闇のオークション
荷馬車の中は、相変わらず最悪な環境だった。
揺れるたびに軋む木製の床、体をぶつけ合う子供たち、そして沈黙を支配する恐怖と絶望。
「いやいや、ほんとにこれ大丈夫なの……?」
なんて、いまさら考えても仕方ないけど。
──そんな中、ふと視界に入ったのは、兄上の髪。
「……あれ? なんか違う?」
金髪だったはずの髪が、今はくすんだ茶色になっている。
「あー、変装ね」
言われてみれば、自分の髪も黒髪だったはずなのに、同じく茶色になっていた。
「……なんか、本物の兄妹みたいだな」
もともと兄上とは顔が似ているわけじゃないけど、髪の色が同じになったことで、より「血縁感」が強まった気がする。
「……いや、ていうか、そもそも私は本当にこの家の血を引いてるの?」
唐突に、頭にそんな疑問が浮かぶ。
──母親は、どこにいるんだろう?
この身体の、本当の母親は。
「今まで、一度も会ったことがない。」
“母親”と呼ぶべき存在はいた。
あの、胡散臭い笑顔で「血は繋がっていないけど、あなたのことを娘と思って接するわ」なんて絶対に信じられない言葉を吐いた人。
でも、あの人が「本当の母親」じゃないのは明らかだ。
じゃあ、私の母親は?
「……そもそも、本当に父親とは血が繋がってるの?」
冷静に考えると、家族の中で黒髪なのって、私と父親だけ。
兄上も、あのゴスロリ人形みたいな姉も、幽霊みたいな服の子も、みんな髪色が違う。
「あの父親が、自分の娘の顔をそこまで気にしてないのも、なんか引っかかるんだよな……」
ヴァルムント家の血を引いているなら、それなりに期待とかしそうなのに、まるでただの“実験体”を見るような冷たい目をしていた気がする。
「もしかして、私はどこかから拾われてきた……とか?」
「いやいや、それは考えすぎか?」
とはいえ、ヴァルムント家なら本当にありえそうだから怖い。
「……ま、考えても答えは出ないか」
今は、それよりも目の前の問題だ。
どうやって、奴隷商の競売所から抜け出すか。
「……兄上、絶対なんか考えてるよな?」
ちらりと横を見ると、兄上は相変わらず冷静な顔で座っていた。
でも、その目はどこかワクワクしているようにも見える。
「……いやいやいや、お前、なんで楽しそうなんだよ?」
「これから競売に出されるんだぞ? 人としてヤバい状況だぞ?」
でも、そんなツッコミをする余裕もなく、荷馬車はゆっくりと奴隷商の競売所へと向かっていた。
この国では、奴隷制度そのものは合法とされている。
罪を犯した者や、多額の借金を返済できなくなった者が奴隷として身を売ることは、王国の法律で認められた社会の仕組みの一部だった。
奴隷には労働奴隷、家事奴隷、戦奴隷などの階級があり、それぞれ国の規定に沿った扱いを受けることが義務付けられていた。
一見すると、王国は「秩序ある奴隷制度」を維持しているように見える。
奴隷商人たちも登録制で、王国に認められた市場でのみ取引が許されていた。
しかし──
それは表向きの話でしかない。
王国が「合法」として認めているのは、ごく一部の限られた奴隷市場だけ。
それ以外の「本来ならば奴隷にしてはいけない者たち」は、当然ながら公には扱われることはない。
だが、人間の欲望は、そんな法律で縛れるものではなかった。
「禁じられているなら、こっそりやればいい」
「表向きがダメなら、裏で取引すればいい」
そうして生まれたのが、この場所──
**「闇のオークション」**だった。
◆
この競売所は、一見すると王国公認の正規の奴隷市場だった。
昼間は、王国の認可を受けた奴隷商人たちが堂々と商売をしている。
買い手は貴族や富裕層の商人たちで、合法の奴隷を契約に基づいて購入する。
市場では、労働力や家庭用の使用人としての奴隷が主に取引され、王国の法律に基づいた「安全な取引」が行われていた。
そのため、王国の役人が視察に来ても、何の問題もなく運営されているように見えた。
「ここは正規の奴隷市場だ」
「違法な取引など、一切行われていない」
──それが、建前だった。
だが、この市場の本当の目的は、その地下にある「もう一つの市場」にあった。
◆
では、非合法の奴隷取引はどこで行われているのか?
答えは、地下。
地上では決して取り扱うことのできない者たちが、この地下オークションで競りにかけられていた。
ここで取引されるのは、法律で守られるはずの者たち。
──あるいは、法律の枠組みにすら入らない者たち。
たとえば──
・他国から誘拐され、身元を抹消された者
・正規の市場では価値が認められない者(病人、奇形、異種族など)
・娼館用の「特別な商品」
・見世物、拷問、実験用の生体サンプル
この地下では、王国の法律など一切関係ない。
金を持つ者が望めば、どんな“商品”でも手に入る。
「合法な奴隷制度の中で満たされない“より過激な需要”を満たす」
それこそが、闇のオークションの存在理由だった。
◆
この市場の最も恐ろしいところは、王国がこの場所を知りながら、放置していることだった。
王国は、「正規の奴隷市場」しか認めていない。
それにも関わらず、なぜこの地下市場が未だに潰されていないのか?
