そういえば、私も魔法使えたわ
兄上と護衛長の戦いは、次第に一方的になりつつあった。
最初こそ互角だったが、護衛長の戦い方は明らかに兄上の“殺しのスタイル”を見切っていた。
兄上は、戦いを楽しんでいる。
でも、それはつまり、相手に付き合っているということでもある。
対する護衛長は、そんな余裕は一切見せない。
何度も間合いを詰め、剣圧で兄上を押し込む。
兄上は避け続けているが、確実に動きが鈍ってきている。
脇腹の傷は、止血すらできていない。
そして、兄上が片膝をついた瞬間──
「よし、そのまま殺せ!!」
「とっとと首を落とせ!!!」
観客席から、歓喜の野次が飛び交った。
「うわ、もう完全に見世物扱い……!!」
「いやいや、兄上ここで死んだら、私も普通に競売にかけられる流れでしょ!? それだけはマズい!!!」
私は頭をフル回転させた。
何か方法はないか。
何か、何か……!!
──その時。
「あれ……そういえば、私も魔法使えるじゃん!?」
「地獄の訓練がきつすぎて、完全に忘れてた!!!」
「バカバカバカ!! なんで今まで気づかなかったの!?!? 使うべきタイミング、完全に今でしょ!!!?」
◆
兄上がさらに追い詰められ、護衛長の剣が振り下ろされる。
もう、時間がない。
考えるより先に、私は両手を前に突き出した。
「もう、とにかくやるしかない!!!」
脳内でイメージする。
この会場全体が、光で包まれる──!!
「──ライト!!!!!!」
◆
その瞬間、世界が白に染まった。
ピカァァァァァァァァァァァッッ!!!!
目が焼けるような、純粋な閃光。
光がすべてを覆い尽くし、視界は真っ白に染まる。
「な、なんだ!?」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
「目がァァァァァァ!!!」
会場中から悲鳴と怒号が響いた。
「よし、やった!!!」
──でも、問題はここからだった。
私も、普通に目が見えない。
「いや、これ自分にも効くんかい!!!」
完全に想定外だった。
目の前が何も見えず、頭の中が混乱する。
でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「とにかく、兄上を連れて逃げないと!!!」
◆
私は、残りの魔力を振り絞り、全身に力を巡らせる。
「身体強化……!!!」
ぎゅん、と体が熱くなる。
筋肉が膨張し、血液が巡る感覚。
魔力を体に染み渡らせ、一気に駆け出す。
「うおおおおおおお!!!」
舞台へと突進し、目を押さえて悶えている兄上を探す。
いた。
「兄上……もとい、ガキンチョ!!!」
「うおっ!? お前か!!」
兄上は驚いた様子だったが、今は説明している場合じゃない。
「ちょっとごめん!!!」
私は、兄上を思いっきり担いだ。
「おい!? 俺を抱えるな!!」
「黙れ!! これは緊急事態!!!」
「クソ!! せめて優しくしろ!!!」
「この状況でそんな要求されても無理!!!」
叫びながら、私は舞台の裏側へと走り出した。
観客たちは、まだ閃光の影響で動けない。
護衛たちも、何が起こったのか理解できていない。
──今しかない!!!
私は、兄上を担いだまま、全速力で逃げ出した。
「お願いだから、このまま逃げ切らせて!!!!!」
兄上を担ぎながら、私はただひたすら走った。
魔力が切れるまで、全力で。
足音を後ろに置き去りにするように、
影に紛れるように、
生き延びるために。
背中から聞こえてくる怒声と足音が、焦りを煽る。
「追っ手が来る……!!」
逃げ道を探しながら、さらに入り組んだ通路へと身を潜める。
この建物の構造なんて知るわけもないけれど、今は本能に従うしかなかった。
そして──
魔力が尽きた。
全身の力が、一気に抜ける。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!!!」
息が続かない。
足が鉛のように重い。
体中が悲鳴を上げる。
「やばい……もう……限界……」
その場に崩れ落ちそうになった、その時。
「……チッ」
兄上が、自分の足で立ち上がった。
「……は?」
さっきまで瀕死で血まみれだった人間が、普通に立ってるんですけど!?
「いやいやいや、お前さっきまで刺されてたよね!?!?」
兄上は、脇腹を押さえながらも、足音を殺して歩き始める。
……え、なんで歩けるの?
