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競売の幕開け

引きずられるようにして、私は兄上と一緒に廊下を進んだ。


歩いている間も、心臓がバクバクとうるさい。


これから、競りにかけられる。


そんな言葉が頭を何度もよぎるたびに、胃の奥がギュッと締めつけられる感覚がした。


「いやいやいや、普通にヤバくない?」


「これ、潜入調査どころか、普通に売られて終わる未来もあるんじゃない?」


そんな不安が頭を駆け巡る中、ついに私たちはオークション会場の壇上へと連れてこられた。



「さて、諸君!」


壇上に立った途端、甲高い声が響き渡った。


目の前には、異様な熱気を帯びた会場が広がっている。


「……うわ、めっちゃ人いる」


豪奢な衣装をまとった貴族風の男、鋭い目つきの商人、明らかに裏社会の人間としか思えない顔つきの男たち──


ここにいる全員が、「人間を買うため」に集まった連中だ。


背筋がゾッとする。


「さあ、本日も素晴らしい“商品”がそろっております!」


壇上の横に立つ司会らしき男が、誇張した動作で両手を広げた。


「まずご紹介するのは──この美しい兄妹!!」


あぁ、やっぱり兄妹枠なんですね。


知ってたけど!!!


「彼らは、どこぞの名家の落ちぶれた子息たちで──」


いやいやいや、待って待って、そんな話聞いてないから!?!?


「幼いながらも教育を受けており、さらに美しい容姿!!」


めっちゃホラ吹いてるやん!!!


どこの名家の話!? 誰が落ちぶれた子息!?!?


「どこぞの貴族に拾われたが、その家が没落し──」


「最終的にここに流れ着いた不運な兄妹!!」


いや、盛りすぎだろ!!! 設定めっちゃ作り込まれてるんだけど!?!?


もはや、今ここで初めて知ったんだけど、私たちそんな背景だったんだ!?


っていうか、もうここまで来ると「よくこんな話考えたな」って感心するレベル。


「さて、それでは入札を開始いたしましょう!!」


そう言った瞬間、


「ほぉ、これはなかなか」


「見た目も良いし、これは高値がつくな……」


「坊主の方はどうだ? 戦闘向きか?」


「女の方は、十分鑑賞用になるな」


……うわぁ。


嫌な言葉が、あちこちから聞こえてくる。


「これ、普通に“人間として”見られてないよね?」


確かに、ここにいる連中からしたら、私たちはただの商品。


売り買いされるための、金で手に入る「モノ」。


そんな考えがこの場に充満しているのが、嫌というほど伝わってくる。


「さあ、どなたが最初に値をつけてくださるのか……?」


司会の男が嬉々として話していると、


「500万」


「600万」


「650万!!」


……え、もう始まってる!?!?


いやいや、ちょっと待って!!!


私、まだ心の準備できてないんだけど!?!?!?


考えてる間にも、どんどん値段は上がっていく。


「おぉ、なかなかの盛り上がりですねぇ!」


司会の声が、熱気をさらに煽る。


「さあ、他にいませんか!? こんな優れた兄妹、二度と手に入りませんよ!?」


「うわぁ……こんな感じで値段つけられてくの、マジで最悪なんですけど……」


「っていうか、兄上!? お前、こんな状況で何ニヤついてんの!?」


横を見ると、兄上は余裕の笑みを浮かべていた。


「いや、絶対こいつ、なんかやる気じゃん……」


「ていうか、私たち、このまま本当に売られるんじゃない!?」


そんな最悪の予感が、ひしひしと迫ってきていた。


オークションの熱気が最高潮に達しようとしていた、その瞬間。


──ダンッ!!


壇上に響いたのは、兄上の足が床を踏み鳴らす音。


その音が、まるで空気を切り裂く合図のようだった。


会場のざわめきが、一瞬だけピタリと止まる。


そして次の瞬間、


シュンッ──!!


