作戦開始
「……どうやって、ここから出すのかな?」
私がそう考えていると、
──シュンッ
目にも止まらぬ速さで、兄上のナイフが鉄格子に振り下ろされた。
ギィィィィィ……ン!!
……え?
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
だって、牢屋の鉄格子って、普通の剣でも斬れないように作られてるはずでしょ!?
それなのに、兄上はまるで紙を裂くようにそれを両断してしまった。
「………………」
「いや、なんでこんなことが可能なの!?!?」
「ていうか、今までどうやってこのナイフで戦ってたの!?!?!?」
獣人たちも目を丸くしていたが、兄上は当然だと言わんばかりに肩をすくめた。
「……なんだ、その呆けた顔は」
「俺がこんなもんも切れないとでも思ったか?」
いやいやいや、普通思うでしょ!?!?!?!?
っていうか、そんなナイフ持ってるなら、最初から牢屋に閉じ込められた時点で脱出できたんじゃないの!?!?!?!?!?
「……兄上?」
「最初からこれ使えばよかったんじゃない?」
「……」
兄上の目が泳ぐ。
「……侍従を呼んでいいと分かってたら、俺だって説得できたからな!!!」
「お前に負けたわけじゃない!!!」
めっちゃガキンチョ丸出しで言ってくる。
「……はいはい、そうですね」
もう適当にあしらっておこう。
こいつのプライドを傷つけると面倒くさそうだし。
「はい、兄上は悪くないです。私がすごかったわけでもないです。これでいいですか?」
「……チッ」
「舌打ちされた!?!?!?」
まあいい。
そんなことより、獣人たちは全員解放された。
ここからが、本番だ。
◆
鉄格子が斬られ、全員が外に出ると、自然と戦いの準備に入った。
「作戦会議だ」
兄上が腕を組みながら言い、獣人たちも緊張した面持ちで集まる。
「全員で暴れまくる」
──開口一番、兄上が言った。
「いや、待て!!!」
「さすがに全員で暴れるのは無理だから!!! いくら獣人が強くても、そんな目立つことしたら、流石に全滅する未来しか見えないんですけど!!??」
「はぁ?」
「戦いなら俺の方が詳しいだろうが」
「いやいや、戦いの問題じゃなくて、脱出の話だから!!!」
「暴れるだけなら確かに強いのかもしれないけど、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!?」
「なら、どうするんだ?」
兄上が挑発するようにニヤリと笑う。
いいだろう、そこまで言うなら、私が提案してやる。
「今こそ、“目立たずに目立つ”方法を使うべきです!!」
周囲がざわめいた。
「……どういう意味だ?」
「“目立たずに目立つ”? そんなことができるのか?」
私は深く頷き、説明を始めた。
「まず、私と兄上をここの従業員ということにします。」
「そして、獣人たちを“私たちを探すための人員”として外へ連れ出すことにする。」
「もし従業員が脱走したとなれば、大騒ぎになる。でも、獣人なら逃げたとしても外で殺されるだけ。だから、一時的なら“捜索に使う”という名目で外に連れ出すことはできるはずです」
「今、この状態だからこそ使える作戦です!!!」
獣人たちが、一斉に顔を見合わせる。
「……なるほど……」
「たしかに、この場では合理的だ……」
「でも、問題がある」
そう言ったのは、リーダーだった。
「お前たちの身長だ」
「従業員にしては、どう見ても小さすぎる」
「……!!」
そうだった……!!