震える足で、私はなんとか兄上について行く。
「ちょ、ちょっと待って……なんで普通に歩けるの?」
小声で尋ねると、兄上は淡々とした声で答えた。
「このくらい時間が経てば、だんだん痛みは消えてくる」
いや、それ死にかけのやつのセリフやん!!!!!
「痛覚が麻痺する=ヤバい状態ってことでしょ!?!? 普通、そんなこと言わないから!!!」
そうツッコミたくても、息が上がって言葉が続かない。
兄上はそんな私を気にも留めず、ずんずんと先へ進んでいく。
「ちょ、待って待って!! ついてくの大変なんだけど!!!」
それでも、私は訓練の記憶を頼りに、できる限り足音を殺して追いかけた。
兄上の足音は、信じられないほど静かだった。
スピードは確実に上がっているのに、まったく足音が聞こえない。
「……すごい」
「いやいや、感心してる場合じゃない!! ちゃんとついていかないと!!!」
必死に兄上の背を追いかけながら、私は小声で尋ねた。
「これからどうするの……?」
兄上は迷いなく答えた。
「この先にあるはずだ」
そう言い残すと、さらにスピードを上げる。
何が「ある」んだ……?
◆
暗い廊下を進み続け、たどり着いたのは──
奴隷置き場だった。
「……っ!!」
檻の中には、様々な奴隷が押し込められていた。
衰弱しきった者、怯えた者、虚ろな目をした者。
……ここにいる奴らは、どこへ送られる運命だったんだろう。
「でも、兄上はさらに先に進んでいく……?」
私は戸惑いながらも、黙ってついていった。
そして、その奥へと進んだ時、目の前に広がったのは──
戦奴隷の牢獄。
「…………うわぁ」
ここは、さっきまでの奴隷置き場とは明らかに空気が違った。
檻の中には、ただの「奴隷」ではない。
「戦うことを強いられてきた者たち。」
「生きるために他人を殺し続けた者たち。」
「負ければ、使い捨てられる運命の者たち。」
そんな、“戦うこと”が染みついた顔つきの奴らばかり。
──全員、悪そうな顔をしていた。
「え、なにこの圧……」
「なんでこんな“殺し屋予備軍”みたいな奴らがこんなに揃ってんの!?」
自然と、足がすくむ。
視線が合うだけで、背筋が凍る。
「……ちょっと兄上? ここに何の用?」
恐る恐る聞くと、兄上はニヤリと笑った。
「こっから何十人か連れ出して、ここをめちゃくちゃにする」
「……え~~~~~~~~!!!!??」
いやいやいやいや!!!???
「え、ちょっと待って待って待って!!!」
「その計画、マジでやるの!?!? どう考えても危ないでしょ!?!?!」
「こいつら、絶対“選び間違えたらヤバいやつ”ばっかりじゃん!!!???」
「いや、こっちが先に殺される可能性まであるよね!!???」
さすがにこれは無理だ!!!!!!
私は、即座に提案した。
「……あの、その奴隷を決めるの、私にやらせてくれませんか???」
兄上の目が、一瞬鋭くなる。
「……あ?」
「……や、やばい、ちょっとビビった!!!」
でも、ここで引くわけにはいかない。
震えそうになる膝を必死に押さえながら、私は続けた。
「……誰が瀕死のあなたをここまで運んできたと思ってるの?」
そう言うと、兄上は……
「…………」
一瞬、目を見開いた。
「……え、なんか珍しく黙ってるんだけど……」
「もしかして、これ言い返せないやつ?」
「だって、私がいなかったら兄上、普通にあのまま死んでたし……」
兄上はしばらく私を睨んでいたが、
「……クック……」
「ハハハハハハ!!!!!」
突然、楽しそうに笑い出した。
「なんでそこで爆笑!?!?!?!?!?!?!?」
まったく意味がわからない。
「いや、なんで笑ってるの!?!?!?!? 今、そんなおもしろい要素あった!?」
兄上は、まだ笑いながら私を見下ろし、
「……いいぜ、お前に選ばせてやるよ」
そう言いながら、檻の奥を指さした。
「さぁ、誰を選ぶ?」
私は、ゴクリと息を呑んだ。
「……ほんとにやるのか、これ……!!」