光が弧を描くように閃いた。


司会の男が切り裂かれた。


「…………は?」


何が起こったのか、私の脳が理解するよりも先に、会場全体が静まり返る。


壇上には、血を噴き出して倒れる司会の姿。


そして、兄上の手には、いつの間にかナイフが握られていた。


「いや、待って待って、どこから出したそれ!?!? さっきまで絶対持ってなかったよね!?!?!?」


目の錯覚じゃない。


さっきまで兄上の手は空っぽだったはずなのに、今はしっかりと両手にナイフを持っている。


どこから出したんだ!?!?!?



「…………」


「………………」


「…………………」


静寂。


誰も動かない。


誰も、声を出さない。


「……え、もしかしてこれ、皆“何が起こったのか”まだ理解できてない?」


あの司会の男が突然倒れ、血を流している。


でも、それを認識するには、あまりにも突発的すぎた。


状況が理解できず、時間が止まったかのような空気。


けれど、そんなものはほんの一瞬の間だけだった。


やがて、会場のどこかから、ざわ……ざわ……と、低いどよめきが響き始める。


「……なんだ?」


「何が起きた?」


「まさか、殺されたのか……?」


最初は、ただの疑問だった。


だが、すぐにそれが、怒号と野次に変わる。


「おいおい、なんの騒ぎだよ!」


「早くなんとかしろ!」


「なんだ、余興か!? つまらねぇな!」


「……え、ちょっと待って」


なんかみんな普通に見てるんだけど!?!?


いや、確かに今ここで競売されてるのは違法奴隷だよ!?!?


でも、普通に司会が切られたんだよ!?!?


ちょっとくらいパニックになってもよくない!?!?


「……あぁ、そうか」


わかった。


この人たち、まだ**“傍観者”**のつもりなんだ。


「どうせオークションの護衛が対処するだろう」


「自分たちはただの観客」


「何かの手違いだ」


そう思ってる。


だから、今はまだ余裕がある。


「……いやいや、違うから! ここからが本番だから!!!」


そして、次の瞬間。


──ズザッ!!


護衛が動いた。


20人近い武装した男たちが、壇上に向かって一斉に駆け寄る。


「さすがに即対処か……まあ、そりゃそうだよね……」


兄上もここで終わる──


そう思った、その時だった。


ヒュンッ──!!!


「は?」


人間とは思えない速さで兄上が消えた。


いや、消えたわけじゃない。


目で追えないほどの速度で、一瞬で敵陣の中に飛び込んでいた。


そして、閃く刃。


「ッ──ガッ!!」


「ぐあぁぁぁ!!」


「ヒィィ……!!」


次々と、護衛たちの首や喉が裂かれる。


「え、え、え!? もう終わったの!? さっき駆け寄ってきた護衛たち、もう全滅してない!?」


しかも兄上の顔……


満面の笑み。


完全に楽しんでる。


「やっぱりお前、最初からこれ狙ってたよね!?!?」


そう思った瞬間。


兄上は突然、狂ったように笑い始めた。


「アハハハハハハハハハ!!!!!!」


「もっと来いよ!! せっかくの舞台じゃねぇか!!!」


「俺が主役なんだろう!? だったらもっと血を流せよ!!!!」


「…………」


「………………」


「……終わった」


もうダメだ。


これはもう、どうしようもない。


こいつは止まらない。


この状況を打破するどころか、楽しみ始めている。


観客席の方から、ガタガタと椅子を引く音が聞こえた。


「お、おい……」


「まさか、あいつ……」


空気が変わった。


ここまでは、ただの騒ぎだった。


観客は「どうせすぐに片付くだろう」とタカをくくっていた。


でも、もう違う。


壇上で笑う兄上の姿を見て、ある者が震えながら言った。


「……まさか、あいつ──」


「“血染めの童子ブラッディ・チャイルド”なんじゃ……」


その言葉を聞いた瞬間、会場の空気が凍りついた。


「え?」


「なにそれ?」


「兄上、そんなかっこいい二つ名持ってたの???」


「っていうか、初耳なんだけど!?!?」


いやいや、なんでそんなのが今ここで明かされるの!?!?


これ、絶対ヤバいやつじゃん!!!