「──潰せないからだ。」
この地下市場には、王国の貴族や大商人、さらには政府の高官たちまでが関わっている。
単なる犯罪者の集まりではない。
王国の上流階級の人間たちが、この市場に資金を提供し、裏で支えているのだ。
「この場所を潰すということは、王国の支配層に刃を向けるのと同じこと。」
だから、誰も手を出せない。
誰も、この闇を止めることはできない。
こうして、今日も闇のオークションは開かれ続けるのだった。
──ガタンッ。
馬車が揺れ、急に止まった衝撃で、私は体ごと前のめりになった。
「……ついた?」
周りの子供たちは、怯えた目で固まっている。
誰も声を出さない。
ただ、重たい沈黙と恐怖だけが漂っている。
外からは、低く怒鳴るような声が聞こえてきた。
「着いたぞ。早く荷を降ろせ」
「ガキどもをさっさと並ばせろ」
無機質で、荒々しい男たちの声。
その瞬間、扉が**ガンッ!**と乱暴に開かれた。
「降りろ」
そう言われ、背中を強く押される。
「痛っ……!」
無理やり地面へと放り出されると、目の前には巨大な石造りの建物がそびえていた。
◆
そこは、まるで地下牢のような不気味な場所だった。
天井は高く、壁は黒ずんだ石でできている。
空気は湿っていて、どこか生臭い。
「……これが、闇のオークション……」
周囲には魔導灯の薄暗い光がぼんやりと灯っているが、逆にそれが不気味さを際立たせている。
ふと遠くの方に目をやると、檻に閉じ込められた人々が見えた。
大人もいる。
子供もいる。
みんな、怯えた目でこちらを見ていた。
「……ヤバすぎる」
こんな場所、絶対に長くいるべきじゃない。
でも、どうやって抜け出す?
「……兄上、何か考えてるよね?」
ちらっと横を見ると──
兄上は、相変わらず冷静な表情。
そして、ニヤリと笑った。
「……やっぱり、なんかやる気満々だ」
──私たちの“潜入”は、いよいよ本番を迎えようとしていた。
「ほら、さっさと歩け!」
男たちの怒鳴り声とともに、背中を乱暴に押される。
私たちは、何の説明もなく、ただ無言で暗い廊下を歩かされた。
そして、たどり着いたのは──
鉄格子の檻。
いやいや、もうこれ完全に「家畜の管理方法」じゃん!!
「いやまぁ、実際そういう扱いなんだろうけど! こういうのってもっとさ、個室とかないわけ!? ないよね! うん、ないよね!!!」
そんなくだらないことを考えているうちに、背中をドンッと押され、無理やり中へと放り込まれる。
勢いでよろけたが、なんとか転ばずに済んだ。
「……最悪」
檻の中には、すでに数人の子供がいた。
みんな怯えた目で縮こまっていて、話しかける雰囲気ではない。
いや、むしろこの状況でペラペラ喋れる子がいたら逆に怖い。
後ろを振り返ると、兄上も普通に放り込まれていた。
っていうか、こいつ完全にいつも通りの顔してるんだけど!?!?
「ねえ、状況理解してる!? 今、私たち競りにかけられようとしてるんだけど!? なんでそんなに落ち着いてるの!? 普通にいつもの顔じゃん!!!」
兄上は私の視線に気づくと、ニヤリと笑った。
いや、だからその笑顔やめろ!!! 絶対なんかやる気じゃん!!!
「……はぁ」
もう疲れた。
考えるのをやめよう。
◆
しばらくすると、檻の前に足音が近づいてきた。
「次だ、連れて行け」
「はいはい、早く出ろ」
バタン、と鉄格子が開かれる音がする。
そして、子供たちが順番に連れて行かれていく。
目の前でどんどん人数が減っていくのが、妙に現実味を帯びてきた。
「いや、普通に怖いんだけどこれ……」
檻に残された子供たちは、静かに順番を待つしかなかった。
小さなすすり泣きの声が聞こえる。
そうだよね、怖いよね。
当たり前だよ。
「私だって怖いよ!!!」
けど、ここでパニックになったら負けな気がする。
とにかく、冷静にならないと……
そんなことを考えていたら──
「おい、お前たちだ。行くぞ」
「……は?」
いや待って、私まだ心の準備できてないんだけど!?
「なんで!? そんなにすぐ順番来る感じ!?」
無理やり腕を掴まれ、檻の外へ引きずり出される。
そして隣を見ると、兄上も一緒に連れて行かれていた。
「……あ、なるほどね」
兄妹セットで売りに出されるってことか。
確かに、見た目は同じ茶髪。
そりゃ、兄妹として扱われるよね!! っていうか、完全に狙ってたよねこれ!?!?
「うわぁ……嫌な予感しかしない」
けど、今さら抵抗できるわけもなく、私たちは競売の会場へと引きずられていった。




