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獣人という存在

辺りを見渡してみたものの、どいつもこいつも似たり寄ったりの極悪顔。


「……いや、どうやって選べばいいんだよ?」


「そもそも私、戦奴隷の選び方なんて知らないんですけど!?」


「自分で言い出しておいてなんだけど、めちゃくちゃ困るんですけど!?」


そう思いながら、気づけばさらに奥へと足を踏み入れていた。


ここはさっきまでの牢屋よりも、さらに暗く、汚い。


「……うわ、すごい腐敗臭」


「なんでこんな臭いの!? っていうか、ここだけ明らかに空気違くない!?」


息をするだけで喉が焼けるような気がする。


何かが腐ったような、鉄と汗と獣の臭いが混ざった異様な空間。


その奥に──


「……え?」


檻の中に、毛の生えた人間がいた。


「……って、あれ、人じゃなくない?」


まるで獣のような耳と、毛むくじゃらの手足。


しなやかな筋肉が隆起し、野生的な目がこちらをじっと見ている。


「……これって、もしかして……」


思わず声を漏らすと、すぐに兄上が続けて言った。


「チッ……獣人じゃねぇか。」


「え!?」


「いや、そういう種族がいるんですか!?!?!? 知らなかったんですけど!!!」


完全に予想外の存在に、頭がついていかない。


「いやいや、だって今まで獣人とか見たことなかったし!! それっぽい話も聞いたことなかったし!!!」


「ていうか、いるならもっと早く教えてよ!!!」


そんな私の疑問は、顔を見ただけで兄上に伝わったらしい。


呆れたような顔をして、ため息をつくと、淡々と語り始めた。



「獣人ってのはな、基本的に気性が荒い。だが、恩義に報いるという文化が根付いている」


つまり、**「貸しを作れば忠誠を誓ってくれる可能性が高い」**ということらしい。


なるほど、それはたしかに……戦力としては最適すぎる。


「でも、そんな存在がいるなら、なんで今まで見たことなかったんだろう?」


その疑問が浮かんだ瞬間、兄上が続けて語る。


「この国じゃ、獣人は“人より劣った存在”とされてる。」


「駆除すべき対象ってわけだ。」


「……は?」


駆除!?


今、さらっととんでもないこと言わなかった!?!?


