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汚されなかった花を、僕はまだ知らない  作者: Aro Aiura


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12/16

同じ馬車で、一緒の未来を望む

侯爵家の紋章が刻まれた馬車の前で、アリアは一瞬だけ足を止めた。


「……あの、私は別に馬車でなくても――」


「どうしてです?」


僕は疑問に思い、彼女に問いかける。


「妹のこともありますし、私といるところを見られたら外聞も――」


僕は戸惑う彼女に手を差し伸べた。

アリアは驚いたように目を見開く。


「資料は読みましたが、実際にアリアの見解をお聞きしたいと思っていました。

それに、領地にたどり着くまでは時間があります。

この時間で打ち合わせもしたいのですが、ダメですか……。」


「だっ、だめというわけでは……。」


彼女を説得しているうちに、後ろから招かざる客が現れた。

エリシア嬢が鬼の形相で、こちらに向かって走ってくる。


昨日婚約者候補から外れたことを、アリアに知られるのは不味い。

僕はアリアの手を引いて、胸の内にすっぽりと収める。


「わっ。」


彼女はバランスを崩して流れ込んだ。

その体は二周りも小さくて、そして軽い。


僕はエリシア嬢の存在に気づかせないように、そしてアリアを守るように包み込んだ。


――彼女に危害を加えることは許さない。


そう伝わるように、エリシア嬢を睨みつけた。


「しょっ、小侯爵様!なっ、何を……」


アリアが驚いて、僕から離れようとするのを阻止して、また腕の中に戻した。

エリシア嬢の存在も気に入らなかったが、何よりも僕のことを「小侯爵」と呼ぶのが気にくわなかった。


「あなたは私の婚約者なのに、父がおじ様で、僕が小侯爵様?」


「ふぇ?」


彼女らしくない、緊張と混乱した声。

体温がどんどん上がっている。


そんな彼女を愛おしく抱きしめ、エリシア嬢をけん制するのはどちらにも意地悪だとわかっているが止められなかった。


「僕の名前をご存じですか?」


「えっ……あっ、あの……その………レオンハルト様……。」


「そう…そう呼んでください。

僕もアリアと呼びますから。」


エリシア嬢はその光景を見て、足をとめ、後ずさりしていく。

唇を噛みしめ、悔しそうに顔を歪める。

やがて、涙をにじませたまま踵を返し、去っていった。


僕はほっと一安心して、動揺しているアリアを離した。


「村に着いてからの時間は限られています。

同行してもらえると、私は助かるのですが……」


彼女は観念したのか、少し考えて答えを出した。


「……分かりました。」


……少し強引だったかもしれないが、後悔はない。


馬車が走り出すと、向かいに座ったアリアが背筋を正した。


「では、改めて確認しますね。」


意外なことに馬車に乗ると、彼女の方から視察の打ち合わせを切り出す。


「はい、お願いします。」


「今回の視察地は、三日前から発熱者が増加している村。水源は共通、家畜の異常は報告なし……この条件から考えると、可能性が高いのは――」


「なるほど、それで水系感染か、空気感染初期型、という結論に至ったんですね。」


「はい。その場合、潜伏期間が短い菌が――」


彼女の目は真剣そのものだ。淡々と状況を整理し、可能性を絞っていく。


「もし水源が原因なら、井戸の消毒と飲用制限を即時に。」


「空気感染の場合は?」


「隔離と換気、そして接触者の経過観察です。」


「的確ですね。」


思わず感嘆の声が漏れる。


彼女は少しだけ困ったように微笑んだ。


「ありがとう……ございます……。

っ――」


彼女は何かを言いかけてやめてしまう。

続きを聞きたかったが、その顔は今にも泣いてしまいそうなほど悲しげだった。


この婚約を拒む理由がその先にあるのかもしれない。

でも、彼女にそんな顔をされてしまったら、それ以上の追及をすることもできない。


「……では、病原体についてはどうです?

可能性として考えられているものがいくつかありましたよね?」


「え?はいっ…あっ、こちらに可能性があるものをまとめてあります。」

「例えばこの――」


彼女からはこのヴァルツァー侯爵家で学んだ、医学の知識が次々と出てくる。

そんな彼女の姿を見て、幼いころの自分を思い出した。


僕も知識を学び、両親と共に実地で鍛えてきた。

自分の予測が当たった時や人の役に立てた時の達成感や、それにより忘れがたい経験を得たり、新しい知識を増やしたりすることが楽しくなっていった。


でも、そのことを共有できる人がこれまではいなかった。

僕はふと微笑み、彼女はきょとんとした表情をする。


「なっ、何か……?」


「いえ。あなたの考え方、とても刺激になります。」


「いえ、私なんてまだまだ……。」


謙遜する彼女。

もっと、自分を褒めたらいいのにと、感じた。


そして、願わくば彼女にも、この視察が楽しいものであってほしい。

これからお互い高めあっていきながら、いい仕事をしたり、いい関係をつくっていきたい。


こんなに色気がない話ばかりしているのに、僕の鼓動は高鳴るばかりだ。

口元が揺らぎそうなのを必死で抑える。


ずっと夢にまで見た、僕の知識をぶつけられる、

話題を共有できる、

そんな婚約者がほしかったことを、彼女はまだ知らない。


(こんなことってあるんだ……。)


早く距離を縮めて、枷のない状態で、彼女と話したい。

けれど、この穏やかな時間も失いたくない。


「アリア。」


「はいっ!」


「今日の視察、無理はしないでくださいね。」


「わかりました。

レオンハルト様もお気を付けください。」


少しほほ笑んで見える彼女の表情。

視察用の簡素な服装でも、陽光に照らされる横顔は驚くほど美しい。

こんなにも、理想が現実化するようなことがあるのだろうか。


彼女に振り向いてもらうためにも、たくさん良いところを見せなくてはいけない。

視察の難易度はそこまで高くないのに、今まで以上に意気込む。


(――必ず、あなたの心を掴んでみせる。)


まだ領地にすら到着していないというのに、僕の覚悟はすでに固まっていた。

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