに話してくれる。


「でも、あなたが誰なのかわからなくて……。」


「あっ……。」


僕は、父と絵姿のやり取りを思い出し、思わず苦笑した。

そういえば、僕の絵姿は送っていなかった。

社交界デビューで会ったはいいが、自己紹介もしていない。


完全な愚策だったなと反省した。


「せめて名乗っていたら……。」


反省する僕に、何も言わずに笑う彼女。


「ふふっ。」


その後の視察では、自然と手をつなぎ歩いた。


「こちらが、私の婚約者です。」


「えっ、い、いきなり……!」


今までは恋人だと言われても、否定も肯定もできなかった。

でも、お互い心を通じ合った今、何の憂いもなく婚約者だと紹介できることが嬉しかった。


「やっぱりそうだったんですね。」

「そうならそうと、最初から紹介してくださればいいものを。」


照れながらも、彼女は今度は隠れるばかりではない。


「はい。アリア・フォン・グレインフィールと申します。今後ともよろしくお願いいたします。」


もう、笑顔を隠す必要はない。


(……幸せだな。)


屋敷に戻ったら、今度はどんな笑顔を見せてくれるだろうか。

そんなことばかり考えながら、僕は人生で一番軽い足取りで帰路についた。

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