ざわざわと騒ぎ出す会場。


兄上は、それを楽しむようにニヤァと笑った。


「お前ら、やっと気づいたか?」


「もうここは、オークション会場じゃねぇ」


「処刑場だろうがよ!!!!!」


──狂気が、会場を支配した。


会場のどこかで、誰かが小さく息を呑んだ。


最初はただのざわめきだった。


けれど、一人が言葉を発した途端、その動揺は瞬く間に広がっていく。


「あれ……まさか、本当に……」


「いや、まさか……そんな……」


「“血染めの童子”……!!」


その言葉が出た瞬間、空気が変わった。


さっきまで「なんだ、ただの騒ぎか」と高をくくっていた観客たちが、途端にざわつき始める。


「待て待て待て、なんかヤバい名前出てきたんだけど!? 兄上、なんでそんなイカれた異名持ってるの!?」


っていうか、初耳なんですけど!?!?


周囲では、まるで怪談話をするように小声でささやき合う声が聞こえる。


「あの名前を知ってるか?」


「ああ……知ってるとも」


「数年前、貴族街で連続殺人事件があっただろう……?」


「そう、それだ。あの事件、犯人は見つかっていないが、目撃証言があった……」


「“子供の姿をした悪魔が、笑いながら人を切り裂いていた”」


「……それが“血染めの童子”だ」


「うわああああああああああ!?!?!? 兄上、過去にそんな物騒なことしてたの!?!?!? いや、正直ありそうだとは思ってたけど、マジで!?!?」


「っていうか、なんで今まで誰も教えてくれなかったの!?!?!? ヴァルムント家、情報共有どうなってんの!?!?」


パニックになりかける私をよそに、兄上はというと──


「クックック……」


めっちゃ楽しそうに笑ってる。


いやいやいや、これもう絶対確信犯(?)だよね!?!?!?


「さてと……」


兄上は、血まみれのナイフをくるくると回しながら、ニヤリと笑った。


「次は、誰が俺の遊び相手になってくれるんだ?」



「囲め!! 奴を逃がすな!!」


「死んでも止めろ!! いや、殺せ!!!」


オークション側の護衛が、次々と兄上へと襲いかかる。


総勢10人以上。


全員が武装しているし、経験もそれなりにあるはず。


でも、兄上の前では何の意味もなかった。


「……え、ちょっと待って、なにあの動き」


護衛の一人が、大剣を振り下ろした。


しかし、兄上は軽く後ろに跳ねるだけでそれをかわす。


別の男が、横から槍を突き出す。


でも、兄上はその槍の柄を掴んで勢いを利用し、宙に跳ぶ。


その動きは、まるで体操選手のような滑らかさ。


普通の人間なら絶対にできないレベルの柔軟性と瞬発力。


そして、空中で体をひねった次の瞬間。


スパァァッッ!!


「グ……ア……」


護衛の喉が裂け、血が噴き出す。


「は、速すぎる……!!」


「くそっ!! 落ち着け!! たかが子供じゃないか!!」


「……たかが子供……?」


いやいや、違うでしょ。


もう完全に「人間の動きじゃない」んだけど!?!?


バク転しながら剣を避けるって何!?!?!?!?


っていうか、今の空中での回転どうなってた!?!?!?!?


「あっ、また飛んだ!!」


兄上は、次の攻撃を受けるどころか、敵の肩を足場にして跳び上がる。


そして、そのまま頭上からナイフを突き立てる。


「ぎゃああああ!!!」


「バカな……こんな……!」


「ははっ、まだまだだな!」


「いや、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


周りがどんどん騒がしくなってくる。


観客席の方からは、もはや叫び声すら聞こえ始めた。


「や、やばい……本物だ……!」


「“血染めの童子”が、本当にいたなんて……!!」


「殺せ!! 殺せ!!!」


「バカ!! そう簡単に殺せる相手じゃない!!」


「でも、このままだと俺たちまで……!!!」


ざわざわと、観客席全体が混乱していく。


兄上は、それを楽しむようにニヤリと笑い、ナイフを舐める仕草をした。


「さぁ、次はどいつが死にたい?」


──これは、もうただの競売じゃない。


ここにいる全員が、処刑場の観客になりつつあった。

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