「たしかに、いくらそれっぽい服を着せても、私も兄上も明らかに従業員にしては子供すぎる。」
「これは、さすがに誤魔化しようがない……!!」
「じゃあ、この作戦も無理……?」
悩んでいると、ふいに、獣人の一人が前に出てきた。
狼の耳を持つ、しなやかな女性だった。
「私が変身の魔法を使えるわ。」
「……!!?」
「変身の魔法!?」
「そんなの、あるの!!??」
突然の申し出に、場が再びざわめく。
「……マジで、そんな都合のいい能力あるの!?!?」
「でも、もしそれが本当なら、この作戦……いける!!」
私は彼女を見つめながら、確信した。
「……この計画、成功させてみせる!!!」
変身魔法が発動すると、まず髪色が茶色から灰色へと変わった。
次に、体がじわじわと伸びていく。
「おぉ……すご……」
思わず声が漏れた。
違和感なく、本当に“それっぽい”大人の姿になっている。
「この魔法、めちゃくちゃ便利なんですけど!?!?」
「もうこのまま背を伸ばして生きていけない!?!?」
……なんて思いかけたが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
これはあくまで一時的な変装。
一歩間違えれば、すぐに見破られる危険もある。
「よし、行くぞ」
兄上──いや、今は従業員に扮した“私たち”が、堂々と歩き出した。
後ろには、捕らえた獣人たちを連れ、外へ向かう道を進んでいく。
獣人たちは、まるで本当に“捜索のために動員された者たち”のように振る舞ってくれていた。
「これは……意外と上手くいくかも……?」
そんな考えが浮かんだのも束の間。
「おい、そこのお前たち!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
心臓が飛び跳ねる。
従業員らしき男が、こちらに向かって手を振っていた。
「お前たち、どこに行く!!?」
兄上が即座に対応した。
「人員の補充だ!! 逃げた従業員のせいで、獣人の管理が手薄になってる!!!」
短く、威圧的に言い放つ。
すると、相手は「あぁ、そうか……」と納得した様子で頷いた。
「くっ、さすが兄上……この堂々とした態度……!!!」
「私が同じこと言ってたら絶対疑われてた……!!!」
「……だが、まだ終わりじゃない」
こうして、道中で何度か声をかけられながらも、緊迫した態度で誤魔化しつつ、私たちは堂々と外への道を進んでいく。
「頼む……このまま、無事に抜けさせて……!!!」
「……やった、もう少しで外に出られる……!!!」
そう思ったその瞬間だった。
──視界が、急に開ける。
出口の先、そこには……
「……待ち構えてた、だと……!?」
黒い鎧に身を包んだ兵士たち。
その数、50人以上。
そして、中央に立つのは──
「……くくっ……お前ら、ようやく見つけたぜ」
護衛長。
傷一つない完璧な姿で、ニヤリと笑っていた。
「お前たちがよ、いなくなってからずっと探してたんだよ」
「だが、見つからねぇ。どこにもな。おかしいと思ったぜ」
「そこで、出口を塞ぐことにした。 こうすりゃ、どこかで必ず引っかかるからな」
護衛長は、ゆっくりと剣を肩に担ぎながら、静かに告げる。
「──図らずも、俺の場所が当たりだったってわけだ。」
……バレてたんだ。
完全に、策を読まれていた。
「まずい……!!」
「どうする!? どうやってここを突破する!?」
焦りで思考が止まりかける。
だが、そんな私の隣で──
「……」
兄上は、一瞬の迷いもなかった。
護衛長の言葉が言い終わるよりも速く。
──シュッ!!
「ッ!?」
兄上が、迷わず切りかかった。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」
「いや、もうちょっと作戦とか考えようよ!!!」
しかし、その一閃は護衛長に弾かれる。
「始めやがった……!!!」
だが、それを皮切りに、
「うぉぉぉぉぉ!!!」
「殺せ!!!」
戦いが始まった。
──乱闘が。
◆
こちらの戦力は、私と兄上、そして解放した獣人たち。
……が、数にして30人ほど。
相手は50人以上。
普通に考えれば、どう考えても不利。
「やばい……このままだと……!!!」
焦りながらも、私はすぐに動いた。
「──雷の魔法を使える人、いませんか!?」
この問いかけに、すぐさま一人の獣人が駆け寄ってきた。
「俺が使える!」
雷を操る獣人。
──これなら、いける!!
