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偉そうな少女と、始まりの午後

扉が静かに閉じる。


エリシアと獣人たちの足音が遠ざかると同時に、部屋に再び沈黙が満ちた。


──実に、面白い。


公爵はワインを軽く回しながら、その深紅を眺める。

視線はグラスの中にあるようでいて、既に数年先の未来を見据えていた。


「物は、対価さえ払えば手に入る」

「だが、人材──特に“意志を持つ者”は、作り上げるにも時間がかかる」


それゆえに、偶然生まれた逸材は貴重だ。

しかも──自らの手で、火種を投じただけで、ここまで燃え広がるとは。


「……彼女は、期待以上だ」


獣人たちの前に立ち、身を挺して庇った。

誰もが躊躇するその行為を、迷いなく行い、そして“解放”ではなく“雇用”という道を選んだ。


──美しい手並みだった。


「恩情ではなく、実利」

「理想ではなく、関係の構築」

「そして何より、“対話による支配”を本能で理解している」


ただの少女にしては出来すぎている。

いや、だからこそ──価値がある。


「民衆は、偶像を求める」

「神ではない。“理解できる人間”でありながら、自分たちより少し上の存在を」


「その器に、彼女はなりうる」


王国の歪みを、制度の隙間を、まっすぐな眼差しで穿つ者。

その姿に誰かが心酔し、信じ、従う。

それは即ち──“信仰”と同義だ。


公爵の口元が僅かに綻ぶ。


「やがて民が、あの娘の名を口にする時──その背後には、我がヴァルムント家の影がある」


「それでいい。いや、そうでなくてはならん」


──だが。


彼女がただの理想主義者であったなら、ここで終わっただろう。

だが、あの娘は“政治”を理解している。

“解放”の代償として、“支配”を選んだ。

それこそが──器の証明だ。


「力なき理想は、瓦礫に過ぎん」

「だが、理想に知略が宿れば──それは制度すら塗り替える」


その時、ヴァルムント家はどうあるべきか。

支えるか。抑えるか。

あるいは──取り込むか。


公爵は微かに目を細め、ワインを一口含む。


その液体の渋みが、現実の味と重なる。


「……だが忘れるな」

「どれほど有能であろうと──“制御できない火”ならば、消す」


「それが、我が家の方針だ」


そう呟きながら、グラスを机に置いた。


その瞳には、希望にも似た光と、断罪にも似た影が宿っていた。


──それは、やけに空が綺麗な日の午後だった。


公爵家の庭園は、今日もありえないくらい整えられていて、空気もいいし、風も気持ちいい。

ここ数日バタバタしていた反動か、ようやくひと息つけた私は、獣人の子たちと“訓練と称したレクリエーション”に興じていた。


「はいそこー、反応遅いっ!! 次いってー!!」


「エリシア様、手加減してください!」


「いや、これでもしてるわよ!? あんたたちが強すぎるだけ!」


──ほんと、信じられない。

ちょっと前まで捕まってたとは思えない。

筋力、反射神経、覚えの速さ、全方向で優秀すぎる。


こいつらほんとに元・奴隷!? ヴァルムント家が訓練した兵士より強くない???


「……これ、公爵に見られたら『戦力にできるな』って言われるやつだわ」


そんな不穏な未来を想像していた時だった。


「そこのっ!!」


唐突に、甲高い声が飛んできた。


「あなた! そこの髪型が爆発してる人!」


「爆発してない!! ……って誰!?」


振り向いた私の前に立っていたのは──

年の頃は私と同じくらい、きらびやかなドレスに身を包んだ、やけに偉そうな少女だった。


その顔は整っていて、髪も目も淡い金色、ちょっとだけ癖のある口元は妙に自信に満ちている。

そして……立ち姿が貴族じゃない。完全に“誰かを従える側”の姿勢だった。


「あなた、この庭の責任者なの? 案内してくれる?」


「……いや、まず名乗ろうか? あと、“お願い”って知ってる?」


「お願いしなきゃ人は動かないの? 変なのね」


「変なのはそっちだよ!!」


もう、登場からツッコミしかないんだけど。

なにこの子。なんでこんな堂々としてるの。


……って思ってたら、後ろにいた侍女が深く頭を下げた。


その瞬間、ピンときた。


──この子、やばいレベルで偉い人だ。


明言されてないけど、雰囲気がもうアウト。

この堂々とした態度、付き従う使用人の沈黙、妙に洗練された言葉遣い──


「ねえ、早く。退屈なの」


あぁもう、しょうがない。

こういう時は、逆らったら負けだ。


「……わかったわよ。案内してあげる」


「よろしく、エリシア」


「名前知ってるのかよ!!?」


「公爵家の人間なら当然でしょ?」


何それ、私この子にマウント取られてる……? マウントされながら笑顔でお散歩案内してるの……?


