第二十一話 亜人論考 子実体について
本来、人間にユグドラシア菌根菌が感染することはない。ユグドラシア菌根菌は絶対共生性を有しており、その生存には植物との共生が不可欠であるからだ。
だが森を切り開き、森の近傍に暮らす者たちは、その土壌で育つ食物としてのユグドラシア菌根類を定期的に摂取して、ユグドラシア菌根菌の保菌者となっているのではないか。
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人間の肉体も、植物の生育に必要な窒素やリンなどの栄養素を含有している。ならば人間であろうと、ユグドラシア菌根菌の単位体積密度がいくらかの一定値を超えれば、ユグドラシア菌根植物を生育させる土壌としての適性は得られるはずだ。
つまり、ユグドラシア菌根植物の生育に適合させるための土壌環境の改変――――言い換えれば、ユグドラシア菌根菌に土壌として認識させるための環境改変を、ユグドラシア菌根菌みずからが行うのだ。
まったくもって、到底ありうべからざる話であることは承知している。だが少なくとも、土壌化した人間に対し、その肉体と命を利用して世界樹がなにをなすか…………ぼくは知っている。
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ある種の菌類は、飢餓状態になると細胞の死滅を防ぐため、胞子の散布構造である「子実体」――――平たく言えば、キノコを形成するそうだ。アトロゥにも類似した生態があり、細胞代謝の不可逆な失活推移――――つまり肉体の「死」に反応して、子実体を形成するのだ。
もちろん、アトロゥの細胞を構成子として純粋なキノコではなく、植物においては種子を包含する果実であり、人間においては生殖細胞の腫瘤といったところだろう。
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胞子散布は風媒が主であるが、それに限るものではなく、アトロゥの子実体においては人間が利用される。
おそらくは太古の昔、ユグドラシア菌根植物は、その植生圏域を広げるために人間を利用していたのだ。時を経て失われたその生態が、アトロゥに発現した樹化の呪いによって蘇ったのだ。
香気性の誘因物質によって集められた人間が土壌適性を持つ場合、歩く土壌として利用するための寄生状態『ナンジャモンジャ』となるのだ。