私は、すぐに次の指示を出した。
「わかりました! 今から、私が敵が固まっている方向に水を流します!!」
「そこに、あなたの雷を流してください!!!」
獣人は目を見開いた。
「……なるほど、やるな!」
「ウォーター!!!」
私は、魔力を振り絞り、敵の足元に向かって水を流す。
広がる水流。
戦っている敵たちが気づかぬまま、それはじわじわと広がっていく。
そして──
「行ってください!!!」
「──雷撃!!!」
バチバチバチバチバチバチ!!!!
次の瞬間、凄まじい雷光が走った。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「な、なんだ……!?!?」
敵の半数以上が、一瞬にして感電し、痙攣しながら崩れ落ちた。
◆
「よっしゃああああああああ!!!!!」
形勢逆転。
「……これは、勝てる!!!」
護衛長の表情が、わずかに険しくなった。
兄上は、そんな護衛長を見て──
「ククッ……」
「これで、ようやく遊べるな……!!!」
狂ったように笑いながら、再びナイフを構えた。
戦いは、ここからが本番だった。
雷撃の余波で戦場は混乱していたが、それでも護衛長は崩れなかった。
むしろ、雷に打たれた仲間をものともせず、兄上との戦いに没頭していた。
「チッ……やっぱり、こいつは強い」
私は戦況を見守りながら、そう確信する。
兄上のナイフ捌きは尋常ではなく、護衛長もそれを正面から受けきっていた。
まるで、殺し合いを楽しんでいるかのように。
だが──
兄上が、徐々に押され始める。
「……マズい!!」
護衛長は、攻撃を受け流すたびに、一撃一撃を確実に兄上へと叩き込んでいく。
兄上の動きが鈍る。
ナイフが弾かれ、手のひらから血が滴る。
──そして、ついに。
「……終わりだ、小僧」
護衛長が剣を振り上げた。
兄上の首を落とすために。
「やばい……やばい!!!」
私は思わず駆け出しそうになったが、その瞬間。
シュッ!!
「……ッ!?」
鋭い音とともに、護衛長の頭にナイフが突き刺さった。
背後から飛んできた、一閃。
「なっ……!?」
護衛長の目が驚愕に見開かれる。
「今の……誰が……!?」
「卑怯な……!」
そう吐き捨てようとした、その瞬間──
「卑怯? そうでもねぇんだが?」
──ズブッ!!!
「ッ……!?」
兄上が、にやりと笑いながら護衛長の頭に次々とナイフを突き刺していく。
「な……っ、やめっ……!!!」
護衛長はもがき、抵抗しようとするが、すでに遅い。
ズブッ、ズブッ、ズブッ──!!!!
「ははははははは!!!」
「お前、さっきみたいに回復してみろよ!!!」
「……できねぇよなぁ!? だって、頭を滅多刺しにされたらどうしようもねぇもんなぁ!?!?」
「お得意の回復も、これじゃ使えねぇだろ!!!」
兄上は、狂ったように笑いながら、何度も何度もナイフを突き刺し続けた。
護衛長の体が、痙攣する。
その光景を見た護衛たちは──
「……ひっ」
「お、おい、これ……!」
「う、嘘だろ……!?」
完全に怯えていた。
「──今だ!!!」
獣人たちは、この隙を逃さなかった。
士気を失った護衛たちを、一気に攻め立てる。
「う、うわあああ!!!」
「もう駄目だ!! 逃げろ!!!」
護衛たちは、蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げ出した。
──こうして、戦いは決着した。
「……勝った……?」
そう思って振り返ると、
兄上は、まだ笑いながら護衛長の死体を刺し続けていた。
「……え、もう死んでるよね?」
「……ねぇ、まだやるの!?」
「あー……これ、止めたほうがいいやつ?」
私は、兄上の背を見つめながら、うっすらと冷や汗をかいた。