「いやいや、ちょっと待って!? それってつまり、こいつらは人扱いされてないってこと!? それどころか、処分対象!?」


「そんなの、可哀想すぎる……!!」


目の前にいる獣人たちを見ると、みんなボロボロだった。


檻の中はひどい環境で、身体には無数の傷がある。


ひどい怪我を負ったまま放置されている者もいた。


「こんなの、どう見てもまともな扱いされてないじゃん……」


「じゃあ、なんでこの人たちは生きてるの? なんで処分されずに捕まってるの?」


疑問が浮かんだ瞬間、兄上が淡々と答えた。


「どうせ、人目に出せない肉体労働に使われてるんだろう」


「仮に獣人が逃げ出しても、誰もこいつらの言い分なんか聞かずに通報されて、そのまま首が飛ぶ。」


……最悪だ。


「逃げることもできず、自由になることも許されず……ただ、道具として扱われるだけ?」


「こんなの、あまりにも残酷すぎる……」


「そもそも、獣人だからって何? ただの違う種族なだけで、なんでこんな扱いされなきゃいけないの?」


……そう思ってしまう私は、甘いんだろうか。


ヴァルムント家に生まれ落ちた時点で、こういう価値観に染まっていなきゃいけなかったんだろうか。


いや、それでも……


「こんなの、あまりにも不公平すぎる……!!」


そう思っていると、兄上が口を開いた。


「だが……」


「今のタイミングにおいて、これ以上ない人材だな。」


「でかしたぞ、ガキ」


「………………え?」


「いやいやいやいや、そんな軽く決めちゃうの!?」


「ねぇ、ちょっと待って!? これめっちゃ重要な決定事項じゃない!?!?」


「私、ただ歩いてたらたまたま見つけただけなんですけど!? そんなんで決めていいの!?!?」


混乱する私をよそに、兄上はニヤリと笑っていた。


「さて、こいつらをどう使うか……面白くなってきたな?」


「いやいや、こっちは全然面白くないから!?!?!? どうするのこれ!?!?」


「ほんとに獣人たち、味方になってくれるの……!?!?!?」


頭の中が、ぐるぐると混乱していた。


……でも。


この戦況をひっくり返すには、この獣人たちに賭けるしかない。


私は、静かに決意を固めた。


兄上が、戦奴隷たちを見渡しながら低く言い放った。


「……ここのリーダーは誰だ?」


その声が響くと、獣人たちは一斉にざわめいた。


それまで沈黙を保っていた獣人たちが、互いに視線を交わしながら、一人の男に道を開ける。


やがて、一人の虎の獣人が前に出てきた。


「俺だ」


その声は低く、よく響いた。


鋭い虎の耳を持ち、獣のような縞模様の体毛が全身を覆っている。


目つきは鋭く、威圧感があるが、どこか冷めたような瞳をしていた。


「あ、間違いなく強いやつだ」


「……こいつなら、使えるんじゃないの?」


そんな考えが浮かぶ間もなく、兄上がニヤリと笑い、言い放った。


「ここから出してやる」


「代わりに、ここをめちゃくちゃにしろ。」


──あまりにもストレートすぎる交渉。


「いや、もうちょっと言い方考えようよ!!」


兄上の提案に、虎の獣人──リーダーは、一瞬の迷いもなく答えた。


「断る。」


「……は?」


兄上が、珍しく呆気に取られた表情を見せた。


そして、すぐに不機嫌そうに舌打ちをする。


「……ここにいたって、どうせ買われても雑巾みたいに使い捨てにされるだけだぞ?」


わざと挑発的に煽るような言い方。


しかし、リーダーの表情はまったく揺るがない。


「……」


「答えは変わらん」


「……っ」


兄上の目がわずかに険しくなる。


そして、リーダーはゆっくりと口を開いた。


「我々はもう諦めているのだ」


「ここから出たところで、我々に生きる場所はない。」


「それこそ、さっき言われた通り、生きる場所があったとしても雑巾のように使い捨てにされるだけだ」


「だから、我々はもういいのだ」


「……」


静寂。


リーダーは、それだけ言うと黙り込んでしまった。


兄上は、ワナワナと震え、今にもその辺の獣人を殺しそうな勢いだった。


「やばい!! これはまずい!!!」


とっさに、私は口を挟んだ。


「私たちはヴァルムント公爵家の者です!!」


その言葉が響いた瞬間、獣人たちが一斉にどよめいた。


「……!!」


「ヴァルムント……!?」


「そんなはずが……!」


明らかに、今までの反応とは違う。


兄上が睨みつけてくるのを感じたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


今、この場をどうにかしなければ、状況は詰む。


私は息を整え、思いついたままに続けた。


「ここから脱出する手伝いをしてくれるなら、必ず私があなたたちの居場所を提供します!!」


──自分でも驚くほど、堂々と言い切っていた。


「あ、言っちゃった」


「今、完全に出まかせ言った!!!」


「でも、言うしかなかった!!!」


今は、この場を乗り切ることが最優先だ!!!


獣人たちは、一層どよめいた。


まるで、自分たちの運命が揺らぎ始めたことを感じ取ったかのように。


だが、すぐに一人の獣人が鋭く声を上げた。


「ヴァルムント公爵家っていう証拠はどこにあるんだよ!!!」


「……っ」


その言葉に、周りの獣人たちも呼応する。


「そうだ!!」


「本当にヴァルムント公爵家の者なら、証拠を出せ!!」


リーダーも、静かに頷いた。


「ヴァルムント公爵家の者であると証明できるものがあれば……考えます」


「……証明……」


賭けるしかない。


私は、震える声で言った。


「ゼクト、出てきなさい。」


──次の瞬間。


「お呼びでしょうか。」


突然、影からゼクト──鬼畜Aが現れた。


「……!!?」


その場の全員が息を呑む。


獣人たちは、まるで信じられないものを見たかのように目を見開いた。


「いつの間に……!」


「気配がなかったぞ……!」


「……音もなく現れる……」


誰かが、ぽつりと呟いた。


「……そういえば、ヴァルムント公爵家の侍従たちは、音もなく現れることができると聞いたことがある……」


「だが……そんなもの、証拠にはならない!!」


そう言い返した獣人がいた。


しかし──


「……我々獣人の耳をごまかせるのが、そう何人もいるのか?」


そう呟いた獣人の言葉に、場の空気が凍りつく。


「……っ」


確かに、獣人の聴覚は鋭い。


だが、今、目の前でゼクトは誰にも気づかれずに現れた。


この場にいる獣人たちの誰一人として、彼の接近に気づけなかった。


「……」


沈黙が支配する。


やがて、リーダーは深く息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「……どうせここで生きていても、朽ちるだけです」


「あなた方を信じてみます。」


──決まった。


「よっしゃあああああ!!!!!!」


思わず、私はガッツポーズをしてしまった。


その瞬間、ゼクトの姿がかすかに揺らぐ。


あ、今、ゼクト消えようとしたな!?!?!?


「いやいやいや、まだいなくならないで!!!」


でも、その姿を見て、私はふと思い出した。


馬車から平原に降ろされたときのこと。


鬼畜A……ゼクトが、耳元で囁いた。


「ゼクトはいつでも、お嬢様を見ていますよ」


振り返ったときには、もうどこにもいなかった。


──ただ、ここでは二つの賭けがあった。


一つは、ゼクトが本当に今も見ているかどうか。


もう一つは、ゼクトを呼ぶことが、公爵が定めたルールから逸脱していないか。


ルールを破る行為であれば、ゼクトは決して現れなかったはず。


だが、ただ「呼んで」「出てきた」だけなら、それはルール違反ではなかったらしい。


「……なら、きっと……」


私は安堵しながらも、これがギリギリの綱渡りだったことを理解していた。


──そして、ついに戦いが始まる。

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