譲られたくない婚約
この物語は、「運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした 」よりレオンハルト視点でお送りします。
王城の大広間は、まるで宝石箱の中に迷い込んだかのようだった。
無数のシャンデリアが天井から光を降らせ、絹のドレスと宝飾品が、その光を反射してきらめく。
甘い香水と花の香りが混ざり合い、耳には弦楽器の柔らかな音色が流れていた。
――今日が、社交界デビュー。
貴族として正式に名を連ねる初めての夜であり、同時に、僕の“未来の婚約者”と再会する日でもある。
幼いころ、双子の赤子に触れた記憶は、正直ほとんど残っていない。
覚えているのは、母が楽しそうに「どちらがお嫁さんになるのかしらね」と微笑んでいたことくらいだ。
それでも、不思議と胸は落ち着かなかった。
期待と、不安と、ほんのわずかな好奇心。
「どんな女性に育ったのだろう。」
医師の家に生まれ、遊びよりも学びに時間を費やしてきた僕にとって、同年代の女性と向き合う経験はほとんどなかった。
だからこそ、会場を歩きながら、無意識のうちに双子の姿を探していた。
――ほどなくして、見つけた。
いや、視線が自然と吸い寄せられていったという方が正しい。
淡い色合いのドレスに身を包んだ少女が、控えめにグラスを持ち、周囲に静かな微笑を向けている。
誰かと話せば、きちんと目を見て頷き、相手の言葉を遮らない。
派手さはない。
けれど、所作一つひとつが、丁寧で、美しかった。
――こんなことがあるのだろうか。
彼女は僕の描いた淑女そのままだった。
胸の奥で、静かに何かがほどけた。
(あの子だ。)
理由は分からない。
けれど、本能に近い感覚でそう思った。
――――だが、その想いは、あまりにもあっさりと否定された。
「侯爵家の婚約者として相応しいのは、妹の方だと、私は考えております。」
後日顔合わせの場であった時、彼女はこの婚約に前向きではなかった。
あの社交界デビューの日、彼女は何一つ恥じるようなことはしていなかった。
それなのに、家族や周囲の人間たちは、彼女を一方的に貶めていた――その光景を、僕はこの目で見ている。
よほどのことがあったのか、あの日見た時より暗い表情をしている。
その姿が、胸を締めつけた。
なぜ、彼女は何も言わないのか。
なぜ、自分を守らないのか。
――あなたは、突然のアクシデントにも気品を失わず、周囲への配慮もできる、素晴らしい女性だ。
だが、彼女は妹の方が優れていると、予想外の言葉を放った。
この縁談を“妹に譲るつもり”だという。
胸の奥に、静かな違和感が生まれた。
なぜだ。
どうして、自分をそんなふうに扱うのか。
その理由が知りたい――
「今この場で、どちらが婚約者に相応しいかを決めるのは、あまりにも早計かと存じます。」
僕は、あえて婚約者の決断を先延ばしにすることにした。
「お互いを知るための、機会をいただけないでしょうか。」
そして、もし可能ならば――
彼女自身の意思で、僕の隣に立つことを選んでほしかった。
そのためなら、どれだけ時間がかかっても構わない。
静かに、だが確かに。
僕の恋は、あの日、王城で出会った時から始まっているのだから。