その後、なぜか彼女のリクエストで、庭園から裏林にまで足を伸ばすことに。


「で? ここで何をするの?」


「……いや、こっちが聞きたいよ。あんた何しに来たの?」


「“庶民の遊び”が見たいの。王都は退屈なのよ」


「さっきからナチュラルに失礼なんだけど!?」


仕方なく、私はいくつか簡単な遊びを教えてあげた。

土魔法で作った的を投げる「命中チャレンジ」とか、枝を剣に見立てての模擬戦ごっことか──

……まぁ、うん、雑だな我ながら。


でも意外なことに、彼女はものすごく真剣に遊びに取り組んだ。


「もう一回!」


「はいはい、今度は私が先よ」


「今度こそ勝つから」


「くっそ、負けず嫌いすぎる!!」


気づけば、林の中に彼女の笑い声が響いていた。


いつの間にか、さっきまでの高圧的な態度も消えていて、ただの“年相応の少女”がそこにいた。


……っていうか、普通に楽しそうに笑うじゃんこの子。


ちょっと、かわいいじゃん。


「……ほんと、何者なのあんた」


思わずこぼした私の呟きに、彼女はにやっと笑って、


「秘密よ。エリシアって、口うるさいけど面白いわね」


「いやいや、さっきまで命令しかしなかったくせに!?」


「また明日も、来てもいい?」


……なにその距離感の縮め方。ずるいわ。


「……好きにすれば?」


「じゃあ決まりね」


そう言って、彼女はひらひらとドレスの裾を翻し、帰っていった。


彼女が見えなくなって、ようやく私は大きく息を吐いた。


「……なんなんだよ、ほんとに」


ただの子供に見えて、そうじゃない。


でも、だからこそ私は──

あの時、少しだけ本気で笑えた彼女の表情が、どこか寂しそうに見えたのが気になっていた。


そしてその夜、兄上から聞いた何気ない一言で、私の背筋は冷たくなる。


「……ああ。あいつか。王太子の娘だな」


「…………」


「お前、まさか気づいてなかったのか?」


……うそでしょ。


「え、じゃあ私、今日一日……王太子の娘と泥遊びしてたの!?」


なんか、色々とやばい気がするんだけど!!???


──こうして、私は“無邪気で高圧的な王族”と、なぜか奇妙な友情を築き始めてしまったのだった。


「遅い!! エリシア、遅すぎる!!」


「……ちょっとは人の予定を考慮してよ!! こっちは訓練終わってから来てんの!!」


「言い訳は聞きたくないわ! 私が退屈してたの、誰のせいだと思ってるの!?」


「……もう帰っていいかな?」


──それから毎日のように、彼女はやって来た。


最初は「遊んであげてる」つもりだったけど、気がつけば私の方も、彼女が来るのをちょっとだけ待っていたりして。


そう、ちょっとだけ、ね。


彼女の名前は──いや、まだ明かされていない。

自分から名乗ることは一度もなかったし、周囲の侍女たちも「お嬢様」としか呼ばない。


……まぁ、王太子の娘なんていう肩書きは、本人の口から出ることはないわな。


「ほら、昨日の続きやるわよ。今日は“魔力かくれんぼ”のルールで」


「……よく覚えてるね、あれけっこう複雑だったでしょ」


「エリシアの説明、わかりやすいんだもの。褒めてあげるわ」


「めっちゃ上から!!」


でも、そういう無邪気さは、どこか“本物”だった。


彼女は遊びが大好きで、知らないことに目を輝かせて、勝負に負けるとくやしそうに唇を噛んだ。

たまに本気で拗ねて、そのあと何事もなかったように笑う。


「……はぁ、楽しかった」


日が傾き始めた頃、ふと彼女がぽつりとつぶやいた。


「……ふだんは、こんな風に誰かと遊ぶこと、ほとんどないの」


「へぇ。……いやいやいや、あんた何歳よ!? 今がその“ふだん”でしょ!!?」


「ふふ、そうね。……でも、“普通”って、意外と持ってないものなのよ」


──その声が、少しだけ大人びていた。


あ、まただ。


笑ってるけど、目が笑ってない。

そういう“顔のズレ”に、私はこの数日、何度も気づいていた。


けど、追及することはなかった。

きっと彼女は、自分の“普通”を、今ここで少しずつ確かめてるだけなんだ。


「なに? 黙ってると気持ち悪いわよ、エリシア」


「うるさいわね……」


「ねえ、エリシアは──その、“自由”って、何だと思う?」


突然の問いに、私は一瞬言葉を失った。


「……いや、重いな!? 急に哲学!? どうしたの??」


「……答えてよ」


まっすぐな瞳で見つめられる。


本気のやつだ、これ。


「……んー……うまく言えないけど、“選べる”ことかな」


「選べる?」


「そう。どこに行くか、誰といるか、何をするか──自分で選べること。少なくとも、選んだ結果にちゃんと自分で責任持てるなら、それって自由じゃない?」


「……ふぅん」


彼女は、少しだけ目を伏せた。


「わたし、選べないの。何ひとつ」


「……」


「全部、決まってるのよ。生まれたときから、誰と話すか、何を学ぶか、どう振る舞うか──“こうあるべき”ってことばかり」


「だから、あなたが羨ましいのよ。怒ったり、笑ったり、迷ったり……そうやって“自分で選んで”生きてる感じが」


……ああ、そうか。


この子は「自由に見える私」に、きっと憧れてる。


「でもさ、選ぶってことは、失敗もついてくるのよ?」


「失敗?」


「自分のせいで、誰かを傷つけたり、取り返しのつかないミスをしたり──そういう時、“全部自分のせいだ”って思わなきゃいけない」


「それでも?」


「それでも、私は“選べるほうがいい”と思ってる」


しばらくの沈黙のあと、彼女は静かに笑った。


「……やっぱり、エリシアって変な人」


「今、いい話してたよね!? なんでそんな雑にまとめるの!?」


「でも、嫌いじゃないわ。あなたみたいな人」


「……へぇ、光栄です」


その日、彼女が帰った後。


私はひとり、庭園のベンチに座って、空を見上げていた。


「──王太子の娘、ねぇ……」


知ってしまえば、もうただの“遊び相手”ではいられない。

でも、知ってしまった今でも、彼女と笑い合った時間は、嘘じゃなかった。


……ああもう、めんどくさいわ、この関係。


「ほんと、私はなんでこんな面倒な人間ばっかりに好かれるの……」


そうぼやきながらも、次に彼女が来るのを、少しだけ楽しみにしている自分がいた。

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